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第46話
鏡の中には昨日よりもより一層公子らしい姿をした自身の姿が映っていた。
「どうでしょう」
「良い!」
腕を振って頷くロレティカに、顔の横で手を合わせた侍女は「良かったです」と嬉しそうにしていた。
着替えも終わり、移動した先は廊下の途中にある大広間だった。
そこには既に大勢の貴族や大臣、宮廷付きの一部役員に加えて総騎士団長、副団長……。
総勢二十人くらいの人数が集まっている。
(今日の内に役員たちも王子たちの様子を見ておくのか)
今日集められた子供たちは、将来的に色んな立場に立って王宮で過ごすことになる。宮廷で働く者たちにとって、どんな子供なのか知っておきたいだろう。
(──こうもいるとちょっと怖いな……)
身体が小さい分、背の高い大人の表情が見えなくて怖い存在に思えてしまう。
隣にいた侍女のドレスの裾を掴んで陰に隠れると、先に見つけたのは総騎士団長だった。
「ルーシー! どうしてここにいるんだ?」
「今日はフォロバトン公子の侍女として来たのよ。アーク・ロランス総騎士団長様」
「ん? 笑顔が引き攣ってるな」
それは引き攣るだろう。
夫でもない男性が名前で呼ぶんだから。
(不義や密通を疑われて問題を起こされたらたまったものじゃない。下手したらアスタルディ伯爵から訴えられるぞ)
ロランス総騎士団長閣下からすれば呼び方なんて関係ないのだろうが、常識人の周りからすれば関わり合いになりたくない相手だろう。
何せ常識が通じない人なのだ。
それでも軍を指揮する頭脳は素晴らしく、リュンデン公爵に認められて今の地位に上り詰めている。
年は確か侍女の五つ下だっただろうか。
「まったく。嫌味が通じない人なんだから」
「嫌味だったのか? 遠回しに言わないでくれ。俺には分からん」
「はいはい。もういいわよ。あなたが話しかけたのは、この子が目的でしょう」
「おう!」
相槌で返せば陰に隠れたロレティカを見下ろしてくる。
焼けた肌の堀の深い顔が目の前へと近寄って来ると、とっさに逃げようと反対側へと顔を隠した。
「おや」
心底不思議そうにしている騎士団長の呆気に取られた声音に、ロレティカは以前から団長のことが苦手だった。
「まったく。子供にはしゃがんで接することって何度も言ってるでしょう」
「あぁ、失敬。失敬」
ミッチリときつそうな礼服を着た団長は、平然と床に膝をつき、腿を叩いた。
「よっしゃこい!」
せっかく視線を低くしているのに、大きな声を上げるものだから思わず肩が跳ねる。
(そうだった。この人、残念なところが令嬢に注目される理由だった)
団長は整った顔立ちと天然さで宮廷を訪れた令嬢を魅了するような存在感のある男だ。
それでいて活発な子供相手にも人気がある。
例えば二の腕にぶら下がったり、肩に担がれたり。一緒に遊んでくれる相手だからいつも人が群がっていた。
「なぜこない……?」
ロレティカをそこらの子供と一緒にしないで欲しい。
大声を出されるのは嫌いだ。頭に響いて怒鳴り声やら雷やら、嫌な記憶を思い出す。
ロレティカにとって男の陽気さは避けるべき害悪になっていた。
「相性が最悪ね……」
「──あぁ、そうか! アレだな。物陰に隠れて様子見をしてくる静かな子供だな!」
「そうよ。だから声の音量を落として頂戴」
「それは出来んな!」
キッパリと断る団長に、侍女は下にあった頭に親指を当ててグリグリと押し潰した。
「イダダダダダッ」
「やるのよ。アーク」
「……はい」
気圧された団長はさっきまでの陽気な雰囲気が落ちてシュンとする。
ロレティカにとっても早く遠くへやりたくて、チラリと見たあと男の方に腕だけを伸ばした。
(早く誰かこの団長を引き取って欲しい。副団長は今、別の貴族に捕まってるし……)
伸ばした腕に硬い皮膚が触れる。
緩く握ってくれるその手に不器用なりの優しさを感じて、ロレティカはまた顔を覗かせた。
「ありがとな、公子殿」
さっきとは打って変わって落ち着いた声音に呆気にとられた。
意外にも物陰から様子見する子供を相手にも対応出来るらしい。
ちょっと大人気なかっただろうかと、申し訳なく思えたけれど苦手なものは苦手で。慣れるにはやっぱり時間が掛かりそうだった。
騎士団長が手を離すと立ち上がって、大きな身体で薄っすらと影がつくられる。
条件反射で隠れたロレティカの頭を撫でてきたのは侍女だった。
「バカを受け入れて下さり、ありがとうございます。フォロバトン公子様はそのままで良いのですよ」
「うむ、そうだな。警戒心が強いことは良いことだ。下手に心を許せば利用されかねないからな。俺は一向に構わんと思うぞ」
まるで気にしない二人の様子に瞼をパチパチとさせる。
人見知りでも不快に思っている様子もなさそうで、器の大きさを知った気がした。
