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第73話

バイトが休みの日。 俺は自宅ではなく榊原の家にいた。 「バイト休みってことは俺の家にいれるってことだよね?」 そんな理論で半ば強制的に連れて来られた。 洗濯を終わらせる。 掃除も終わる。 のんびりしているとスマホが鳴った。 榊原からだった。 『着替え入れたバッグ忘れた』 『届けて』 短いメッセージ。 俺はバッグを持って家を出た。 久しぶりの会社だった。 受付で名前を伝える。 「榊原さんに荷物届けに来ました」 受付の人はすぐに頷いた。 「あ、お久しぶりですね」 「榊原さんから聞いてます」 「三階の休憩室でお待ちください」 首から来客用の札を下げる。 エレベーターに乗る。 三階。 休憩室のドアを開ける。 「あらぁ!?」 聞き覚えのある声。 「湊ちゃんだぁ!」 「お久しぶりですね」 「久しぶりよぉ!」 以前よく世話になっていたスタッフだった。 「もう新人入ってきてバタバタよぉ」 愚痴を聞く。 相変わらずだった。 少しだけ懐かしい。 そんな時だった。 女性が一人近づいてくる。 見たことのない顔だった。 新人だろうか。 女性の視線がバッグへ向く。 そして。 俺の手からバッグを奪い取るように持った。 「紛失とかないですよね」 スタッフの空気が変わる。 「あるわけないでしょ」 少し強めの声。 だが女性は引かなかった。 「ていうか」 女性は俺を見る。 「あなた、ここの関係者じゃないですよね」 「……」 「今すぐ出て行ってもらっていいですか」 「ちょっと!!」 スタッフが立ち上がる。 「その子は――」 「関係者じゃないですよね?」 言葉を遮られる。 「来客証付けてるだけですよね?」 真っ直ぐな視線だった。 たぶん。 悪気はない。 本気で仕事をしているだけだ。 だから余計に面倒だった。 「榊原さんの荷物ですよね」 「勝手に持ち込むのは問題です」 「届けてって頼まれただけですよ」 スタッフが説明する。 「それを証明できますか?」 女性は譲らない。 休憩室が静かになる。 俺はバッグを見る。 別にいいか。 届けたかっただけだし。 「すみません」 スタッフへ頭を下げる。 「また今度来ます」 「え?」 「湊ちゃん?」 呼び止められる。 でも俺は首を横に振った。 「大丈夫です」 バッグは女性が持っている。 なら目的は果たした。 それだけだ。 そのまま休憩室を出る。 背後でスタッフが何か言っていた。 女性も何か言っていた。 でも聞かなかった。 エレベーターへ乗る。 一階へ降りる。 外へ出る。 空を見上げる。 少し曇っていた。 榊原には後でメッセージを送ろう。 そう思いながら、 俺は会社を後にした。

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