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第41話

 強健な印象を持つ公爵が苦しそうにしている姿を見ていると、心配になって顔色を窺った。  本当に痛そうだ。  公爵はいつもキリッとしていて騎士の規律に厳しくて、怒ると遠くまで声が聞こえてくる人だった。  ずっとそんな顔ばっかりバレック殿下の後ろで見てたから、こう云う苦痛に歪むのは見てはいけないものを見てしまったようでもある。 「(なんか、可哀想……)閣下、大丈夫?」 「お前が……、心配するか……」    軽く握った手を口元に当てていると、さらに公爵は項垂れた。  するといつの間に傍らへ来ていたのか、公爵の側仕えをしている白髪の執事が子供たちに微笑みかけて誘導してきた。  この人は前世でも見たことがある。かなり有能で、剣の腕も確かだ。 「そろそろ会場に戻りましょうか。きっと主役の殿下方が消えて戻って来ないと、国王陛下が心配しておられますよ」  消えてと言ってもまだ十分くらいしか経っていないような気がするのだが、|生憎《あいにく》と懐中時計を持っていない。 「そんなに経ったの?」 「はい。もう三十分くらいは」 「さん──早く戻らないと!」  王妃やバレック殿下も痺れを切らしている頃だろう。控室では見逃してくれたが、今回はどうか分からない。  最後に挨拶をと思って公爵に話しかけようとしたが、心ここにあらずで虚ろな様子に出来なかった。  耳をすませばブツブツと何かを唱えている。 「胃が……。あやつになんて言われるか……、その前に陛下に怒られ……、くッ……」  泣いてはいないが、どうやらタヴィが言っていた通りショックが大きいようだ。  サルクを元気付けていた間に何があったのか知らないが早く戻らなければならない。  どうしたものか悩んでいると、気の毒そうに嘆息を漏らしながら執事が公爵の傍らに立ち、ロレティカとレイリス殿下に視線を配った。 「公爵様のことは任せて先に戻られて結構ですよ」 「なら頼む。サルクとロレティカの話は俺から先に伝えておく」 「お願いします。殿下は頼りになりますね」 「……王子だからな。行こう、ロレティカ」  返事をまたずしてレイリス殿下に手首を取られた。  周りの四人を見渡してから先導するように腕を引いていく。  王子にこんなことをされたのは初めてだ。  まさか手を引かれるとは思わなくて、ロレティカはレイリス殿下の後ろを見つめた。  サラリとした短い髪は同じくらいの高さにあって、落ち着いた薔薇の香りが優しく肺に入ってくる。  自身を王子と名乗ったことだけあって、優雅な素振りに気をつけているようだ。  どうして手を取って引っ張ってくれたのかは分からないけれど。  分からないからこそ、都合良く解釈してしまう。  もしかしたらレイリス殿下と友達になれるかも知れない。必要として側に置いてくれるかもしれない。  そう思ったら不相応の期待をしてしまう。 (こんな気持ちを抱くなんて、恐れ多い……)    対等と思ってはいけないのだ。  ロレティカは貴族であって、王族にはなれない。ただの話し相手にはなれても友人関係にはなれないはずで。 (けれど、レイリス殿下なら……)  前世で見せてくれた信頼関係で結ばれたサルクのように、対等な接し方を許してくれるんじゃないかと、思わずにはいられない。  俺を一人で僻地に向かわせるようなことはせず、至らないことがあってもこうして一緒の道を歩ませてくれるんじゃないかと夢を抱いてしまう。 (──まるで、依存だ)  侯爵に抱いていた切望を、今度はレイリス殿下に抱こうとしている。  これ以上、手を繋いでいたらロレティカは同じことを繰り返しそうで怖くなった。  愛されるために何でも言うことを聞く人形にはなりたくない。  嫌な光景を思い出しそうで、胸元の襟をぎゅっと掴みながら長く目を瞑る。  もう二度と渇望の気持ちを暴走させてはいけない。冷静に自分を見つめ続けるんだ。  ピタリと足を止めると、レイリス殿下を引っ張る形で引き止めてしまった。 「どうした? 急に立ち止まるな」 「……あの、……ッ」  手を離して、なんてそんなことを言ったらレイリス殿下はどうするだろう。  喉が震えて言葉が出てこない。  すると訝しんだ殿下が気落ちした声で聞いてくる。 「サルクの方が良いか?」  問われてロレティカは思いっ切り首を横に振った。  確かにサルクと触れ合えるのは落ち着くけれど、これはそう言うことじゃない。  すると微かに、殿下の肩が丸くなったように思えた。 「ならなんだ。戻るんだろう?」  そうだ会場に戻る。  戻って、バレック殿下のもとに戻らないといけない。 「ほら、何か知らんが急ぐんだろ。兄上に怒られないように守ってやるから行くぞ」  殿下の優しさに、心臓が運命の人に出会えたかのように興奮していた。   「フュー。殿下、かっこいいじゃん」  すると外野から揶揄う声が飛び交った。  ユーリアの口笛に、タヴィとテオドアが乗っかる。 