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第37話 新しい道
時間は刻一刻と過ぎていき、燃えるような夕焼けも今では深い青色に表情を変えている。
すると流れていた音楽が変わった。控えめな演奏から華やかさを一層深めるような楽しげな旋律だ。
外の静寂とは相容れぬテンポの良い曲調は想い人を誘って引き連れた大人たちを中央へと呼び寄せた。
するとバレック殿下も光の当たる場所に惹かれたのか、側にいた派手なドレスを纏った令嬢を誘い中央へと吸い寄せられるように歩き出していた。
(変わらない……)
この光景には何度も見てきたような既視感がある。
毎日、毎回違う令嬢を相手にし、思うがままにステップを踏む身勝手な殿下の様子に見ている側のロレティカは辟易していた。
令嬢はただ良いように扱われているだけだ。
今だってめちゃくちゃなリズムについていけずに目を回している。
殿下の独り善がりのダンスにはいつも呆れてしまう。
けれど相手が王子である以上、不興を被ってはならないのが貴族の掟だ。
だから誘われた以上、どんな理不尽であろうとも従うしかない。
ちらりとダンスを見ている令嬢の顔を窺えば、顔を真っ青にして立ち尽くしていた。
(こうなるのが必然だ。それでも将来の王太子妃ひいては王妃の座にいられるなら知恵のない令嬢にとってはどうでも良いんだろうな)
数名が前に出て次に踊れる機会を今かと狙っている。
バレック殿下の妃なんて不幸な道のりなのに、どうして気付かないのだろう。
ロレティカは側にいたから身をもって知っている。
不機嫌な時は頰を打たれ、高揚している時は褒めて煽てて、ひたすらに肯定して、楽しませなきゃいけない。
侍従であるロレティカよりは加減が弱いからまだマシだけれど、そう変わらない……。
(俺はこんな王子の側で一生を縛り付けられたくない)
だけどロレティカにとって……、中央に寄っていく者たちを見ていると、自身が日陰でしか生きていけないのだと痛感する。
シャンデリアのきらびやかな光の下よりも、月光の下の落ち着く。
(“普通”でいるには、まだ遠いな)
溜め息をついて壁側へと下がる。
ずっと立ちっぱなしのパーティーは足に堪える。
(でも仕えている王子より先に座るのは……)
それに侍従が休んでは王妃が黙っていないはず。
壁に寄りかかって少しでも休もうと背中を預けていると、集まりを避けるように人影が近寄ってきた。
直ぐに壁から背中を剥がすと、その人影は変わり者なようで小さいロレティカを揶揄ってくることはなく、胸に左手を当てて、右手を伸ばしてきた。
「ねぇ、俺と一緒に踊らない?」
レースの被り物越しに聞こえたその声にロレティカは気づいた。
「サルク……?」
「うん。バレックが踊ったことで、次は皆が踊るでしょ? だから次の曲は俺と踊らない? 休むためにも」
「えっと……」
休むためにもってことはどうやらロレティカが既に疲れていることには気付いているらしい。
確かに一度踊れば抜け出せる機会を作れるが……。
「僕、男だけど、いいの……?」
「何が?」
何がと聞かれて言葉に戸惑う。
本気で聞き返しているのだろうか。
男同士でダンスなんてどんな噂が立つか分からないのに。
差し伸ばされた手を見つめて、でもと頭に邪な感情から生み出された言葉が手を動かした。
自身の手をそっとサルクに伸ばす。
(これが最初で最後のチャンスかも……)
男同士でダンスをするなんて成人したら冗談でも出来なくなるだろう。
お互いが子供の今なら、ただ遊んでいるんだと思われるかも知れない。
きっと今を逃したら、サルクと踊れることなんてないだろうから──。
サルクが手を取ろうと歩を進めた。そして、しっかりロレティカの手を掴み腕を引いてきた。
力の勢いに負けてサルクの胸によろけると、体格の違う身体がロレティカを抱きしめる。
「ごめんね、可愛くて力がこもったみたいだ」
「ううん」
硬い胸の中で顔を見上げると、流れる音楽がサルクの背景で花開く瞬間を目の当たりにする。
抱きしめられた熱い身体からも伝わってくる。今、目の前にいる男は喜んでいるのだと。
「ありがとう。ロレティカ」
「う、うん……。でも、その……、女性のステップ習ったけど、ちゃんと踊れるか分からないよ?」
まさか本当に誘われるとは思ってもみなかったのだ。男性用のステップを練習していた時間と比べれば練習量は全然違う。
「大丈夫。ちゃんとリードするから」
その言葉にロレティカは委ねることにした。
リードすると言ってくれた以上は、サルクはちゃんとしてくれるのだろう。
控え室へ戻る時も、階段を下りる時でも、サルクの行動は紳士的で完璧だった。
曲が終わり、二曲目に入ると大勢のカップルが集まっていた。
サルクはその集団の中でも端に向かい、ロレティカの肩甲骨の下へと腕を回した。
