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第34話
控え室に来て何時間経ったのか、扉が開かれる音に背もたれの端から顔を出して振り向いた。
そこには宰相が正装姿で立っていて、部屋に訪れていた。
イカロス宰相閣下はバレック殿下をチラリと見たあと、レイリス殿下に視線を移したのだが、ロレティカの存在に気付くと、瞼が僅かに大きく開いたあとに目を細められた。
そして公爵を睨みつけてから、口を開く。
「食事の準備が出来ました。移動してください」
厳粛な声が響き、閣下は身を翻すと部屋から去って行った。
今日の日程は昼餐会をとってから別行動になる。
そして夕刻に各自ドレスコードに着替えて再度集まり、パーティーに出席する予定だ。
バレック殿下が立ち上がった様子にロレティカも足を着いた。
「僕、戻るね」
立ち上がると、サルクが腕を掴んで引き留めてきて、顔を見上げるとエメラルドの瞳が見下げていた。
「またパーティーで話そう。ロレティカの衣装楽しみにしてる」
“また”と言う言葉が聞けたことに頰が緩む。
もう一度会えるのだと教えてくれる。
パーティーで着る服も緑色だ。サルクが気に入ってくれると良いなと胸中で思いながら、ロレティカも同じ台詞で返した。
「僕も。サルクの騎士服楽しみにしてる」
それからタヴィやテオドアに手を振ってロレティカは不機嫌なバレック殿下の近くへと駆け寄った。
戻ってきたロレティカに対してバレック殿下はあからさまな敵意をむき出しにする。
「遅いぞ! お前は俺の従者だろ、騎士見習いかなんか知らないが、連れていかれたとしてもすぐに戻って来るのが礼儀だろ!」
怒鳴りつける殿下の腰辺りで握り締める拳に気づいて少しヒヤリと背筋に冷たいものが走った。
殴られるのかと思ったが、意外にも舌打ちをこぼしただけで、人目を気にしたからか手を上げることはなかった。けれど存在を避けるように通り過ぎて行く。
その後ろ姿にロレティカは頭を下げて「申しわけありません」と一言謝る。それ以外の言葉は却って煽る行為になることは分かっていた。
すると後ろからオルガが肩をぶつけてきて足がよろめく。
「何回フォロバトン家に泥を塗る気? 屋敷で閉じこもってた方が皆のためだったんじゃないのか」
どんな形であれ向こうに居座ったのは事実。こうなることは分かっていたけれど、殴られなかったことは幸いだった。
先程から冷たい視線を向けている侯爵のことを考えると、後で色々と言われるんだろうなと想像に難くないのだから。
(とりあえず、殿下の目には連れていかれたように見えていたのなら良かった)
もしも自らの意思でついて行ったと捉えられていたら、人前であっても今頃ロレティカの顔には傷が出来ていただろう。
集団の後ろに付いて行き移動をすると、広いダイニングに到着した。
食事室の中には長いテーブルがあり、椅子が並べられている。
その最も奥の席に座るのは陛下だ。書類を見て使用人に指示している陛下が入って来た子供たちに気づくと手招きをした。
「入ってきなさい。どこに座るか分かるかな?」
そう言う陛下の言葉に、右手側に座っていた王妃が「そんなことも分からないようでは困りますわ」と扇を広げて囁く。
王妃がいるなら簡単な話だ。その隣にバレック殿下が座れば良いし、バレック殿下の正面にレイリス殿下が座れば良い。
あとは爵位順と言うのが暗黙のルールだから、ロレティカはバレック殿下の横に座った。
すると、タヴィが小声でテオドアにボソリと話しかけて交換している様子に目を丸くした。
並べられた料理の中、どうやら好みの料理に早速目をつけたらしい。近くのグラタンを見て目を輝かせていた。
本来なら緊張して、マナー通りにしか出来ないような場面なのだが、公爵家の見習い騎士にとってはそうでもないらしい。
子供たちよりも公爵が一番緊張して身体が強張っているように見えて、ロレティカはついうっかりクスッと笑ってしまった。
おかげで王妃から冷ややかな目を向けられて、慌てて背筋を伸ばす。
そんな王妃に非難の目を向けるのは陛下だった。視線だけで何も言わず、全員が着席したのを見渡してからグラスを掲げる。
「今日は無礼講としよう。料理も育ち盛りな子供たちのために普段より多めに用意させたからたくさん食べると良い」
穏やかな声が響き渡ると、背後から現れた使用人たちが横にたち、手元のグラスに果実水を注がれて水面を波立たせる。
そのグラスを手に持って軽く天へと掲げた。
「皆が王子たちのために集まってくれたことを感謝する。乾杯」
