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第48話
無理がないようにサルクは頭を下げて髪に触れさせてくれる。
「僕のこと忘れないでね」
「忘れないよ。そのために手紙を出しても良いかな」
「良いよ僕も手紙書く」
「ありがとう」
約束を交わすと大人たちがぞろぞろとダイニングから出てきた。
ロレティカはサルクの腰に頭を埋めて少しでも恥ずかしさを和らげる。
「ロレティカ、これ何げに恥ずかしいかも」
「──サルクにも羞恥心があったんだ」
「わぁぁ……。ロレティカから言われるとだいぶ傷つく」
「あははっ!」
ロレティカは一通り笑ってから、ゆっくりと起き上がった。
今度は頭をサルクの腕に寄りかける。
「これなら仲良し」
「ありがとう。もう人だかりは引いてるけどね」
「それで良いの」
「そう。つまりロレティカなりの愛情表現?」
「うん。多分そう」
「なら良いや」
そう割り切ったサルクの表情は何処か嬉しそうで、拗ねている様子はなかった。
すると陛下と話を終えた公爵がやってきて、一度サルクと別れることになる。
聞けば、公爵家が出発するのは三時間後らしい。
その間の時間にロレティカは自室へと案内してもらった。
侍女に付いて行き中央宮殿の三階へと来ると、一つの部屋の前で立ち止まる。
目の前の扉はあまり飾り気はなく、ただ上部の壁紙には二人の天使だろうか。羽根のある子供が向かい合って描かれていた。
まるで神殿にあるような扉にロレティカは緊張してしまう。
一度侍女を振り返って気になっていたことを先に聞いてみた。
「陛下の部屋はあそこ?」
「はい、そうですよ」
向いた方向には二つ隣の扉の左右に騎士が二人立っていて、綺麗な彫刻が目立っていた。モチーフは獅子と花だろう。
「本当に近い」
「はい。警備はこの部屋の前にも立っていますので夜中に何かあれば彼等でも対応が出来るかと。もちろん私も部屋に居ますからベルを鳴らして貰えればいつでも駆けつけますよ」
「ありがとう」
向き直るとやっぱりロレティカの部屋の扉はシンプルな形をしている気がする。
けれど木質や周りの壁絵からして年月は経っているから元からなのだろう。
なかなか入らないことに気にしているのを察したのか、侍女が心の中の疑問に答えてくれた。
「代々この部屋は王妃陛下がお使いになっているのですよ」
「王妃……、そんな部屋を僕が使って良いの?」
「今の王妃陛下は仲が悪いので……。あ、安心してくださいね。中の物は一新させましたから。ちゃんと子供が使えるインテリアになっています」
「じゃぁどうして、王妃陛下の扉は質素で壁に絵が描かれているの? 陛下と同じくらい豪勢にしてあってもおかしくないと思うけど……」
「神話になぞらえているんです。王妃陛下の部屋は女神様の部屋でもあるので、神殿のような造りになっているのですよ」
「(あ、だから天使の絵なんだ)じゃぁ今は僕が女神様の代わり?」
くすりと笑って冗談で言ったつもりが、侍女は笑うことはなく平然と返された。
「いえ、代わりなんかじゃありませんよ。フォロバトン公子は女神様ですから」
「えへへ、冗談が上手いなぁ」
疑問が解消されると、緊張感も解れて扉をゆっくりと開いた。
中に入ると先に見えたのは客間となるような暖炉近くのソファとテーブルで、部屋の奥には大きな天蓋付きベッドがあった。
全体的に広々としていて、大きな窓が二ヶ所ある。暖炉に近い方はバルコニーのドアのようだ。
「バルコニーに出てみますか?」
「いいの!?」
「もちろんです。ただし欄干の所には登らないでくださいね」
「大丈夫だよ! 僕、危ないことはしないよ」
「フォロバトン公子はとても賢くていらっしゃいますね」
扉を開くとちょうど風が吹いたのか強い風に襲われて、咄嗟に顔の前に腕を掲げて身を守る。
吹き抜ける風がロレティカの髪や服をはためかせてすぐに風は止んだ。
「わぁ、すごかった……」
「怪我はありませんでしたか?」
「うん」
適当に頷いて、それよりもとバルコニーへと足を踏み出した。
欄干の上には届かなくて、柵の隙間から覗き込む。
「高ぁい!」
叫ぶロレティカを侍女が抱き上げてくれて、もっと高い場所から広々とした視界で風景を眺めることが出来た。
広大な宮殿の敷地の周りを囲む薔薇の庭園。
その中央の噴水と、水色の屋根をした東屋。
そして向こう側に見える来賓館の全貌。
城下町が望める城壁の景色とはいかないが、これはこれで圧巻の景色である。
それにやっぱり、立入禁止の離宮にある女神像もここから見えた。
