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第76話
車が走り出してもしばらく二人とも何も話さなかった。
窓の外の景色だけが流れていく。
静かな車内で、先に口を開いたのは榊原だった。
「ごめんね」
思わず隣を見る。
榊原は前を向いたままハンドルを握っていた。
「湊がこっち来ることないと思ってたからさ」
少し間を置く。
「伝えなかった俺が悪かった」
新人マネージャーのことだとすぐに分かった。
「いえ、大丈夫です」
首を横に振る。
「新人の件はスタッフさんから聞いてましたし」
榊原は少しだけ驚いたようだった。
「聞いてたんだ」
「はい」
「そっか」
それだけ言うと小さく息を吐く。
しばらく沈黙が続く。
「でも」
湊は続けた。
「いつものマネさんだと思ってたので」
言葉を探す。
「少しびっくりしましたけど」
榊原が思わず吹き出した。
「そこ?」
「そこです」
「怒ってないの?」
「怒ってないです」
本当に怒ってはいなかった。
少し悲しかっただけだ。
「そっか」
榊原は苦笑する。
赤信号で車が止まった。
「来週からはいつものマネに戻るから」
「安心して」
「はい」
短く返事をすると、榊原が少しだけ笑う。
「その返事久しぶりに聞いたな」
「そうですか?」
「そう」
信号が青になる。
車が再び走り出した。
「なんかさ」
榊原がぽつりと言う。
「最近やっと前みたいになってきた気がする」
「前?」
「湊が普通に隣にいる感じ」
返事に困る。
何か言おうとしても言葉が見つからない。
そんな湊を見て、榊原はそれ以上何も言わなかった。
ただ少し機嫌が良さそうだった。
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