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第49話

 この気持ちは散々味わって来た。 「さびしい……」  思った気持ちをそのまま言葉にしてしまえば、目の前が滲んだ。  さっきまでは平気だったのに、次に会えるまでの時間が今になって長く感じる。  下唇を噛んで泣くのを我慢していた。  いかないでと口にしたらきっと困らせる。  そんなことは分かってるけど、思えば思うほどサルクの裾を掴む手に力が込もる。  ぐっと離さないで俯くロレティカに、何も言わずにサルクは抱きしめてくれた。 「俺も寂しいよ。ずっとロレティカの側にいたい」  強い包容に耳元で「それでも」と紡ぐ低い声がして、そっと身体を離されると、おでこをコツンと合わせてきた。 「俺は今よりもっと逞しくなりたい。ロレティカを迎えるために相応しい騎士になりたい」  体温が直接感じる体勢にロレティカはひと粒だけ涙を溢すと視界が綺麗になる。  今までの服越しじゃない直に伝わる温もりは心を落ち着かせてくれる。 「泣きやんだ」 「うん……」  さっきまでの不安が解消されていた。  背中にあった腕が腰に回ってお互いの下身体がピッタリとくっつく。 「大丈夫。俺はロレティカを忘れたりしないよ。でも昨日みたいに痛くさせたくないから、ちゃんと力加減を覚えて、いつか父上と、宰相と、陛下に何も言われないくらい強くなってロレティカをもらいにくるよ。もちろん勉強も頑張るつもり」  そんな決意を伝えられて、昨夜の大人たちの叱りで散々言われたらしいことが伝わってきた。  タヴィは笑っていたけど、サルクの中では悔いと目標が生まれたらしい。   「じゃぁ、僕も逞しくなる」 「ありがとう。でも無茶はしないでね。そのままでもロレティカは十分可愛いから」  おでこが離れて頬にキスをしてくるサルクの言動は嬉しいけれど、“可愛い”の言葉がやけに心の琴線に引っ掛かってロレティカは何も言わずにやり返した。 (絶対に男らしくなってやろう……)  次会うときにかっこいいって言わせてやりたい。  それにいつか背中を預けてもらえるように、武術を磨いて褒めてもらいたい。  そう考えると時間が惜しく思えてきた。  サルクと話して生まれた燃える胸中を感じながら、最後に確認したいことがある。  両手でサルクの頬を挟んで見上げる。  困惑気味な表情から見られているだけだと気付くと優しい顔に変わる、その曇りない晴れやかな眼差しにロレティカは満足して離れた。 「またね、サルク」 「うん。また」  別れが済んだと思ったらタヴィが突進してきて抱きつかれた。  近寄って来たユーリアとテオドアと握手をしながら軽く片腕で抱きしめ合い、最後にレイリス殿下と向き合う。 「俺がいない間は怪我と病気には気をつけろよ。何かあったら父上に言えば国中から医師が集まるはずだから、すぐに頼るんだぞ」 「うん!」 「…………サルクの手紙に健康状態も書いておけ。サルク相手なら隠す必要なんかないだろ」 「大丈夫だよ! 僕、怪我と病気は隠さないよ!」 「なら良い。じゃぁ、またな」 「殿下も怪我と病気に気を付けてね」 「分かってる」  頭に手を乗せられてワシャワシャと掻き回された。「わぁ」と唸りながら目を細める。  これはいったい何だろう。  髪がボサボサになった頃にやっとやめてくれて、レイリス殿下はロレティカを見てフッと笑った。 (んん……!?)  ボサついた前髪に手を当てると、背後から「レイリスよ、あまりいじめるでない」と良く知った声が殿下を咎めた。 「父上。いじめてません、これもスキンシップです」  仏頂面で答えるレイリス殿下だったが、コホンと咳払いして、後ろにいる陛下に「行ってきます」と一礼した。   「あぁ、行ってきなさい。いつでも帰って来て良いからな」 「はい。でも、公爵家の方が楽しいので、しばらく帰らないと思います」 「そうかそうか。少し寂しくなるが、レイリスが楽しいと思える場所を見つけられたようで嬉しいよ」 「……気が向いた時に手紙くらいは書きます」 「あぁ、楽しみにしているよ。──そうだ。こっちの物で欲しいものがあったら言いなさい。直ぐに届けよう」 「ありがとうございます」  ロレティカを挟んで会話をする親子は、何もせずとも仲の修復を進めているようだ。  