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第50話
陛下は本当の恋で娶ったレイリス殿下の母君である、最愛の女性を守れずに毒殺で亡くしている。
きっと陛下の中で事件は終わっていないのだろう。
過去に聞いた話をロレティカなりに整理しても不自然な点が多い。
犯人は新しく配属されたメイドで、彼女は捕まった後に牢の中で自殺をしている。
けれどメイドの死に方も、手段に用いた毒薬を手に入れる手段にも権力者の影がある。一番疑わしいのは王妃だった。
側妃が男児を産んだことで、揺らぐ立場を考えれば毒殺を企むのに何よりも大きな動機だ。
けれど亡くなったメイドとの接点は同郷なこと以外で関わりがない。
だから関与していることに気づきながらも、証拠が不十分なことで断罪には追い込めなかった。
それが陛下が抱える事件の真相。
ロレティカは立ち上がると陛下の横に膝立ちで近寄って、昨夜のように真っ直ぐ腕を伸ばして抱きついた。
「僕は陛下と一緒なら嬉しい」
今はただそう言ってあげることしか出来ないけれど、ロレティカの中では陛下の死によって気づけたことがある。
(解決するための手がかりは王妃の実家にある)
必ず誰の目にも見える形として証拠は存在しているはずだ。
今は遠出するには難しい身体だけど、時間をかけても状況は陛下に味方してくれると思う。
「……ありがとう、ロレティカ。私も優しいお前とこれから共に過ごせるのが嬉しいよ」
頭を撫でられてソファから下りると、一礼してから部屋を後にした。
一人で帰ることになるのかと思ったら、廊下には寡黙な騎士が待っていて部屋まで送ってくれた。
部屋に戻れば侍従のルーシーが洋服の並びに指示を出していて、ロレティカの帰りに気付くと新しい使用人たちを集めて紹介してくれた。
ロレティカとの食事を陛下はどんなに忙しくても一緒に居てくれる。
バレック殿下は王妃と一緒に食事をしているらしい。
日常生活においても冷めた夫婦仲なようで、王妃が自己防衛に周りを支配しようとするのも理解出来た。
陛下から愛されないと危うい立場なことを王妃は身を持って知ったのに、立場を守りたいがためにしたことが結果、悪循環になっている。
王妃はそのことに気付いても、陛下を既に怒らせたのだから悪女を演じるしかないだろう……。
前世のロレティカもそうだった。
この世界はきっと、一度でも私情で誰かを殺したら悪役になる。永遠とその役に縛りつけられるのだ。
周りからも、自分からも──。
馬車に乗って王都の屋敷に向かっていたロレティカの目の前にはルーシーが綺麗な姿勢で乗っていた。
どうやら外を眺めて黙っていたロレティカに合わせて静かに座っていたようだ。
「そろそろかしら」
閉じかけていた瞼がゆっくりと開くと告げたルーシーと一緒に、ロレティカはもう一度外の街並みを眺めた。
途中の街灯にある看板がちらりと見えて本当に屋敷のある区域に入ったのが分かる。
「すごい!」
「ふふっ。懐中時計を見ていただけですわ」
時計を見ていたとはいえ、他の馬車とのすれ違いや道を横切る人だっているのだ。
こんなにピッタリな時間通りに進むなんて考えられない。この道だけなのだろうか。
今度、ロレティカもやってみようと思いながら止まった馬車の動きに扉が開くのを待った。
馬車を降りれば案の定とも言うのか、家族からの出迎えはない。
それでもアル、ルカ、カナの三人や、そこまで話してなかったメロとリュダの姿に、馴染みの騎士の姿もあった。
「お……、おかえりなさいませ、ロレティカさまぁぁ~!」
「ご無事でなによりです」
「ご飯とかいじめとか、困ったことはなかったですか?」
真っ先に抱きついてきたのは活発なルカだった。
わんわんと泣きながら確かめるようにロレティカの身体を包みこんでいる。
まるでロレティカよりも子供みたいなルカに、「おいて行ってごめんね」と背中をぽんぽんしながら慰めて落ち着かせた。
