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第91話
「これ、俺が覚えてる母の味なんですよ」
ビーフシチューを見ながら湊が言う。
「久しぶりに食べたくて電話しました」
榊原はスプーンを止める。
「そうだったんだ」
「はい」
少しだけ懐かしそうに湊は続けた。
「母、元気そうでした」
「そっか」
榊原は優しく笑う。
それ以上は聞かなかった。
でも。
その電話をかけるまでに色々あったことは知っている。
だから。
元気そうだったという一言だけで十分だった。
しばらくして食事も終わる。
湊は立ち上がった。
「あ、ケーキ食べませんか?」
榊原は思わず笑う。
「もう食べるの?」
「食べます」
即答だった。
「いいよ」
そう言って笑ってくれた。
湊は冷蔵庫からケーキを取り出す。
予約していたケーキ。
ろうそくも準備してある。
一本ずつ立てる。
火をつける。
部屋の明かりを少し落とす。
揺れる小さな炎。
「どうぞ」
榊原は少し照れくさそうだった。
「この歳でろうそく消すとは思わなかったな」
「消してください」
「はいはい」
そう言いながら息を吹きかける。
炎が消える。
小さな拍手をすると榊原が吹き出した。
「一人で拍手してる」
「誕生日なので」
「そっか」
そしてケーキを切ろうとして。
湊の手が止まった。
「……」
「どうした?」
「難しいです」
綺麗に切れない。
力加減も分からない。
ケーキが崩れそうだった。
榊原は堪えきれず笑う。
「貸して」
「お願いします」
素直に交代する。
慣れた手つきで切り分けていく。
「すごい」
「大人だからね」
「そうなんですね」
「そうなんですよ」
切り分けられたケーキを皿へ乗せる。
二人で席へ戻る。
ひとくち食べる。
甘すぎない。
ちょうどいい甘さだった。
「美味しい」
「うん」
榊原も頷く。
しばらくケーキを食べていると。
「そういえば」
榊原がテーブルの端を見る。
プレゼントだった。
「これなーに」
「開けていいですよ」
「えー」
「なんだろう」
子供みたいに包装を剥がしていく。
箱を開ける。
そして。
榊原が固まった。
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