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第54話
家のチャイムが鳴った。
慌てて立ち上がる。
ドアを開ける。
そこには榊原が立っていた。
「よ」
たったそれだけ。
それだけなのに。
また涙が溢れそうになる。
「おい」
榊原が少し驚く。
「どうした?」
返事ができない。
「なんかあった?」
優しい声だった。
「話聞くから」
その言葉に小さく頷く。
部屋へ招き入れる。
榊原はテーブルの前へ座った。
部屋を見回してから、
もう一度湊を見る。
「元気ないって聞いてたけど」
少し眉を下げる。
「ほんとに元気ないな」
「どうしたよ」
湊は俯く。
言葉を探す。
何から話せばいいんだろう。
「……借りてたお金」
やっと声が出た。
「返そうと思って」
涙で声が震える。
榊原は急かさない。
「うん」
それだけ返す。
だから湊も少しずつ話し始める。
母から電話が来たこと。
弁護士から連絡があったこと。
示談が成立したこと。
お金が戻ってきたこと。
返そうと思っていたこと。
地方へ行ったと聞いたこと。
会えなかったこと。
写真を見たこと。
泣いてしまったこと。
休まされたこと。
思いつくまま話す。
順番が前後しても、
言葉が途切れても、
榊原は最後まで聞いていた。
「うん」
「それで?」
「うんうん」
相槌を打ちながら。
否定もせず。
笑いもせず。
ただ聞いていた。
全部話し終えた頃には、
湊は少し疲れていた。
静かになる部屋。
榊原はしばらく考える。
そして。
「なるほどな」
そう呟いた。
「じゃあ湊」
「ひとつだけ聞いていい?」
湊は涙を拭きながら頷く。
榊原は少しだけ困ったように笑った。
「俺に会いたかった?」
その一言で。
湊の思考が止まった。
今まで考えたこともなかった言葉だった。
会いたかった。
それって。
なんだろう。
分からない。
でも。
「……」
否定だけは、
できなかった。
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