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第47話

 広間から離れた廊下で腕を組み、壁に寄りかかる侯爵の姿を見つけた。  ロレティカがやって来ると、侯爵が壁から背中を剥がして仁王立ちになる。 「お前、王宮に留まりたいと陛下に願い出たそうだな。陛下が許したとは言え、王室に泥を塗ることになると思わんのか」  ──やっぱりか、と思う。  侯爵なら必ず止めに入ると思った。王妃だって嫌がるはずだ。  陛下が特別扱いをするように、王妃側にも手元に置いておきたい理由があるのだ。  けれど今のロレティカは好き勝手に動かせる人形ではない。   「僕、お部屋に泥なんて持って行かないよ。侍女や陛下の言うこともちゃんと聞けるし。侯爵様は僕のこといらないんだから、別に関係ないでしょ。新しい侯爵夫人と仲良くしてなよ」 「なッ、この馬鹿息子め……!」 「そうだね。僕、オルガよりもおバカなのかも。侯爵様はそんな息子いらないって言うんでしょ? 多分夫人は絶対に嫌がると思うな」 「いったい何が気に入らないのか分からんが、ビューラはお前の新しい母親だ。もう少し可愛げと言うものを──」 「僕、十分可愛いよ。でも僕って母上にそっくりでしょ。『女狐の子供』って侯爵夫人は呼ぶから僕の顔が嫌いなんだと思う。だからね! 僕は陛下と暮らすから、お家に帰らないでいるね! そしたら夫人も喜ぶよ!」  いい加減にして欲しい。  侯爵夫人のことなんか大して愛してもないくせに、夫人に嫌われる理由は全部ロレティカのせいにして。そんな理不尽にいつまで付き合ってやれば良いのだろう。  両方を選べるほど侯爵は器用な人間じゃないと自覚してほしい。  ニコニコとしながら気持ちをぶつけると、侯爵が青褪めた。 「まさか貴様……、自分のことを知ったのか……?」  震える指を見つめながら、動揺した心を表に出さないように気をつけながら言われた言葉を反芻していた。 (自分のことを……?)  何を言われているのか、まるで何か侯爵よりもロレティカの方が畏れられる存在に思えてならない。 (何を隠しているのか、こっちが知りたい……。だけど何か返さないと)  せっかく出来た隙を無駄にしたくない。  焦る内心を抑えて口を開くと、喋る前に侯爵の背後にある角から突然現れた人物に何も言えなくなった。 「フォロバトン侯爵」  父を呼んだのは宰相だ。  威圧感のある雰囲気から読み取るに、会話を一部聞いていたらしい。どこまで聞いていたのかは分からないが、侯爵の横を通り過ぎてロレティカの背中に手を添えた。 「こ、これはこれは宰相閣下。おはようございます」 「それでこの子とどんな話をしていたのですか? よもや子離れが出来なくて子供の方を説得しているのか?」  これは完全に煽っている。それに遠回しにロレティカに話しかけるなと言ってきているのだ。  子供でも察せられる態度なのに、侯爵は解釈出来ずにいたようだった。 「子離れ……」  呟いた頬がヒクリと引きつっている。 「まさか、そんなことないですよ。ただ陛下に迷惑が掛かるのではと心配して」 「心配して……? 陛下はそれでも構わないと申していたでしょう。約束を違えるつもりですか?」 「まさか。そんなつもりはありませんよ」 「では子供を脅して屋敷に連れ戻そうとしているのですか?」 「ははは、まさかそんなことないですよ。どれも宰相閣下の勘違いです」 「だったらもういいだろう。朝餐会に参加するつもりなら行け。既に準備は出来てる」 「いえ、王妃様の体調が優れないと聞きました。そちらへ伺って、王子の謹慎に気落ちしたオルガの側にいようと思います」 「だったら早く戻るが良い」 「……分かりました」  ロレティカを睨んでから肩を落として去って行く侯爵を一瞥して、それから宰相を見上げた。 「えっと。助けてくれてありがとう!」 「いえ、別に。手助けは必要ないとも思ったが、時間がなかったからな。私が出た方が早く終わるだろう」 「僕、子供だもん。父上に色々と言われてたら言い返せなかったかも。だからありがとう!」  大人の事情とやらをロレティカは詳しく知らない。  あのままだったら侯爵に上手く乗せられていた可能性は十分あり得る状況だった。    「本当におかしな子供ですね」  思いがけない返しにロレティカは首を傾げた。    「可笑しい?」 「えぇ。相手に気を遣わせないようにと言い返せるとても頭が回る子供なのに、『泥を塗る』ことに対しては分からない振りをして」 「……えーと?」 「どうやらただの子供ではないようだ」  核心を突かれて、目を逸らす。  耳たぶに触れながらとぼけてみせた。   「僕、言ってることが難しくて分からないなぁ……」 「頭の悪い振りは結構。この王宮に頭の悪い人はいませんよ」 「…………えへへ」  どうやら宰相はロレティカの精神と身体がチグハグなことに気づいているらしい。  