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第77話
そんなある日だった。
榊原の家には湊一人しかいなかった。
理由は単純だ。
榊原が地方での仕事で家を空けているから。
自分の家へ帰っても良かった。
だけど。
「お留守番しといてね」
そう何度も念を押された。
「ちゃんと飯食べること」
「戸締まりすること」
「知らない人開けないこと」
「分かりました」
「ほんとに?」
「はい」
「信用できないなぁ」
そんなやり取りを何度もした。
そして出発当日。
「これ出前代でしょ」
封筒を一つ。
「これ外食代」
もう一つ。
「これ移動費」
さらにもう一つ。
「これ雑費」
机の上にどんどん並べられていく。
「……」
「これ予備」
まだある。
「榊原さん」
「ん?」
「こんなにいらないです」
「いるよ」
即答だった。
「自分もありますし」
「ダメ」
これも即答。
「使わなくてもいいから持っといて」
「……」
「何かあったら困るでしょ」
そう言って無理やり封筒を押し付けてきた。
結局断りきれなかった。
そうして榊原は地方へ向かった。
家の中は静かだった。
洗濯は終わっている。
掃除もした。
冷蔵庫には作り置きまで入っている。
やることがない。
ソファに座る。
テレビをつける。
特に見たいものもない。
消す。
静かだ。
榊原がいる時は気にならなかったのに。
こんなに広かっただろうか。
ふとスマホを見る。
メッセージは来ていない。
まだ移動中だろう。
それなのに。
「……」
何か足りない気がした。
理由は分からない。
ただ。
少しだけ静かすぎる。
湊はそう思いながら、
榊原がいつも座っている場所へ視線を向けた。
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