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第33話

 タヴィは口元に手をかざして公爵を見上げるが、公爵も言葉を失くして固まっていた。  お手洗いに行っていたレイリス殿下の面々が戻ってきて、すぐに違和感に気づいたようだ。 「どうした?」  ユーリアの言葉に振り向いたタヴィは口をパクパクさせながら、どう説明するべきか迷っている様子を見せている。  そんな中でサルクだけは平然と「おかえりなさい」と口にして、それぞれの席に座るみんなから少し離れた場所で公爵のため息が溢れた。 「はぁ。サルクよ、その子が気に入ったのか……?」 「はい。こんなに可愛いのに、もの言いはハッキリしていてカッコイイではありませんか」  サルクにそう言ってもらえるのは嬉しい。  最高の褒め言葉だ。これからも大人相手でもハッキリものを言えるように勉強も人脈作りも頑張ろう。  すると公爵が頭を抱えだした。  いったい何が悩みの種なのか、ロレティカはどうしても分からない。  レイリス殿下たちはおおよそ察しているのか、口を閉じて黙っている。  皆がソファに座っている中でサルクが肘掛けに腰を下ろしていると言うことは、ロレティカが座っているソファが本来サルクの席だったのだろう。  けれど不便は感じないのか、何も言って来なかった。  傍らにいたサルクが手を伸ばしてきて、今度は輪郭に掛かるサイドの髪に触れてくる。  すると場の雰囲気がピシッと硬直した気がした。中でもレイリス殿下はため息をついて聞いている。 「おい、サルク。勘違いしてないか?」  「勘違い?」  顔を向けたサルクに、殿下の隣にいたユーリアが代わりに答える。 「ロレティカの性別をだよ」 「別に勘違いなんてしてないよ。ズボンを履いているけど令嬢でしょ。こんなに可愛いのに令息とは思わないよ」  その一言に次はロレティカがショックを受けることとなった。  エスコートをされてまさかとは思っていたけれど、本当に令嬢と間違えられていたとは思わなかったのだ。 (ちゃんと男性物のパンツを履いてるのにどうして。 中性的な顔立ちと髪型のせい?)  周りは間違わなかったのに、どうして令嬢なんかと勘違いされたのかが不思議で、そんなに女顔をしているだろうかと複雑な気持ちになる。 (うぅ、でもこれはある意味チャンスだ。だって、サルクの好みな顔だったってことなんだから)  悪いことではない、だろう……。  それでも素直に喜べないのは、ロレティカ自身、男らしくありたいと心のどこかで思っていたのか、令嬢と思われていたことはかなり衝撃的で、肩から項垂れて意気消沈していた。 「──え、どうしたの?」    ロレティカの顔が俯いたことにサルクはようやく異変に気づいたらしい。  困惑しているところに、タヴィとテオドアが呟く。   「気持ちは分からなくもないけど……」 「細身だから分からなくもないが……」  「間違えないよね」と、声が揃う。   「間違い?」  「僕、男だよ。フォロバトン家に令嬢はいないもん」  顔を上げる気分になれず、少し拗ねている感じになってしまった。  けれどようやく間違いに気がついたサルクが立ち上がって頭を下げる。   「……本当にごめん! 可愛かったから、つい。でもそうか男の子だったのか」 「僕のことそんなに可愛い?」 「可愛いよ。泣いている姿を見て一目惚れだったんだ。出来ればこれからもこうして話したい。嫌いにならないで」 「嫌いになんてならないよ。サルクが可愛いって思ってくれたのは嬉しいから。だから、ありがとう」  頰を上げて精一杯の笑顔をつくる。  許されたことにサルクは安心したのかもう一度隣に腰を下ろして脱力していた。  すると今度は周りの視線がロレティカに注がれる。 「え、待って。話聞いてた?」  タヴィが前のめりに聞いて来て、テオドアが続けた。   「泣き顔に惚れたんだぞ? それでいいのか?」  それでいいのかと聞かれても、気に留めてもらえる切っ掛けなんて何でも良いと思う。  それとも理由が泣き顔だと何かあるのだろうか。  不思議に思って首を傾げると、またもや全員が盛大にため息をついていた。 「タヴィも、テオドアもうるさいよ。せっかく|拐《さら》……、誘ってきたんだからお互いの話をしないと」  そう言って皆が話したそうな雰囲気をなかば強引に遮って、「好きな食べ物は?」「礼儀作法は誰から学んだの?」「国王陛下のどこが好き?」