それからアルとカナとお互いの手を包むように握手をする。
執事の二人は泣くほどのことではないのだろう。
リュダは欠伸をしていて相変わらずのマイペース振りを発揮しているし、メロは早く今後の話をしたくてうずうずしているようだ。
専属の騎士は王宮で付き添ってくれていた人と同じ感覚の雰囲気で安心する。
家族のことを思うと厄介な“家”だったけど、こうして使用人に会うと帰ってきたと思えるのが新鮮だ。
出迎えてくれる優しい皆を一緒に連れて帰りたい。居たいと思える新しい“家”に。
挨拶を済ませると、荷物を運んでくれる騎士を数名連れて、ルーシーと共に中に入ることにした。
玄関先まで来て下枠を越える時、目の前に広がるエントランスホールの内装を見て、自身でも驚くほど足がピタリと止まった。
前世の悪い思い出が詰まった屋敷だ。
(──大丈夫。ここには帰るために戻ってきたわけじゃない)
深呼吸をしてから下枠を跨ぐと、自室だという部屋に案内してもらった。
部屋のソファに座ると、早速指示を出す。
「悪いけどアルとルカで、人数分のお茶を入れてくれる?」
「かしこまりました。ご用意致します」
「任せてください!」
「ありがとう。カナは紙とペンを持って来て。メロとリュダは宝箱を横まで持って来てほしいな」
「かしこまりました! ロレティカ様は休んでいて下さね!」
「ありがとう、カナ」
メイド三人の行動力は早い。メロとリュダはマイペースで「かしこまりました」と頷いた後に、二人で記憶を頼りに宝箱を探しに向かってくれた。
手紙で頼んでいた洋服は麻袋に入れてまとめてくれていたらしい。自室に入る時にベッドに置いてあったのが見えた。
騎士が中身を念入りに調べてから先に馬車へと運んでくれる。
「えっと、じゃぁ先にロダンだったっけ」
「はい」
「席に着いて、今後の話をしよう」
「はい」
ずっと見守っていてくれた騎士を呼ぶと、ロレティカの向かいに座った。
「僕、ロダンのことも王宮に連れて行きたいけど、ロダンはどうしたい?」
「その質問に答える前に一つお話があります」
真剣な顔をするロダンに、何か目的があるのだろうと悟った。なら、付き合わせるわけにはいかない。
「なにかな?」
「近衛兵団に昔の友人がいるはずなんです。なので、見習い兵の試験を受けられるように掛け合ってもらえたらと思います。図々しい願いなのは分かっていますが、お願いします」
頭を下げる時に覚悟を決めるようにぎゅっと握りしめたロダンの拳を見て、「頭を上げて」と声を響かせた。
ロレティカの視線に真っ直ぐ見つめ返す瞳から覚悟が固いのが伺える。
「僕は父上からどんな命令を出していたのか良く分からないけど、ロダンはずっと側にいて、雑用もこなしてくれたよね。だから決して図々しい願いなんかじゃないよ。試験のことは上に掛け合ってみる」
ロレティカが微笑むとロダンは目を潤ませて頭を下げた。
「ありがとうございます」
お礼を言うロダンの喜ぶ姿に、内心では深いため息をつく。
ロダンの願いは決して図々しくはない。けれど騎士ではなく、兵士志望なことに頭が痛む。
大きな戦争は終わっているとは言えど、生き残った国に恨みのある廃国の民や、駆り出された兵士と騎士が集まっていては度々騒動を起こして、討伐のための遠征が組まれている。
そうなった時に真っ先に前線に送り出されるのが兵士だ。
そんな危険な職にロレティカとしては就かせたくはない。
「──けど、近衛兵団の方で合ってる? 近衛騎士じゃなくて?」
「はい。近衛兵団の方かと思います。去年のパレードで歩いている姿を見つけたので」
パレードと聞いてロレティカは目をしばたかせる。
「パレードで。名前は?」
「アルバトフです」
「あら、聞いたことがある名前だわ」
「一度、街の新聞に名前が載ったことのある奴ですから」
それもそうだろう。
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