「さすが王子様!」 「お兄ちゃんだなぁ」  お兄ちゃんと聞いてロレティカは早速、レイリス殿下に対しての自身の失態を悟る。 (俺の方が年上なのに、引っ張られてるのはまずいよな。──でも案内するわけでもないのに、殿下より前を歩くのも……)    考えこむロレティカに、サルクが「そう言えば」と隣にきた。 「何歳?」 「九歳」 「へぇ、九さ──九歳?」 「うん。多分みんなと同い年だよ」  どうしてだろう。今度はみんなの歩みが止まった。   「……弟じゃなかったのか」  ふとボソリと聞こえた声にレイリス殿下が片手で頭を抱える。 「いや、でも。俺の方が背が大きいし、地位だって一応俺の方が……」  考え込みながらロレティカをチラリと見る殿下の視線に少し落ち込んだ様子を見せてしまった。  確かにロレティカの方が小さいような感覚はある。  言い訳はあるけれど、指摘されるとズシッと胸に響くものがあった。 (俺ってレイリス殿下よりも背が低いのか……)  殿下は自己完結が出来たのか力強く頷いているが、手を離そうとしない様子からみて、“弟”のような存在に収まっている気がする。  侍従として登城したロレティカにとっては、複雑な結果である。  もちろん面倒をみてもらうだけに留まるつもりはないが、レイリス殿下の庇護下に入れたと思うと嬉しくなってしまうのは否めないことだ。 「僕のこと、気に入ってくれる?」 「俺に気に入られたいのか?」 「うん」 「どうせサルクの従騎士になるんだろう。なら、気に入ってやらなきゃな」 「……つまりサルクの下についたら気に入ってくれる?」 「別に俺の下でも良いけどな」 「僕、どっちの下にもなるよ!」 「それはサルクが許さないだろうから、サルクを選んでやれ」 「分かった!」  愛され方を示してくれるなんてレイリス殿下は本当に、ロレティカの引き止め方を知ってくれているようだ。  前世では全く関わろうとしなかったから、周囲の言葉を繋ぎ留めて、良くも悪くもない王子なのだと想像していた。  だからあの夜、敬語じゃなくても受け入れてくれたことに驚いたのだ。王子らしいのなら、上下関係に厳しい人だと決めつけていたから。  だけど違うのかも知れない。警戒心があって、それでも面倒見の良い人柄だったかもしれない。  多くの騎士に囲まれて、共に育っていたのだから。 (──違って当然だったんだ)  自分と同じ境遇だと思っていたが、全く違う。  母親のいない、父とも離れて暮らしている点は一緒なのに、ロレティカには友人なんていなかった。  けれどレイリス殿下は確かに公爵家の者たちとは気の置けない関係で絆を結んでいる。   (俺もこの繋がりに混ざりたい。今回限りだけじゃなくて、もっと先もみんなの輪に入れてほしい)  そのためにもロレティカは、いつかサルクの隣にいる夢を叶えるのだ。   「ロレティカって僕たちと同い年だったんだ!」 「レイリス殿下の一つ下だと思ってた……」  そう思われても仕方ないのだろう。  きっと大広間で楽しんでいる貴族たちの中にも、オルガの方が兄のように見えている人がいても可笑しくはないのだ。  それくらいロレティカの身体は異常に小さい。  一年経った今でもこの身体に慣れないように、違和感は感じ取っている子供はいる。   「でもそうか。フォロバトン家の噂を考えれば、ロレティカが同年代なのは間違いないのか。見た目ってすげぇな」  どうやらユーリアは、侯爵家の噂を思い出していたらしい。  騎士には『情報に騙されず、収集し統合し、自らが求める懐疑の答えを導く』能力が必要な場面が出てくる。  まだ九歳なのに毎日必死に勉強しているのだろう。  ユーリアは努力家だから将来は頼れる騎士になれるはずだ。   「ロレティカって同い年なんだったんだ。なら俺が適齢期になれば必然的にロレティカを迎えられるね」 「……うん?」 「ああもう! だからロレティカは男の子なんだってば!」  サルクの言葉の意味が分からず、何て返事をしようか迷ったが、タヴィのお陰で理解出来た。 (適齢期ってそういうことか。サルクはどうしても俺と婚約したいんだな……)  ロレティカも何度か思ったりもしたが、残念ながらもう一度女神様にお願いして、人生を女子としてやり直さない限りは無理だろう。  国も教会も自由を掲げてはいるが、同性愛を罪として考える風潮が消えているわけではない。  それにまだ、男性同士の仕方について書かれた本も見つけられてないしなぁ。なんて思っていると、サルクが髪に触れてきた。  回帰してからロレティカが一番驚いているのは結局これかも知れない。 「十五になるのが楽しみだね」 「だーかーらー!」  タヴィの吼える声を全く気にしないサルクは、ただロレティカを見つめて笑顔を浮かべていた。  別にロレティカは片想いでも十分だった。十分だったけれど、こうしてサルクからも好意をもらえることは嬉しい誤算だ。  

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