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第40話
ロレティカにとってはもう済んだことなのだが、タヴィは許せないらしい。
サルクの前側をバシバシと叩いて怒りを露わにする。
「本当に信じられない! 怪我させるなんて! 好きならロレティカを大事にしてよね!」
「……だって可愛いから仕方ないだろ」
「可愛いから怪我をさせて良いって!? こんなに綺麗な身体に痕が残ったらどうするのさ!」
「ロレティカはもう俺のなんだから噛み跡くらいつけたっていいんだよ! 兄上や父上も、婚約者や母上にやっているんだから!」
「あれはキスマークってハンス兄が言ってただろう! 首に吸い付いて出来るもので、噛み跡じゃないんだから!」
二人の声量はすごかった。
サルクの低い怒号もそうだけど、横から聞こえる金切り声は鼓膜を痛めてきて、とても聞けたものじゃなく、ロレティカは耐え切れずに両耳を塞いで顔をしかめた。
「噛み跡だって同じだろ!」
「違うから! それにロレティカはサルクのものじゃないから、みんなのものだから!」
「将来、俺の従騎士になるんだから俺のものだ!」
「従騎士は婚約者じゃないよ!」
「それでも俺の側にずっといるんだから変わらないだろ!」
「この、分からずや……! サルクのバカバカ、バカァァァ!!」
「タヴィに言われたくない……!」
サルクが叫んでやっと言い争いが終わったのかと思って安堵した瞬間、タヴィがお腹を膨らませるほど息を吸って、さっきよりも一段と、音楽の掛かっている会場に聞こえるんじゃないかと思うほど、遠吠えのような叫声が空に轟いた。
「僕に言われたくないなら最初っから気をつけろぉーーッ!」
ようやっと気持ちが収まったらしい。
サルクもタヴィも息を短く吐いてバチバチ睨み合っていた。
タヴィはサルクに言ったのだろうが、二人に挟まれているような位置にいたロレティカにも飛び火して、頭がキーンと高鳴り可笑しくなりそうだった。
苦しんでいるロレティカを助け出してくれたのは、黙っていたレイリス殿下だ。
近寄ってくると、サルクには軽くお腹に拳を入れ、タヴィの頭には拳骨を食らわせる。
サルクの束縛が解かれた瞬間を狙ってロレティカの腕を引っ張った。
そうしてサルクの膝上から逃れたロレティカは、引っ張られた勢いのまま無害なユーリアやテオドアのいる所へと流される。
「まったく。二人とも熱くなりすぎだ。一番可哀想なのはロレティカだぞ」
転びそうになる腕をユーリアとテオドアが支えてくれて、その後ろでレイリス殿下が庇ってくれているようだった。
抜け出せたとは言え、ロレティカの頭の中ではまだ二人が言い争っている感覚が抜けずに目を回す。
「サルク。お前は一度、閣下に怒られろ」
そう殿下が言い渡すとタイミング良く公爵が来たようで、サルクの「父上」と言う囁きが聞こえる。
同時にタヴィは助けが来たような明るい表情で「サルクパパ!」と呼んだ。
「タヴィ! 『サルクパパ』ではなく、『閣下』と呼べと何度も言っているだろう」
「うぐっ」
「まったく、お前らは。ここは公爵邸ではないから自重しろと何度も言っておいただろう! いったい今回の喧嘩はなんだ。まずタヴィ、お前から話せ。くだらない話だったら許さんぞ」
未だに聴覚が歪んでいる気がするが、安全な場所で見守ろうと静かにしていると、タヴィが状況を告げようとまくし立てた。
「くだらなくないもん! 閣下だって絶対にショック受けるんだから!」
そう言ってロレティカを指差して、公爵に訴えていた。
「ロレティカの首、見てよ。サルクったら酷いんだよ! 本当にすごいんだから。もうすんっごく痛そうなんだよ」
すると公爵の険しい剣幕がロレティカに向けられて、慌ててテオドアの陰に隠れた。
悪いことはしてないけれど、名指しされるとどうにも居心地が悪い。
そのあと前方にいたレイリス殿下が冷静な声で補足する言葉を閣下に聞かせた。
「もしかしたら、家同士の問題になるかもしれない……」
「家同士? フォロバトン、隠れてないで出て来なさい」
そう言いながら怖い顔で公爵が歩み寄って来るものだから、テオドアの陰から覗いていたロレティカはその反対側から逃げだしていた。
「どこへ行く!」
公爵の声に耳を貸さず、逃げて、立っていたサルクに抱きついた。
背の低いロレティカにとって、公爵の巨体は側にいるだけで勇気がいるのだ。
しかも何をされるのか分からない顔をされながら近づかれては、中身が成人しているロレティカでも条件反射のように身体は逃げ出すことを選ぶ。
「ロレティカ……! 戻って来て嬉しいよ」
