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第30話 ドール

 鷹尾さんが苦しんでいる。その髪をかき上げる仕草が好きだった。クシャッと笑う顔が好きだ。その口髭が好きだ。俺にだけキスしてくれる。  苦しい顔は見たくない。どうしてこんな行き止まりみたいなドラマなんだ。  俺は鷹尾さんを苦しめる全てのものを憎んだ。 ドラマは悲しい結末を迎える。救いのない話。 「鷹尾さん、俺、映画の中の強い主人公が好きです。ナンバー2の優しくて強い役。  スーパーヒーローでも2番目の役がいい。 こんな難解な芸術家の役は嫌だ。」 「泣くなよ。おかしいぞ。 正樹はいつも俺の良き理解者だろ。」  抱きついて泣いてしまった。 ファンが期待する強くて優しい男らしい役の鷹尾さんが好きだ。みんなそうだと思う。 「ヤクザの役はカッコ良かった。」 でも美少年と絡むのは嫌だ、と言いたかった。 俺のわがままだ。  映画の中で、スッと立ってる姿がいい。照れたように笑う顔もいい。女優さんとの濡れ場も許せる。でも、こう言うのは嫌だ。はっきり言えたらいいのに。 ーー友達の譲が来た。 「よお、忙しいか? たまには酒でも飲もう。」  珍しく居酒屋で飲んでいる。 「広告業界もみんなウェブ化でつまらなくなったよ。デザイナーもコツコツイラスト描いたりしなくなった。ペンタブだ。」 「油彩なんか古めかしい作業になったんだな。」  二人で愚痴っぽくなった。 「莉央は、まだ沼田教授の所に行く事があるのかい?」  譲は、沼田教授の所にいたドールという子が親元に帰ったと噂を聞いた。  まだ15才の家出少年だったドールと呼ばれた子は、5年もの間教授の元にいたが、親に連れ戻された。 「嫌だ!僕は先生が好きなんだ。 愛してるんだ。」  ドールは沼田教授の首に抱きついて泣き叫んだ。 「先生、僕を捨てるの?嫌だよ。」  ドールがこれほど教授に執着するとは、誰も思わなかった。なんと莉央には一言も話は無かった。莉央は教授とドールの関係が理解できなかった。ドールに愛されているのは自分だ、と思っていたのに。  犯罪になる所だった。親は沼田教授の社会的地位を慮り、また、多額の金を受け取って不問に付した。  5年間、大切に面倒見られてドールは教授に懐いていた。というより、莉央をもてあそんでいた。恐るべき子供。教授は興味深く見守っていたが、莉央は精神も絡め取られていた。  もう男の匂いをさせて、美少年とは言えないドールを教授は興醒めな気持ちで持て余していた。  ドールはもう美しくない。髭も濃くなって来た。耽美主義の教授の欲しい存在では無くなった。親と本人との合意の上、ドールこと今井清隆は家に帰った。今は15才の頃の透き通るような美しさはない。まだ魔法にかかっているのは莉央だけだった。

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