32 / 33
第32話
気になって見つめていれば、部屋で視線に気づいた時と似たような反応が返ってくる。
目尻を落として口元に笑みを浮かべたサルクが礼儀良く背筋を伸ばして頭を下げた。
「──とは言え、実際に驚かせてしまったし。本当にごめん。もう二度としないと誓うよ」
「ううん。大丈夫」
わざとじゃなかったってことは信じられる。だから首を振って返事をした。
タヴィとくっついていた身体を離して正面から向き直る。
タヴィと会話しているサルクの様子は普通の少年のようだけど、八歳ですでに気配を消せるのは秀才の域だと思う。
さすがリュンデン家の息子と言うべきか、同じ子供だと思って侮っていた。
「俺の名前はサルク・リュンデン。リュンデン家の三男で、騎士としてはまだ見習いだけど、いつかレイリス殿下の護衛騎士になれるよう日々頑張ってるんだ。剣の腕は兄たちには劣るけど、その辺の騎士には引けを取らないはずだよ。これからよろしくね、ロレティカ」
「うん。こちらこそよろしくね」
出会ったばかりなのもあってサルクに敵対意識はないようだ。
──と、言うよりはバレック殿下派の対立意識が異常に強いだけかもしれないが、こうも赤裸々に自身のことを喋るなんて危険なんじゃないのかと心配になる。
身の内の話をするのはお互いをある程度知ってからじゃないと、ロレティカには到底出来ない。
列から離れて隣を歩いていると、気になっていたことを聞いた。
「サルクはいつからいたの?」
「最初からだよ。護衛はユーリアとテオドアがいるし、それに父上もいるから。任せてこっちに付いてきたんだ」
「そうなんだ。サルクもお手洗いに行きたかったんだね」
「まぁそれもあるけど、一番は……」
するとサルクが上に向いた手のひらを差し出してきた。
「君をエスコートしたくて。手をとってくれないかな」
そんな当然の申し込みに瞼をしばたかせた。
どうして短距離の移動なのにエスコートをするのか。それに、まるで令嬢を相手にするような手の出し方に余計頭が混乱してしまった。
思案して迷っても、サルクは引く気はないようでおそるおそる手を乗せる。
「僕、ちゃんと案内の後ろに付いて行けるよ?」
前々から過保護そうだなとは思っていたが、まさか会ってそう間もない内に世話を焼かれるとは思ってもいなかった。
「うん、そうだね。でも、俺がしてみたかったんだ」
「そっか。ありがとう」
ロレティカとしてもこれは親しくなれる好機だ。
大人しくサルクにリードされるまま、小部屋の前に着き、ただ切っ掛けをつくるためだったとは言え念のためにロレティカも用を済ませた。
それからサルクの献身ぶりは帰り道でも発揮されて、手を取ることを忘れなかった。
控え室へと向う廊下で、ふと思い至ったように隣で囁いた。
「そう言えばロレティカって名前、可愛い名前だね。名は体を表すって云うくらいだから、ロレティカは女神様のロレタールからきてるのかな」
「え──、と……」
可愛いなんて、滅多に言われたことはない。言うのはアルとルカ、カナのメイドたちくらいだ。
それに男のロレティカに対して、可愛いって言われても褒められている気はしない。
(揶揄ってる……のか……?)
