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第39話
初めての相手でも関係ない。お互いに知っている間柄で許し合えるのなら、普通のことなのかもしれない。
「大丈夫、何も可笑しくないよ。だって父上も母上も僕たちにおやすみのちゅうは誰にでもしてるし。レイリス殿下にだって、母上も父上もしてるから」
「そうなんだ。じゃぁ、これは挨拶のちゅう……?」
「うぅん。挨拶と似てるけど、可愛いねのちゅうかな。まぁ挨拶と同じだからおかしいことじゃないよ」
「可笑しくない……」
「うん。多分、ロレティカの言う恋人と夫婦のキスはもっと深いやつだと思うよ」
そう指摘されて、ロレティカはハッとした。
確かにキスの仕方はいくつかやり方があるのは知っている。
「えっとね、確か兄上が言うには舌を入れてキスする、んだって。やってみる? ロレティカが口を開いて、俺が舌を入れるからそれを吸ってみてみて」
「ううん、やらない。僕たちまだ友達だもん。早いよ。それに僕、それ知ってるよ! ディープキスって言うんでしょ。だからくっつけるだけのキスは僕たちもしていいんだね!」
確かに、触れるだけの親愛のキスなら、挨拶がわりにしてる家族は多い。
おやすみのちゅうなんて三歳の頃以来だったから忘れていた。
サルクの言う通り大人たちはもっと深い、ディープキスというやり方でしているのだろう。
「僕、勉強になったよ。サルク、頭いい!」
パチパチと手を叩いて褒める。
やっぱりちゃんとした教育を受けているだけあるなと思う。
それに公爵も、ちゃんと男の子の教育をしっかりしているのだと感心した。
「ありがとう」
「えっと、つまりサルクは僕と友達になってくれるの? だからキスしたの?」
「そうだよ。これからずっと仲良くしたいんだ。ロレティカは嫌だった?」
「嫌じゃないよ。サルクがしてくれるなら、僕平気だよ。でも、噛まれるのは痛かったから……もっと大きくなったらしてね」
「良かった。今はたくさんキスして、舐めるだけね」
「うん!」
知らないことを学び、一つ賢くなれたことにロレティカはさっきまで恐怖心が何処かへ消えていた。
近づくサルクの顔を、ロレティカは背筋を伸ばして目を瞑り迎える。
閉じた唇の隙間を熱いものがひと舐めして、もう一度、今度は熱を孕んだキスで貪るように合わせてきた。
「んんっ……ふ……んく……」
ふと鼻息が掛からないか気になって、呼吸を止めてみたけれど、間が短いサルクの挨拶にロレティカは諦めて鼻で息をした。
止まることはないので、構わないのかもしれない。
すると手を取られて指を絡めてくる。
ようやく一度サルクが起き上がった。
「ぷはッ……はぁ……はぁ……」
ロレティカが瞼を開けばそこには、はっと息をつきながら鋭い視線を向けるサルクの顔があり、カッコイイと思えた。
空いている手をサルクの頬に添えると、もう一度重ねてくる。
途端、庭園に割れんばかりの大声が響き渡った。
「ストーーープッ!!」
鼓膜を震わせる声にお互いびくっと身動いで顔を離す。
この高い仔犬のような叫びは、確かダヴィの声だった気がする。
会場の扉がある方へと視線を向けると、そこにはレイリス殿下と、その護衛騎士となる三人が立っていた。
「サルク! お前、誰に何をしてると思っているんだ!!」
「そうだぞ! 戻って来ないと思ったら、何勝手に暴走してやがんだ!」
レイリス殿下とユーリアの大声がサルクを責める。
その横で、テオドアがゲッソリした顔で天を仰ぎ、呆れ返っていた。
「いやぁ、血は争えないな……。さすがリュンデン家の息子……」
「本当だよ。サルクパパが可哀想。兄弟の中で一番一つのものにこだわり過ぎないからって、安心してレイリス殿下に付けたのに。喜んでいたサルクパパがこれを見たら泣いちゃうよ」
よく分からない会話に首を傾げる。
リュンデン家の象徴は逞しい身体付きのはずだ。他にも何か聞いたことがないだけで特有の遺伝でもあるのだろうか。
近寄って来た四人が体勢を見ると揃ってため息をつく。
サルクは邪魔されたことに不機嫌になったのか、棘のある口調でタヴィに返していた。
「そんなの知らない。泣かせておけば良いんだよ。母上が慰めてあげるだろうし、俺には関係ないよ。とにかく、もう少しロレティカと話してたいから、向こう行ってて。今度またいつ会えるか分からないんだから、もっと可愛がらなきゃ……」
