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第68話

湯船から上がる。 タオルで身体の水分を拭き取る。 用意されていた服に着替える。 少し大きい。 でも着慣れた感覚があった。 洗面台の前に立つ。 髪はまだ濡れている。 ドライヤーを手に取った。 「……」 少し考える。 スイッチが分からない。 見たことのない形だった。 横にも何か付いている。 上にも付いている。 どれだろう。 適当に押すのも違う気がした。 湊はドライヤーを持ったままリビングへ戻る。 榊原はソファでスマホを見ていた。 「どうした?」 「電源の付け方分からなくて」 ドライヤーを見せる。 数秒の沈黙。 そして。 「ふっ」 榊原が笑った。 「貸してみ」 素直に渡す。 榊原はソファへ深く腰掛けた。 「そこ座れ」 言われるまま床へ座る。 榊原の膝の前。 「これが電源」 カチッ。 ドライヤーが動く。 「で、これが温風」 スイッチを動かす。 温かい風が出てくる。 「なるほど」 「なるほどじゃないの」 榊原は苦笑した。 そして。 「ほら」 「前向いて」 髪を軽く持ち上げられる。 温風が当たる。 心地いい。 指が髪をすくう感覚。 一定のリズムで流れる温風。 目を閉じそうになる。 「寝るなよ」 榊原の声。 「……」 返事をしようとした。 でも。 眠い。 知らない土地での生活。 慣れない仕事。 引っ越し。 色んなことがあった。 気づいていなかっただけで、 思ったより疲れていたのかもしれない。 「湊」 少し笑った声が聞こえる。 「お前ドライヤーかけられると毎回眠そうになるな」 「……そうですか」 「そう」 榊原はそう言いながら、 優しく髪を乾かし続けた。 温風が気持ちいい。 目を閉じる。 もう少しだけ。 このままでいたい。 そんなことを思いながら、 湊は静かに榊原へ体重を預けた。

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