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第98話

少し離れて寝たはずだった。 ちゃんと端の方。 ぶつからないように。 邪魔にならないように。 そう思って寝たはずなのに。 目が覚める。 なんとなく動きにくい。 「……?」 ぼんやりした頭で状況を確認する。 腕。 榊原の腕だった。 いつの間にか腰に巻き付いている。 「……」 寝ぼけているのかと思った。 でも。 何度見ても腕だった。 しかも結構しっかり捕まっている。 なんで。 そう思いながら時計を見る。 まだ朝方。 そして。 トイレに行きたい。 困った。 少しだけ腕を外そうとする。 すると。 ぎゅっ。 強くなった。 「……」 起きてる? いや。 寝ている。 でも離してくれない。 「榊原さん」 小さな声で呼ぶ。 反応なし。 「榊原さん」 もう一度。 「んー……」 眠そうな声が返ってきた。 「起きました?」 「まだ」 起きていないらしい。 「トイレ行きたいです」 すると。 「まだ起きちゃダメ」 即答だった。 「トイレです」 「……」 数秒の沈黙。 そして。 「それはダメか」 ようやく腕が離れる。 湊はそっとベッドから降りた。 そして部屋を出る。 用を済ませる。 扉を開ける。 すると。 「終わった?」 「っ」 思わず声が出そうになる。 榊原がいた。 壁にもたれて立っている。 「なんでいるんですか」 「ん?」 「なんでですか」 「待ってた」 当然みたいに言われた。 「……」 意味が分からない。 「はい、寝るよ」 肩を軽く押される。 そのまま寝室へ戻される。 ベッドへ座らされる。 そして。 榊原も隣へ戻る。 「おやすみ」 「いや、起きてますよね」 「寝る」 「起きてますよね」 「寝る」 会話が成立しない。 数秒後。 再び腕が巻き付いてくる。 ぎゅっ。 「……」 「逃げない」 榊原がぼそっと呟く。 完全に寝ぼけている声だった。 「逃げないです」 「うん」 「逃げません」 「知ってる」 返事は返ってきた。 でも。 たぶん半分寝ている。 しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきた。 湊は天井を見る。 俺が知ってる榊原って。 こんな感じだったっけ。 売れっ子俳優で。 忙しくて。 余裕があって。 いつも振り回される側だった気がする。 なのに今は。 自分が少しでも離れると追いかけてくる。 なんだか不思議だった。 でも。 嫌ではなかった。 湊は小さく息を吐く。 そしてもう一度目を閉じた。 今度はちゃんと朝まで眠れそうな気がした。

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