ぎゅっと抱きしめ返されるとサルクの匂いに包まれて、安全な場所に戻ってきたという安心感が呼吸を深くさせる。
ロレティカの中で、もう一番安らげる場所になっていた。
すると背を向けたロレティカの首後ろに、公爵は気が付いたらしい。
「お、おい。待て……、なんだ首のそれは……!」
怒声の大きさにびっくりして、顔を更にうずめる。
その様子を見た公爵は、今度はロレティカではなくサルクに怒りと困惑で声を震わせて責め立てていた。
「サルク! これはどう言うことだ! フォロバトン卿の子供に何をした!」
そう聞いてくる公爵にサルクは噛み跡を指でなぞってきてハッキリと口にする。
「これなら、噛んだだけです」
ピリピリと痛むそこを指の腹で撫でられると、ぞくぞくとした電流が身体を駆け巡り、不思議な感覚が訪れた。
まるで蕩けてしまうような甘さが脳内に滲み、身体から力が抜けるようなそんな感覚に、キスをされていた時に浸っていた体感を思い出す。
サルクに身体を預けてされるがままになれば、神経を弄られて、身体を撫でられているような快感が巡る。
大きな身体に抱きついていないと、その場にしゃがみ込んでしまいそうだ。
そしてロレティカの身体には証が刻まれているのだと思い知らせる。
「か、噛んだ、だと……。堂々と答えるでない! お前は何をしたか分かっておるのか!」
「俺なりの愛情表現です。俺のものって証をロレティカの身体に付けておかないと誰かに取られるでしょう……」
サルクは見せつけるようにロレティカの首元へ再び口づけた。
ちゅ、ちゅ、とリップ音を響かせると、公爵にも聞こえるくらいの大きさで、「ロレティカだってそれを望んでます」と言い切った。
そしてロレティカの耳元に「ね?」と囁いて聞いてくる。
ぎゅっと抱きしめられる力は返事をもらえるまでは離れるつもりがないみたいで、声色もロレティカに有無を言わせないものだった。
実際にサルクの従騎士になることは望んでいることではあったので、コクコクと頷いては「うん」と頭を押し付けた。
直後、背後で名前を呼ばれた。
「──ロレティカ・フォロバトン!」
顔を上げれば公爵の気配がすぐ側にあって、肩が跳ねる。
「お前から三歩離れろ!」
そう言われてこれ以上、大声を浴びないようにと慌てて三歩離れた。
(確かに今は離れるべきな気がする)
離れると、公爵はサルクと対峙して叱りだす。
「サルク! 愛情表現で噛み付くバカがどこにいる!」
「俺たちは愛し合っているんですから、放っといてください!」
「そんな愛し方など認めんぞ! フォロバトンの子を死なせる気か!」
眉間にシワを寄せている公爵の激怒している様子に、やっぱり噛むのは異常だったんだとロレティカは知る。
止めてよかったと安堵して、でも約束してくれたことはしっかりと伝えようと、激昂している公爵に近づいた。
「閣下」
「なんだっ……! ──って、お前か。言っておくがコイツを庇おうとしても叱るからな」
それでも我慢しようとしてくれたことを伝えればきっと少しは丸く収まるだろう。
だから自身よりも大きなその巨体に怯まず、ハッキリと言い切った。
「サルクね、もうしないって約束してくれたから、大丈夫だと思います!」
「大人になるまでね」
「もう! 閣下が言っているんだから噛むのは可笑しいんだってば!」
「うっ……」
ロレティカが怒ると、サルクは唸ってしょんぼりした顔で「分かった」と頷いてくれた。
納得はしてないけれど、ロレティカの言うことは聞いてくれるらしい。
それでも元気をなくしたサルクにちょっと一方的だったかなと、罪悪感がよぎって三歩離れたままコッソリと話すように小声で少し妥協してあげる。
「優しく噛むなら、大人になった時していいよ」
パッと明るさを取り戻したサルクが瞳をキラキラとさせてこちらを見てきて、飛びかかろうと身構えたものだから、公爵が直ぐ様襟首を掴んで妨害した。
喜ぶそれはもうロレティカにしか意識は向いておらず、公爵は眼中にないようだった。
少しご褒美が過ぎたのだろうかと、加減が分からなくなる。
相手が落ち込んでいる時ややる気のない時は、ご褒美を用意すれば良いのだと前世の知り合いが教えてくれた。
優しくと言っておいたし、今回のような酷い目には遭わないだろう。
(やっぱりサルクは笑っている方が一番良いや)
もう二度と悲しませないと誓った。だから多少の傷くらいはどうってことない。
ふと公爵を見上げると何故か|鳩尾《みぞおち》部分を押さえて顔を歪めていた。
隣ではレイリス殿下とタヴィが心配していて、テオドアとユーリアは相変わらず呆れた顔で項垂れている。
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