そう言って、まるで聞く耳を持たずに髪から匂いを嗅いでいた。
会話についていけないロレティカはどうすれば良いのか迷って誰に何を言えば良いのか思案する。
殿下も騎士仲間も迎えに来た以上、もう会場に戻った方が良いことは分かっている。
でもサルクの気持ちも、ロレティカには分かるのだ。レイリス殿下に仕えるサルクと、バレック殿下に仕えるロレティカは王子の仲が良くならない限りは、今後の接点はないに等しい。
(話はしてないけれど……)
惜しくはあるが、今はパーティーの最中で、長い休憩は良くない。
ロレティカの足も十分休めたし、頃合いなのだろう。
「サルク」
「なに、ロレティカ」
反応してくれるサルクに、ロレティカは背伸びして大人の対応をとった。
「サルクはレイリス殿下の騎士だから、仕事に戻らなくちゃ。またサルクに会えるように、僕頑張るよ」
「──はぁ、分かった。俺のこと、好きになってくれた?」
「僕、もともとサルクのこと好きだよ」
じゃないと噛まれた時に殴ってでも逃げていた気がする。
あんなトラウマになるような痛みを覚えさせられては、好意がないと許すなんて出来ない。
「なら、他の人にキスさせたらダメだよ。俺だけにして。そんでいつか俺の婚約者になって、この先誰も好きにならないで」
要望の多さに少し圧を感じるのは気のせいだろうか。
まぁサルク以外の人とするつもりはないし、サルク以上にロレティカを包み込んでくれる人はいないから、守れない約束ではない。
しかし──、
「僕、男だから……。男同士の婚約は出来ないと思う……よ?」
「なら、誰とも婚約なんてしないで! ──あぁ、そうだ。俺の従騎士になってよ! そしたらずっと一緒にいられるよね!」
サルクの提案に、周りが止めようと口を開いたが、それよりも前にロレティカは「うん!」と大きく頷いた。
「僕、剣術頑張るよ。サルクのこと、僕が守ってあげる!」
まさか同じことを考えてくれるとは思わなくて、手をぎゅっと握った。
ロレティカの描いた未来を言わずとも願ってくれたことが嬉しい。
成人したらサルクの従騎士になれる。それをサルクは約束してくれたのだ。
「ロレティカ、好きだよ。俺、絶対に離さないから! だから大きくなったら、全部俺に委ねてね。俺、それまでに、おと──」
言い続けようとしたサルクの言葉を、今度は地を這うような怒鳴り声が遮った。
「サルク・リュンデン! いい加減にしろ!」
これには振り向かなくても誰か確信を持って答えられる。
サルクの父、リュンデン公爵閣下だ。
けれど息子として怒号に慣れているからか、伝えたかったことを最後まで言えなかったことに、あからさまな舌打ちを零して、外回廊の階段上に立つリュンデン公爵を冷たい目で睨みつけた。
「クソ親父め」
「……サルクも、そんな言葉を使うんだね」
ちょっとビックリしたけど、サルクにも喜怒哀楽の怒があるようで少し安堵した。
人間やっぱり、怒は少なからず内に秘めているものらしい。
「ハッ、これは、その……、滅多に使わないよ!」
「うん。知ってる。でも、怒ったサルクもカッコイイ」
「……そうかな。怖がられなくて良かった」
どうやら拒絶されたことがサルクの心を戒めたらしい。
脱力したその様子に、ロレティカは頭を撫でて慰めてあげた。
とは言え、これは良い躾けになったかもしれない。サルクに迫られたら敵わないから、これからも気をつけてほしい。
膝から下りて立ち上がったロレティカに、タヴィがまたサルクに罵声を浴びせる。
「さ、サルク! これ! これナニ……!?」
そう言って指差したのはロレティカの首だ。
タヴィの態度が気になったレイリス殿下と、ユーリア、それにテオドアがロレティカの噛まれた項を見て青褪める。
「ロレティカ、それは痛くないのか?」
レイリス殿下に問われて、首を傾げる。
「痛くはない、かな」
「そ、そうなのか……。いや、でも、今すぐ薬室に行くことを勧める」
言われてあっと気づく。もしかしたら歯型が出来ているのかもしれない。
この周りの青褪めようは間違いなく、痕が残ってしまったのだろう。
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