死に戻って来たことがバレたくなかっただけで、騙すつもりはなかったけれど、だからと言って打ち明けるのも抵抗がある。  例えば騎士団長が言っていたように、政治に利用されることになるのは絶対に避けたい。  「公子が何を隠しているか興味はありませんので話さなくて結構。しかしこれからどう動くのか楽しみにしています」  「(つまり、余計なことをするなと言いたいのかな……)分かった!」  宰相を敵に回すつもりはない。  味方に付けられるならそうしたかったが、宰相は誰よりもレイリス殿下を王太子に推している人物だ。  いつか協力関係を築ければそれでいい。 「では朝飯を食べに行きましょうか」 「うん!」  今は無害なことを印象付けるのが優先だろう。  宰相の横に連れ立って侍女の方へと戻ると、同い年の二人は一言二言で会話を終えて、ロレティカは侍女に手を引かれてダイニングへと向かった。  朝餐会には確かに王妃の姿はなかった。  バレック殿下は謹慎中だし、ロレティカ以外の侍従となった子供の姿もない。  王妃の欠席は明確だ。  一人息子が謹慎中なのに、こんな貴族だらけの宴に出たら笑い者になるからである。  お茶会のような社交界とは違っても、プライドの高い王妃がそれを許すわけがなく、屈辱を受ける場から逃げたのだ。  これで朝餐会はレイリス殿下を紹介する独壇場のお披露目会にもなった。  何事も最初が肝心と言うのなら、きっと今日は立太子に繋がる大切な日になったはずだ。 (バレック殿下の自滅だけど、少しくらいは王妃に一泡吹かせることになれたかなぁ)  乾杯の音頭を終えたロレティカはご機嫌で最初の料理を口に運んだ。  侯爵ともこれでさよならだし、あとは残して来た使用人たちをそれぞれの適材適所に送り出すだけだ。  それも陛下と話せば一瞬で終わるだろう。 (やっと暴力から解放されるぞ……!)  ぷはっと水を飲み終えると、隣のユーリアが聞いて来た。 「何か良いことでもあったのか?」  ロレティカは目を大きく開いて衝撃を受けた。   「なんで分かったの!?」 「そりゃぁニマニマしてたらな」 「僕、ニマニマしてた?」  思わず聞き返すとその隣のテオドアが「してるな」と頷いた。  広間の所で平常心に戻れたのにまた再発してしまったらしい。  フォークを下ろして頬を抑えつけながら下へ伸ばすとタヴィが笑って真似をした。  タヴィの横ではサルクがくすくすと小さく笑っていて、正面のレイリス殿下も控えめに笑っている。  上品な笑い方はとても似合っていて、昨日の昼餐会とは違って楽しそうに食事をしているようだった。  一方でロレティカの後ろでは宰相を中心に大人たちが大事な話をしていた。  そこにはロレティカのこともあるのだけれど、ロレティカに直接話しかける野暮な人はいないようだ。  お陰でロレティカも気楽に食事が出来て、いつもよりもたくさん食べられた。  ────たくさん食べれたのはとても良いことだと、ロレティカ自身もそう思う。  けれど反動も比例するので、膨れた重たいお腹にロレティカは少し動いただけでうぷっと吐き気を催していた。 「ロレティカ、大丈夫か?」  近くの出窓椅子に寝転ぶロレティカにサルクは付きっきりで心配してくれた。  レイリス殿下たちはいつかの王子宮になる宮殿に遊びに行っている。  昨日も見たとかでサルクは残ってくれた。 「今日帰るんでしょう? 支度は?」 「執事に全部任せてるから大丈夫。殿下の護衛はもともと先輩たちの仕事だし」 「そっか……。ありがとう」  こうしていると前世の最後を思い出す。 「ねぇ、サルク」 「なんだ?」 「膝枕して」  甘えたお願いをしてみると、案の定すんなりと許してくれる。 「分かった」  サルクが頭の方で座って、ロレティカは片膝に頭を乗せる。  重たいはずの頭を乗せてもサルクは何も言わない。  「ふふ、高い枕」 「しかも硬いでしょ」 「うん。でも、これ好き」 「そっか。良かった」 「あと抱きしめてもらうのも好きだよ」  大事に育てている愛情を吐露すると、サルクは頭を撫でてくれる。 「俺もロレティカを抱きしめるのが好きだよ」  ふとサルクが輪郭を確かめるように肩から指先まで撫でると、今度は脇から腰までを撫でる。 「細い身体も好き。太ってる身体もきっと好きだよ。淡い金色の髪も、オレンジ色の瞳も。薔薇のような艷やかな唇も全部」 「食べちゃいたいほど?」 「食べちゃいたいほど」 「ふへへ」  サルクの正直な愛情表現が好きだ。  重たくて、濃厚な愛情が安心する。  ロレティカはサルクを見上げて目を細める。穏やかな顔で。  それから手を伸ばしてサルクの頭を撫でた。  

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