と矢継ぎ早に聞いてきた。  その一つ一つに答えようとロレティカは喋りだす。 「好きな食べ物は特になくて、えっと、礼儀作法はマーダン伯爵夫人から教わったよ。陛下の好きなところはね、穏やかなところ。雰囲気からすごく温かいんだ」  陛下の隣にいると時間の流れがゆっくりしていてありのままでいられる。  だからずっと側にいて、手を繋いでいてほしいと思うんだ。   「本当に陛下のことが好きなんだね」 「うん」 「ちょっと嫉妬しちゃうな」  そのつぶやきに控えていた公爵がコホンと咳き込む。  王族でもないのに陛下を相手に嫉妬をするなんて恐れ多いと思っているのだろう。こればっかりは咎められて当然の反応である。  ふと陛下の実の息子がいることを思いだして、気分を害してないかレイリス殿下の顔色を窺った。  そこには興味のなさそうな、けれど深く考え込んでいるようにも見えるなんとも言えない表情をしていて、親子関係はあまり良くないと分かる。 (仕方のないことかもしれないが……)    レイリス殿下は幼い頃から離れて暮らしているのだ。陛下を前にしても父親と言う認識が薄いのだろう。  前世はその曖昧な関係を改善出来ずにいて、お互いにわだかまりが残ったまま口数が少なかった。  きっと二人きりで出かけることも、お茶を嗜むこともなく陛下は亡くなったはずだ。  最悪、恨んでいても可笑しくない。 (陛下もレイリス殿下にどう接するべきか悩んでいた節があった。そして気にかけたまま床に臥せって──、ベッドの中でどんな気持ちで最期を迎えたのだろう……)  暗い顔をしてしまったのか、サルクが名前を呼びながら頰に触れてきた。 「疲れた?」 「ううん」  自身とは違って皮膚の硬い手を両手で包む、首を振って「何でもないよ」と答えた。  未来のことを話すつもりはない。  だから陛下とレイリス殿下の拗れてしまった仲を取り持つのはロレティカの役目だ。  宰相や公爵ではきっと解決は難しいだろうから。    「そう。ロレティカはどんな仕草も素敵だね。座る姿勢も誰よりも気品が溢れてるよ」 「ありがとう」  サルクは無口な性格かと思ったけれど、幼少期はそうでもないらしい。  ここまで聞いていてもよく喋っているし、興味を示してくれているのか視線から伝わってくる。    「今度は俺のことも知って欲しいな。何か聞きたいことはない?」 「えっと、じゃぁ好きな食べ物は?」 「やっぱりお肉かなぁ。肉料理は毎日食べないと物足りない気がする」  さすが森に囲まれた砦に住まうリュンデン家らしい好物だ。  訓練なんかで狩りをしていると聞いた事があるが、第一声に肉が出てくるあたり事実なのだろう。   「そうなんだ。何肉が一番好きとかあるの?」 「うぅん。やっぱりたまに出る熊肉かな……」 「く、熊……!」  動物の中でも最高難易度だと聞く獣が出てくるなんて、騎士の家系は食べているものが農地領の侯爵家とは全く違うようだ。  屋敷で出されていた肉料理は主にウサギや狼のお肉が使われていた。珍しいお肉といったら孔雀肉だろう。   「俺はまだ一人で熊を狩れないけど、いつか父上みたいに強くなって、熊も倒せるようになるよ」  上を向くサルクに、ほへぇと口から呆けた声音が出てしまう。   (やっぱりサルクは目標にしている強さが違うな……)  そう思ったけれど、テオドアが深々と頷いている様子を見る限り、熊を狩れるようになりたいのはサルクだけではないようだ。  レイリス殿下も微かに頷いていた気がするし、公爵家騎士団の見習いにもなると本当に頼もしい。  ロレティカとしては大切な人を守れるくらいの強さは欲しているが、動物の狩りにはあまり興味はない。  寧ろ人間相手と戦うことが多かったから、騎士を相手に対策をしていた方がよっぽど有意義だ。   「サルクならきっと出来ると思う」 「心強い言葉をありがとう」 「ロレティカ、僕は!?」 「タヴィもきっと出来ると思う」 「でしょ!」  こんなに同年代の子供たちと話すのは初めてだ。  前世では敵対視していて言葉を交わしていたとしても二言三言だった。  今こうして一緒の輪にいて、お互いを知ろうとすることが、バレック殿下のもとで遊んでいた過去よりもずっと楽しいと思えた。  見守っている公爵閣下とも、警戒されて仲良くは出来なくても、せめて険悪な関係にはなりたくない。

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