いつかサルクの練習相手になれるようにって、そんな軽い気持ちだったけど、こうしてパーティーで誘われて一緒に踊れるのは嬉しい。
ロレティカは手が離れないように伸ばした手に力を込めた。
すると、緊張していると思われたようで、サルクがボソリと頭上で呟く。
「大丈夫。結構練習したから」
ただ離したくなかっただけなんだけど、握り返される力が心強い。
「誘いを受け入れてくれてありがとう」
「ううん。こっちもありがとう。さっきの階段でも、降りる時、手を引いてくれたのすごく嬉しかったよ」
ロレティカがどんな表情で言ってるかなんて、レースで顔が隠れてるからぼんやりとしか分からないだろうに、隙間から見えるサルクはとても満足そうに微笑んでくれる。
「良かった」
しばらくしてゆったりと曲が流れ出した。一節が終わった直後、会場が音楽に合わせて足を動かす。
サルクとは身長差があるのに、動きはとてもスムーズで背伸びしなくても合わせられた。
きっと踊る相手が背の低い令嬢と見越して練習してきたのだろう。
曲調も三拍子でゆったりとしているお陰か、とても踊りやすい。
「上手だね。たくさん練習したのが分かるよ」
耳元で囁かれて顔が熱くなる。
今更ながらに気づいた。この密接具合は耳元で話されることになって、吐息がくすぐったい。
急上昇した身体の熱に教えを思い出していた思考がぶれて足がこんがらがる。
「あわわ……」
「フハッ! ごめん。大丈夫、支えてるから」
近くて一度離れたいのに、逃げられないから拷問のようだ。
すると色んな緊張に強張ったロレティカを落ち着かせようとしたのか、サルクが本音を口にした。
「実は俺も剣術と比べるとダンスは少し苦手なんだよね。身体を動かすのは好きなんだけどリズム感がちょっと掴めなくて」
「え、どこが……!?」
思わず聞き返すと、サルクは小さく声を立てて微笑む。
「今は一生懸命、カウントを唱えているんだよ。だから、上手いとか下手とかに限らずに楽しもう」
「──うん」
楽しもうと言って体現するように、ロレティカを回すサルクは年齢相応のはしゃぐ表情を浮かべていて、ロレティカも次第に頬が緩んでいた。
積もりに積もった胸の温かい気持ちをサルクに伝えたくて、一歩ステップに合わせて歩み寄る。
「サルクと踊れて、すごく楽しい」
そう呟いた声音は自分でも驚くくらい高揚していた。抑揚のある声と言うのはこんな声色なのだろうと思う。
すると今度はサルクの脚がもつれて、慌てふためいていた。
「やられた。ロレティカの可愛さは反則だね」
「えへ」
責めた言葉でも、褒めているのだと分かる。
だから照れたロレティカは残りの数分を楽しむことに全力を注いで身体を動かしていた。
ヴァイオリンの音と共に終わりを迎えると、息が上がっていてふらふらな状態で腰を折る。
(つ──、疲れた……。けど、社交ダンスがこんなに楽しいものだなんて初めて知った。これもサルクが相手だからだろうけど気持ち……)
ちゃんと習っておいて良かったと思う。
また離れることにすこし名残惜しい気持ちがあるが、それ以上に踊りきった達成感と、「サルクとパーティーでペアになって踊る」と言う願いが叶ったことに夢心地になれた。
立ち上がるとくらりと床が揺れて、サルクが支えてくれる。
「立てない……」
「うん。運んであげるから」
すると膝裏に腕が回されて抱き上げられた。
浮いた身体に「わっ」と声を上げて首に両手を回すけれど、軽々と持ち上げるサルクは安定感があって、すこしばかり高くなかった視線にサルクの横顔がすこし頭を振っただけでくっつきそうなほど近くにあった。
この距離で見る端正な顔はどこか懐かしい。
「(やっぱり緑色の瞳が綺麗だ……)すごい、力持ち」
「ありがとう」
サルクが歩き出した方向はバレック殿下とレイリス殿下のいる場所の中間で、その方向には腰掛け椅子があった。
椅子までの距離をロレティカはサルクの肩に寄りかかって体温を堪能する。
離れたくない。それでもロレティカとサルクは仕える主が違う。
だから椅子に下ろされて、また遠くから目で追いかける時間に変わるのだとそう思っていた。
──なのに、サルクは椅子を通り過ぎて、そのまま外回廊へと踏み出した。
横抱きで抱えられたままのロレティカはなし崩しに、庭園へと繋がる数段の階段の方へと連れて行かれる。
(…………あれ……?)
何度もサルクの横顔とその後ろを振り返る。
不思議に思っているのはロレティカだけではないようで、窓から顔を出してこちらを見つめる子供や騎士が少なからずいた。
ロレティカは目が合った子供と視線を逸らさずに自身でも良く分からないで首を傾げる。
(あれ……?)
皆の所に戻らないのだろうか。それとも何か話でもしようとしているのかな。
答えの出ない問い掛けが頭の中をぐるぐる巡る。
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