44 / 113
第44話
外の天気は少し曇り空だった。
それなのに妙に暑い。
それからしばらく。
自分が何をしていたのかも曖昧だった。
仕事は忙しかった。
ご飯を食べたかも覚えていない。
寝たのかも分からない。
ただ目の前の仕事をこなしていた。
廊下を歩く。
足が重い。
少しだけ視界が揺れた気がした。
顔を上げる。
向こうから誰かが歩いてくる。
榊原だった。
(あ)
久しぶりに会えた。
そう思った瞬間だった。
視界が暗くなる。
「湊?」
聞き慣れた声。
最後に見えたのは、
焦ったような榊原の顔だった。
なんでそんな顔をしているんだろう。
そう思う前に、
意識は途切れた。
次に目を開けた時。
見覚えのある天井があった。
(……あ)
知っている部屋だった。
「気がついた?」
声の方を見る。
榊原が椅子に座っていた。
返事をしようとする。
「……は、い」
思った以上に声が掠れていた。
「びっくりしたわ」
榊原は大きく息を吐く。
「最近流行ってる風邪だって」
「倒れたのは飯食ってなかったせいだってさ」
湊は少し考える。
確かに。
最後にまともに食べたのがいつだったか思い出せない。
「病院で点滴してもらってさ」
「そのまま帰そうと思ったんだけど」
榊原は肩を竦めた。
「最近流行ってるやつだから」
「接触者も数日自宅待機だって」
「だから俺も仕事休み」
そう言って苦笑する。
「んで先生にさ」
「一人暮らしなら、できれば誰かいる環境の方がいいと思いますって言われて」
「まぁ確かになって」
少し間。
「どうせ俺も家から出られないし」
「湊一人にしとくのも心配だったから」
「連れてきちゃった」
まるでスーパーに寄ってきたみたいな口調だった。
「文句ある?」
湊はゆっくり首を横に振る。
ない。
正直。
少し安心した。
榊原の声を聞いていると、
胸の奥のざわつきが少し静かになる気がした。
何故なのかは分からない。
でも。
少しだけ安心する。
そんな気がした。
「おーい」
榊原が手を振る。
「聞いてる?」
「……聞いてます」
「絶対聞いてないだろ」
そう言って笑う。
その笑い声を聞いていると、
また少し眠くなってきた。
「まだ寝てろ」
「熱もあるし」
「今日は何も考えなくていいから」
湊は小さく頷いた。
何も考えなくていい。
その言葉が思ったより心地よかった。
瞼を閉じる。
ともだちにシェアしよう!