(また今度、その時はちゃんと顔を見て握手出来るかな……)
じっと手を見つめてそんなことを思うと、騎士団長が去っていくのを見送る。
その挨拶を皮切りに傍観していた貴族もやってきて対応に追われていると、しばらくして歓呼する声が聞こえて皆が部屋の端を見つめた。
どうやらレイリス殿下が着いたようだ。貴族たちの待ち侘びた人物の登場に、感嘆を交えた会話が弾む。
後ろにはサルクたちもいて、一瞬で貴族からの注目を集めていた。
「ロレティカ、おはよう」
「おはようございます。殿下」
「先に挨拶をすませるからまた後でな」
「はい」
レイリス殿下と砕けた会話が出来るなんて新鮮だ。
すると昨日とは違った軍服に身を纏った四人に周囲を囲われた。
その後ろを正規の護衛騎士が通り過ぎて行く。
「直ぐ戻って来いよ」
「はーい!」
先輩騎士とは仲が良いらしい。
公爵家の騎士団は見習い課程から宿舎に住み込むから話す機会が多いのだろう。
特にタヴィやユーリア、テオドアは先輩たちと共同生活だから尚更かも知れない。
「おはよう」
「おはよう! ロレティカよく寝れたー?」
「うん。タヴィは?」
「全然! 早く帰りたい……」
「それなぁ」
「狭い部屋で寝起きしてるから広い部屋は寝れないな。あと身体を動かし足りないのもあるが」
「そうなんだ。大変そうだね」
ふと昨日の一日を思い出す。
昨日のお昼過ぎは近衛騎士団の訓練を受けてたと思うんだが、あれで足りないとは日頃からどんな訓練を受けているんだろう。
近衛騎士の稽古量もかなりのものだと記憶しているのだが、公爵家も厳しい稽古を積んでいるらしい。
頼もしい子供たちだ。
「サルクも眠れなかったの?」
「それなりに眠れたよ。寝足りないくらいだけどね……」
「あははっ! サルクってば昨日は公爵閣下と宰相閣下と、陛下に遅くまで怒られていたもんなぁー!」
「笑うなよ、タヴィ」
「なんで? ロレティカをいじめたからこうなったんでしょ。今だってほら、包帯巻いてるし!」
ロレティカの首元を指差すとこってり絞られたのか、サルクは反省した眼差しで包帯をなぞっていた。
「本当にごめん」
この様子だと念押しは必要なさそうだ。
寧ろ少し可哀想なくらいで、ロレティカは伸ばされたサルクの手に頬をすり寄せた。
「うん。大丈夫だよ」
落ち込む姿に弱いロレティカの対応に、タヴィが拗ねた様子で注意してくる。
「もう。そうやって簡単に許しちゃうんだから」
「だって、反省してるのにこれ以上怒るのは違うと思うし、それにきっとサルクならもう血が出るほど噛んだりしないでしょ」
サルクに振り向いたはずが、姿が消えてドサッと下から音がした。
膝と手を床に付いて項垂れている姿に驚く。
けれど驚いたのはロレティカだけじゃなかった。
タヴィ、ユーリア、テオドアも固まっている。
「血が出てたの?」
「え、うん。ちょっとだけ」
「マジかよ。そりゃ陛下もカンカンに怒るわな」
「痛かっただろ」
「まぁ実はちょっと痛かったけど、でも、サルクが自分を責める姿を見たくないなって……」
正直な気持ち、自身の痛みよりもサルクが落ち込む姿を見るほうが胸が痛い。
言葉にして伝えてみたが、しっかりと聞こえたようだ。
「────よし」
顔を上げたサルクが立ち上がって、今度はロレティカの手を包み込んだ。
「俺、今度会う時までに絶対に手加減をマスターしてくるから!」
「うん。よろしくね」
決意を固めるその様子は少年らしく、タヴィが横で応援している。
ユーリアとテオドアは慰めるようにロレティカの肩を優しく叩いていた。
それから四人がレイリス殿下のもとへと戻ると、控えていた侍女に話し掛けようと視線を泳がせた時に、広間の角に隠れている侯爵を見つけて目を細めた。
王妃も他に呼ばれた貴族もいないからか、陰でコソコソしている侯爵が顔を出して目が合うと、顎で指して後ろへ下がり姿が消えた。
(こっちこいと言いたいのか……?)
いやな誘い方だ。
「どうされますか?」
「一応言ってくるよ。話の内容は……」
考えて陛下と住むことを思い出す。同時に侍女がやんわりとした言葉に置き換えて説明してくれた。
「フォロバトン公子の意思を確認しに来たのでしょう」
「そうだね。父上だしちゃんと僕から言ってくる。離れた場所ででも視界に入る位置にいてくれる?」
「もちろんでございます」
「ありがとう。きっと誰かしらの視線があれば強くは出てこないと思う。何かあっても庇わなくていいよ。大声で騎士を呼んでくれれば十分だからね」
「かしこまりました」
侍女の笑みに、どうやら庇うつもりでいるらしいことに気付いたが、陛下の命で動く彼女を縛るつもりはない。
ロレティカは取り敢えず、侯爵の消えた廊下へと向かった。
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