するともう一度風が吹いて、何処からか歌声が聴こえたような気がした。
あの反乱が起きた夜に聞いた歌声と似ている気がする。
ただ違うのは、その曲だ。
あの時は気持ちを穏やかにさせてくれる聖歌だったけれど、今聴こえた歌声はロレティカの心に応えてくれたような楽しい歌。
(やっぱり女神様の声なのかな。美声だし。方向もあの女神像からな気がする)
耳に心地良い歌声はすぐに覚えられる。
だから鼻歌で歌ってみると、くすぐったい気分になれた。
「あら、今の曲は初めて聞きますわ」
「そうなの? 今なんか聴こえてね。いい曲だね」
女神像を見つめながら話すと侍女は間をおいてから「そうですね」と共感してくれた。
「そうだ。お願いがあるんだ」
「なんでしょう」
「お絵かきセットを持ってきてほしいの」
「かしこまりました。確か部屋に置いてあるので準備しますね」
「ありがとう」
身体を下ろしてもらうと、ソファに座って大人しくしていた。
紙やクレヨンは引き出しに入っているようですぐに揃えてくれる。
「よし、あと二時間で完成させるぞ」
「サルク様へのプレゼントですか?」
「うん! 似顔絵書いてあげようと思って! 形に残るでしょ!」
「とてもいいプレゼントですね。では私はお茶の準備をするのでしばらく一人にさせてもよろしいですか? 何かあれば外にいる騎士に伝えて貰えれば追いかけますから」
「分かった!」
部屋に一人になると皆の顔を思い出しながらまず肌色で丸く円を描いていった。
次はサルクの髪だ。紺色で一本一本丁寧に引き、短髪を整えて行く。
そしてレイリス殿下や、タヴィ、ユーリア、テオドアの順番に描いてみた。
前にアル、ルカ、カナの三人にそれぞれ似顔絵を描いたことがある。
三人とも最初は驚いた顔をしていたけど、戸惑いながらも喜んでくれた。
「時間ないから一人一人描いてあげるのは難しいけど、公爵家にみんな留まっているから大丈夫だよね」
途中、戻って来た侍女が淹れてくれたお茶を飲みながら、ロレティカはお絵かきに集中していた。
時間になるとクレヨンで汚れた手を一度洗い、軽く丸めた絵を留める色付き紐を選ぶ。
出来たものを持って急ぎ足で向かうと、もう馬車が集まっていて子供たちも揃っていた。
走るロレティカに手を振って、迎えてくれる。
「間に合った!」
「何してたの?」
「コレ! サルクにプレゼント。みんなの似顔絵!」
「えぇぇ! 見たい! サルク、開けて!」
「ロレティカ、開けていいの?」
「いいよ」
サルクが広げると肩口に頭を出して皆で一枚の絵を覗いていた。
するとアルたちにプレゼントした時と同じような反応が返ってきた。
楽しそうな笑みが固まって戸惑いを滲ませている。
言葉を失うほどの出来の良さにロレティカは胸を張った。
「上手く描けてるでしょ!」
するとレイリス殿下は何も言わずにサルクの横腹を小突いていた。
サルクが咳払いをしてから、「うん、上手だね」と絵を丸める後ろで、三人は肩を激しく震わせている。
「帰ったら部屋に飾るよ。ありがとうロレティカ。いい思い出になったよ」
「良かった」
サルクがロレティカを抱き寄せておでこにキスをする中、後ろで笑っている三人はレイリス殿下に叩かれていた。
「上手だろ」
「うんうん! すごく上手だったよ!」
「殿下の気持ちは分かるけど、アレは……ぶフフッ!」
「タヴィ。良かったな、仲間がいて」
「な、テオ! こんにゃろう!」
「事実だろ! わ、おい、やめろ!」
戯れ始めたタヴィとテオドアにレイリス殿下はユーリアを説得していた。
「あいつ等のことは気にしないで、本当にロレティカは楽しませてくれるね」
良く分からないことを言われた。
確かに喜ばせようとは思ったけど、何が楽しいのか。
首を傾げると、荷台の近くで支度をする騎士に指示を出していた公爵が「そろそろ行くぞ」と呼んだ。
またすぐに会えると思うけど、いざこうして見送るとなるとなんだか寂しい。
心にぽっかりと穴が空いてしまったようで、言いようもない不安に駆られた。
「ぁ、の……、本当に手紙出してくれる?」
「うん。出すよ」
「僕も出すから。えっと、あと……。えっと……」
サルクの裾を握りしめて、何かもっと喋ることがあると思うのに言葉が出てこない。
どうしてだろう、引き留めたくてしょうがない。
さっきまでは別れというものを分かっていたのに、今は「行かないで」と駄々をこねたくなる。
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