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第94話
バイトが予想より早く終わった日だった。
「お疲れ様でした」
挨拶をしてコンビニを出る。
外は少しだけ涼しくなっていた。
今日は榊原も仕事だと言っていた気がする。
だから家には誰もいないだろう。
そう思いながら帰宅する。
鍵を開ける。
「ただいま」
返事はない。
当たり前だ。
榊原はいない。
靴を脱ぐ。
買ってきた飲み物を冷蔵庫へ入れる。
洗濯機が止まっていたので中身を取り出す。
ベランダに干してあったものも取り込む。
少し前までなら絶対にしなかった。
勝手に家事なんて。
勝手に冷蔵庫なんて。
勝手に家にいることすら落ち着かなかった。
でも今は違う。
いつの間にか自然にやっていた。
やることが終わる。
少し疲れた。
「……」
スマホを見る。
榊原からの連絡はまだない。
ぬいぐるみを抱き寄せる。
眠い。
今日は立ちっぱなしだった。
少しだけ。
少しだけ横になろう。
そう思った。
ぽすっ。
ソファへ体を預ける。
「……」
あれ。
なんか柔らかい。
クッション?
いつもより柔らかい気がする。
でも。
眠い。
どうでもよくなる。
ぬいぐるみを抱きしめる。
そのまま目を閉じる。
数秒後。
すぅ。
寝息が聞こえた。
一方。
榊原はソファで寝ていた。
午前中の仕事が押して、
午後の予定が飛んだ。
久しぶりの空き時間。
少しだけ仮眠を取ろうと思った。
それが失敗だった。
突然。
どすっ。
「ぐっ」
思わず変な声が出る。
人が落ちてきた。
いや。
落ちてきたというより。
寝に来た。
胸元を見る。
「……」
湊だった。
完全に寝る気である。
「おい」
反応なし。
「湊」
反応なし。
顔を覗き込む。
もう目を閉じている。
早い。
早すぎる。
そして。
無意識なのか。
ぬいぐるみを抱きしめたまま少し擦り寄ってきた。
「……」
榊原は天井を見た。
困る。
非常に困る。
でも。
可愛い。
かなり可愛い。
思い返せば。
最初の頃。
ソファに座るのも遠慮していた。
「ここ座って」
と言わなければ立ったままだった。
勝手に冷蔵庫を開けることもなかった。
勝手に横になることなんてもちろんない。
それが今では。
帰宅して。
家事をして。
ソファに寝転がって。
そのまま寝る。
しかも。
自分の上で。
「慣れたなぁ」
思わず笑ってしまう。
湊は起きない。
気持ち良さそうに寝ている。
榊原はそっと頭を撫でた。
「お疲れ様」
もちろん返事はない。
それでも。
少しだけ口元が緩んだ気がした。
結局榊原は、
湊を起こすこともできず、
そのまましばらく動けなくなってしまった。
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