陛下の声に合わせて、皆の高揚した声が続いた。
乾杯と口にした者からグラスを傾けて一口呑む。
──さて、ロレティカにとってはここからがある意味正念場である。
(どのくらいの量が出るんだろう。一口ずつ食べていけばどうにかデザートまで持つかな)
育ち盛りに合わせて用意されたフルコースと聞くとロレティカにとっては喜んではいられない。
未だに健康な男子のようにたくさんの量を取れない。
陛下がいる手前、途中で手を止めたり、離席したりはなるべくしたくないので、残すしかないのだ。
出された料理や並べられた料理を控えている使用人に取ってもらったりと勢いよく食べている中で、ロレティカは上品な手付きで薄切り肉と葉野菜の乗ったパンを一つ口に運ぶ。
その静けさは異様で、大人なら直ぐに何かを察せるほどだった。
お陰で宰相がすぐにロレティカの後ろにいるであろう侍女に視線を配っているのが分かった。
侍女が背後で何かを持ってくると、「失礼します」とロレティカの横に料理が書かれた献立表を見せてくれた。
出される料理は九品あるらしい。パーティーでの軽食で調整が出来るとすれば、かなり抑えた方がいいだろう。
「ありがとう。こっそり量を少なめに出来るかな……」
「大丈夫ですよ。陛下と閣下から出来るだけ要望には応えるようにとお達しを受けているので」
「よかったぁ。ありがとう」
「いえ。他に何かあれば手を上げて呼んでください」
「うん」
本当に陛下には感謝の念に堪えない。
ここまで特別扱いされて、二人の殿下には申し訳ないが、ロレティカを気づかってくれる大人がいないので好意に甘えるしかないのだ。
(とりあえずせっかくの集まりだし楽しく食べないとね)
ロレティカは手を止めて陛下が子供たちのことで王妃の正面に座っている公爵と話しているのを聞いていた。
レイリス殿下を育ててくれた恩もあるし、話しておきたいこともあるのだろう。
隣のレイリス殿下はサルクのお喋りに相槌を打ちながらパンを口に運んで咀嚼している。
(バレック殿下と違ってレイリス殿下は大人しい。表情も硬く他人に壁をつくりやすい雰囲気なところは前世と変わらないようだ)
楽しくないのだろうかと、思ってしまう。
周りにいる見習い騎士のタヴィは人懐っこいし、ユリーアはとても社交的な性格だ。
テオドアも普通の少年といった感じで話しかけやすい。だから尚更、無表情な顔が多い殿下を不安に思ってしまう。
(もちろん大人になればポーカーフェイスは必要だ。顔に出やすいよりは出にくい方が良い。けれど、今はまだ思ったことを打ち明けられる友人をつくることの方が一番重要だと思う)
人のことを言える立場ではないのは分かっているが、未来を知っているだけにレイリス殿下を笑わせたい気持ちが溢れてくる。
どうしたら笑顔を引き出せるのだろう。
出される料理を少しずつ食べながらロレティカは、レイリスの表情に密かに注目していた。
昼餐会の終盤にもなるとお腹いっぱいで、最後に出されたデザートを無理やり押し込んでいる状態に近かった。
それでもどうにか口に入れたものは飲み込めたし、バレック殿下が長話をしてくれたお陰で食休みも取れた。
怖かったのは目前に座っているサルクの手が止まる気配がなかったことだ。
途中で目が合ったりしたが余裕そうで微笑んでいた。
満腹度も丁度良いのか、この後何するとタヴィが聞けば、誰と手合わせしたいやら、近衛騎士団の訓練を見に行こうやらと盛り上がっている。
隣のオルガも他の侍従と仲良くなったのか、似たような話で盛り上がっていて、一人だけ暇になりそうな予感がひしひしと感じていた。
そしてお開きになると飛び出すように部屋を出て行く皆にロレティカは遅れて部屋を出る。もちろん陛下と王妃への挨拶も忘れずに。
(バレック殿下はこの後どうするつもりだろう)
話を聞いていれば近くの雑木林で駆けっこをすることに意見はまとまっていて、ロレティカは玄関先で四人を見送ることになった。
大人たちも話をするために、王妃について行く姿を見て、とりあえず許された範囲内で宮殿をふらつこうと歩きだす。
レイリス殿下の子供たちもすでに訓練場についたらしく、建物の一角から互角訓練をしているのを眺めていた。
「外で遊べるなんて元気だなぁ」
そう呟いたロレティカに曲がり角から男性の声が聞こえてきた。
「そう言う貴方は誰とも遊ばずに、確かに不健康そうですね」
いつから立っていたのか、通路から現れたのは陛下の側にいるはずの宰相だった。
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