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第93話
移動中の車内。
次の現場へ向かっていた。
榊原は今日何度目か分からないくらい腕時計へ視線を落とす。
シンプルなデザイン。
見やすい文字盤。
仕事中でも邪魔にならない。
気に入っていた。
かなり。
「ずっとその時計見てますね」
隣からマネージャーの声が飛んでくる。
「そう?」
「そうです」
即答だった。
「さっきから何回見てると思ってるんですか」
榊原は時計を見る。
少しだけ笑う。
「湊が誕プレでくれたんだ」
「あぁ」
マネージャーが納得したように頷く。
「プライベート用って」
「でも気に入ったから仕事にも付けてきちゃった」
そう言いながらまた時計を見る。
「余程嬉しいんですね」
「かなり嬉しいよ」
即答だった。
「ケーキも料理も全部用意してくれてさ」
自然と笑みが零れる。
「最高だった」
マネージャーは少し驚いた顔をした。
「そんなにですか」
「そんなに」
榊原は窓の外を見る。
思い出す。
玄関で寝ていた湊。
飾り付け。
ビーフシチュー。
装飾が綺麗なケーキ。
プレゼント。
全部。
湊が考えて準備してくれたものだった。
「会社で誕生日祝われた時は」
マネージャーが思い出したように言う。
「そこまで嬉しそうじゃなかったですけどね」
榊原は少し考えた。
「それは」
小さく笑う。
「ごめん」
「謝らないでくださいよ」
マネージャーは呆れたように言った。
「毎年盛大に祝ってるんですから」
「ちゃんと嬉しいよ?」
「嘘ですね」
「なんで」
「今年の顔と全然違います」
即答だった。
榊原は反論しようとして。
できなかった。
確かに違った。
祝われること自体は嬉しい。
でも。
今年は違った。
誰かが自分のために悩んで。
考えて。
準備してくれた。
その時間ごと嬉しかった。
「まぁ」
榊原は時計を撫でる。
「特別だったからね」
その言葉に、
マネージャーは何も言わなかった。
ただ。
少しだけ優しい顔で笑っていた。
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