89 / 113
第89話
それから俺はこっそり準備を始めた。
榊原の誕生日のために。
まずはキッチンだ。
「キッチン使いたいんですけど」
そう言うと榊原は露骨に怪しそうな顔をした。
「湊が?」
「はい」
「料理?」
「はい」
「火使う?」
「使います」
「本当に?」
信用されていなかった。
だから。
簡単なものだけ作って見せた。
ちゃんとレシピ通りに。
焦がさず。
失敗せず。
完成した料理を見て榊原は少し驚いていた。
「できるじゃん」
「できます」
「怪しんでごめん」
「大丈夫です」
そうして無事に許可をもらった。
そして当日。
朝。
いつも通り榊原を見送る。
「行ってくる」
「いってらっしゃい」
玄関のドアが閉まる。
その瞬間から忙しかった。
まずは部屋の飾り付け。
派手にはしない。
でも誕生日だと分かるくらいには。
次に料理の下準備。
野菜を切る。
材料を並べる。
順番を確認する。
そして予約していたケーキを受け取りに行く。
帰宅後。
すぐに料理へ取り掛かった。
母から教わったレシピ。
メモもある。
コツも聞いた。
だから大丈夫。
包丁を動かす。
火を使う。
味を整える。
真剣だった。
失敗したくない。
今日は絶対に。
しばらくすると部屋の中にいい匂いが広がり始めた。
「……」
味見をする。
少し緊張する。
口に運ぶ。
数秒。
「おいしい」
思わず呟いた。
ちゃんとできていた。
母の味とは少し違うかもしれない。
でも。
自分なりには上出来だった。
ケーキを冷蔵庫へ入れる。
テーブルを整える。
プレゼントも見つからない場所から出しておく。
準備は全部終わった。
時計を見る。
そろそろだろうか。
榊原から遅くなるという連絡は来ていない。
だから大丈夫だと思う。
でも。
なんとなく落ち着かない。
ソファへ座る。
立ち上がる。
時計を見る。
また座る。
そして気づけば。
ぬいぐるみを抱えて玄関へ来ていた。
壁にもたれる。
帰ってきたら。
まず何て言おう。
誕生日おめでとう。
それとも。
おかえりなさいの後か。
プレゼントは先か。
ケーキは後か。
考えれば考えるほど分からなくなる。
ぬいぐるみを抱きしめる。
玄関は少しひんやりしていた。
まだかな。
もうすぐかな。
そんなことを考えながら待っているうちに、
いつの間にか瞼が重くなっていった。
ともだちにシェアしよう!