覚えている記憶ではここまで長く会話をしている姿は見たことも、噂を聞いたこともない。 (良かった。俺が独り占めしているとまた周りが煩いから)  ロレティカはほっと胸を撫で下ろすと、レイリス殿下が両手で頬を挟んできてクルクル回す。  柔らかい頬は左右バラバラに肉が動き、我に返ってレイリス殿下の青い瞳を見つめる。 「へんは、にゃに」 「言っておくが、俺は何も感じてないからな。陛下と仲良くしろよ」 「わはっしゃ」  ほっぺたを噛みそうで怖い。  ぱっと離すと背を向けて、後ろにいたサルクたちを促す。   「行くぞ」  小さな四人の騎士は陛下に揃って一礼してから去っていく。  その後ろ姿をロレティカは脳裏に焼き付けるように見つめていた。  前世では学院に通いだしてからいろんな事件に巻き込まれて命を落としていく者たちだ。  今世もどうなるかは分からない。 「変えたいな……」  出会った命を守り抜きたい。  これはサルクのためじゃない。ロレティカ自身のためにそうしたいと思う。 「大丈夫だ。大きくなればお互いに会いにいける」    まるで心を読んだみたいに励ましてくれた陛下に、ロレティカは後ろを振り向きたくなった。  でも今は見送ることに集中して、ただ「はい」と頷く。  レイリス殿下から馬車に乗り込む前に、振り返って手を振ってくれる。  ロレティカは腕を伸ばして大きく振り返した。  公爵も陛下へ一礼をしてから馬車に乗り込む。  そして先頭の馬が進むと三台の馬車も動きだして、城門を通り抜けていった。 (あっと言う間だったな……)  たった一日。  顔を合わせたのはたったの数時間だけだ。  なのにどれも忘れない時間を過ごせて、馬車が見えなくなる寂しさには思い出からくる楽しさもある。  ただ寂しいだけじゃない。  前世では考えられなかった一日を過ごせたことに、確実に違う運命を歩めているのだと確信を得ていた。    サルクと皆と別れたあとにロレティカは陛下の執務室へと来ていた。  仕事ではなく、片付いていないことを相談するために。  宰相のイカロフがお茶を用意してくれると、一口飲んでから話が始まる。 「引っ越しをするために、屋敷から持ってきたいものはどのくらいある?」 「侯爵領の屋敷にはなくて、王都の屋敷に持ってきた必要なものがたくさんあります」 「持って来たのか、準備が良いな」 「絶対に誰にも盗られたくないから」 「そうか。その必要なものに、大切な人たちは含まれているのかい?」 「うん。メイド三人と、執事が二人。あと騎士が一人いる。ものはね、大きな宝箱に入ってるの」 「ふむ。少なくとも馬車が三台は必要か……」  顎に手を添えた陛下は宰相を見て指示を出す。 「イカロフ、適当な騎士団を動かしてロレティカの護衛とその者らの迎えを頼む。荷物もな」 「かしこまりました。──第二騎士団を動かします」  イカロフが口を閉ざしたのは数秒だった。  第二騎士団は一番多くの小隊を持っている。雑用を押し付けるには妥当なところだろう。   「それで良い。明日にでも行けるか?」 「大丈夫です。王都の屋敷なら日帰りですから物資は必要ないですし。騎士はいつ何どきも知らせが入ったらすぐに出立できるよう心がけているものですから」 「あまり無茶を押し付けてやるなよ。騎士の体調が崩れたら困るからな」 「無茶など一度も押し付けてませんが?」 「……無自覚が一番厄介だな。後は頼むぞ」 「はい。お任せ下さい」  返事をすると手に持っていた一冊の本にすらすらと書き込む。   「今日は疲れただろう。これからの話はまた明日にして、部屋に戻って休みなさい。ルーシーから身の回りの世話をする使用人の紹介と、洋服を買わせておいてある。明日も忙しくなるからしっかり休息を取るのだぞ」 「はい! これからよろしくお願いします」 「堅くならなくて良い。ここでの暮らしを過ごしやすいように配慮してやることしか私には出来ないからな」    陛下の言葉はとても謙虚な言い回しだと思う。  まるで相手を幸せにすることは出来ないような台詞に感じて、その理由はすぐに思い至った。  

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