じとりと見つめていても、話を続けて半歩前を歩く姿は相変わらず可愛いと連呼してきた。
「響きが良くて、本当に可愛いよ」
口調からはいたずらに揶揄っている様子は感じられない。
(揶揄ってはないようだな。しかし、男に向かって“可愛い”なんて。良く言えるな)
サルクは心から褒めているつもりだろうけど、男の子なのに可愛いなんて言われても嬉しくはない。
とても複雑な気持ちになる。
それでも嫌いにはなれないし、このくらいで怒るつもりもない。
「名前の由来は分からないんだ。母上がつけてくれたけど、聞いたことはないから……」
「そっか。ロレティカのお母様はとても良い名前をつけたと思うよ。とてもしっくりくる」
今まで自分の名前に何も思ったことはないけれど、そう褒められると初めて自身の名前を好きになれた。
「ありがとう」
二人で並んで歩いていると控え室が見えてきたタイミングで、前を歩いていたタヴィが空いている隣へとついた。
そして捕まえるように腕をガッチリと抱きしめられた。
戻ってくると掴んだ手や腕を離そうとはせずに、あまつさえ戸惑うロレティカを陣地へと連れて行った。
そしてレイリス殿下の向かいのソファに腰掛けるように誘導した。
「はい、到着!」
「え……? え……!?」
「殿下、気になる子連れて来たよ」
そう言って、周りにいたリュンデン家の使用人は何も言わずにロレティカの前にお茶を置いた。
「なんで……?」
「んじゃ今度は俺達が行ってくるわ」
「だな。殿下は本当に良いのか?」
「……先に行く。もうしばらく三人で話でもしてろ」
ロレティカを一目見てから立ち上がったレイリス殿下の言葉に、タヴィもサルクも親しげに返事を返していた。
突然挟まれて連れて来られた状況に、ロレティカは固まる。
子供たちの勝手さに、リュンデン公爵が前に出た。
「お前たちは……」
「いいじゃん! レイリス殿下の思いを汲んで連れてきただけだよ!」
「子供同士仲良くって言ったのは父上の方ですよ」
「それとこれとは違うわ!」
公爵が立ったまま見下ろしてくるその視線は、背筋が凍るほどの威圧感があった。
リュンデン家の血筋はこの国では少し特別だ。
普通とは違う所があり、まず先に挙げるとすれば巨人を思わせるような体格だろう。
剣術で鍛えた筋肉質な身体は、大剣を扱うに秀でた強靭な肉体へ近付いていく。
人より上背が高く、四肢がゴツゴツしているそれはまるで崖壁だ。
そして女性も例外ではない。鍛えれば鍛えるほどリュンデン家の遺伝子は活発化するようで、騎士になりたいと願う者なら誰でも一度憧れる存在だろう。
サルクとの交流で一番気に入っているのは巨体を動かすのに生じる体温の高さだ。
ロレティカはその身体に抱きしめられる熱を知ってしまった。
騎士として圧倒的な強さを誇るリュンデン家は令嬢から良くモテる。
けれど、実際に婚約者になりたがる令嬢が少ないと噂で聞いたこともあった。──あるが、それはないだろう。
政略結婚が多いと耳にしても信じられない。
とても不仲とは言えない仲睦まじさがどの家庭も滲み出ているし、子沢山でリュンデン家の親戚の家庭は三人以上の兄妹がいるのがザラだ。
(だから、サルクと結ばれたいとは思わない。願わないから、友人として側にいることを許してほしい)
願いはただそれだけ。
もちろん腕に抱かれたらどんなに幸せか、それは密かにチャンスを窺うしかないのだが。
「わしはファイダ・リュンデン。公爵家当主である。お前はレイリス殿下と仲良くなる資格があると思うか」
「父上……!」
隣の膝掛けに座っていたサルクが大声を上げた。
前世でも怒鳴る姿は片手で足りるほどしか見かけなかったロレティカは、感情的に荒らげるサルクの姿に驚いた。
怒っている顔もカッコイイ。……なんて思って見惚れてしまったロレティカを、息子の威嚇を意に介せず公爵は鋭い目で睨みつけてくる。
本来ならバレック殿下に仕えるロレティカは公爵の注意で離れるべきなのだろう。
それが政治的立場と言うものなのだが、サルクが折角連れてきてくれたし、レイリス殿下も多分ここに留まっているつもりで戻ってくるだろう。
仮にも上位貴族で、王族に対しての御心を無下には出来ない。
「サルクが言った閣下の言葉が確かであれば、俺も殿下と話す資格はあると思います」
返すロレティカの瞳としばらく合せると、意外にもすぐに視線が逸れた。
ふんっと鼻で笑って一言呟く。
「小賢しい子だ」
とりあえずこの場に留まることを許されたようだ。
ホッと息をつくと、連れてきたタヴィが抱きついて来た。
「やっぱりロレティカはカッコイイや! 今まで会ってきた貴族の中で一番大人っぽいよ」
子犬みたいにはしゃぐタヴィに、自分の行動は間違ってなかったと思えた。
どうしてか、タヴィが喜ぶと自身の胸も高揚してしまう。
公爵に反発していたサルクも喜んでくれたみたいで、ロレティカの頭を撫でてきた。
「うん、ロレティカはすごいね。惚れ惚れするよ」
不意に撫でられてロレティカは顔が熱くなった。
やっぱり今世のサルクも変わらない。サルク・リュンデンは愛情表現が豊かだ。
全身が暑くて血が沸騰しそうだ。
陛下以外の人から頭を撫でられることにどうにも慣れず俯いてしまった。
「ぁ、ありがとう」
俯いて熱い顔を冷ますように、両手をパタパタと扇ぐ。
その様子にタヴィが何故か顔色を蒼くしていた。
「ロレティカ……まさか……」
異変にロレティカは首を傾げる。
どうしたのだろう。
タヴィが気にしていることが解らなくて今度は反対側に頭を倒す。
ともだちにシェアしよう!

