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第107話
榊原の車で家へ戻る。
帰り道はほとんど会話がなかった。
でも。
さっきまでの苦しい沈黙とは違う。
隣に誰かがいる。
それだけで少し落ち着いた。
家に着く。
玄関のドアを開ける。
そして。
「……あれ」
思わず声が出た。
少し散らかっていた。
出る前は綺麗だったはずだ。
洗濯も終わっていた。
床にも物はなかった。
なのに。
ソファには脱ぎっぱなしの服。
テーブルには書類。
飲みかけのペットボトル。
昨日まで綺麗だった部屋が少しだけ荒れている。
「湊が居なくなるとすぐこれ」
榊原が言った。
「わかる?」
「はい」
部屋を見回す。
「だいぶ」
榊原は笑った。
少しだけ安心したような顔だった。
「だから居なくなっちゃダメだよ」
「……」
返事に困る。
すると。
ぽん。
頭を軽く叩かれた。
「言いたいことは言うんだよ」
「はい」
「一人で抱え込まない」
「はい」
今度は素直に返事をした。
すると。
「それから」
榊原が何かを取り出した。
小さな箱だった。
「怪我した方の手出して」
「?」
言われるまま手を出す。
榊原が箱を開ける。
そして。
そっと指へ何かを通した。
キラリ。
光が反射する。
「……」
指輪だった。
細くて。
綺麗で。
派手じゃない。
でも。
とても綺麗だった。
「これは」
「んー?」
榊原は少し笑う。
「誕生日プレゼント」
「……あれ」
少し考える。
「今日でしたっけ」
榊原が固まった。
「は?」
「え?」
「自分の誕生日も覚えてないの?」
呆れた声だった。
湊は視線を逸らす。
「もういいかなって思ってたので」
誕生日。
昔はあった。
ケーキも。
お祝いも。
でも。
いつからだろう。
気にしなくなったのは。
祝われなくても当たり前になったのは。
そう思っていると。
ぎゅっ。
今度は手を握られる。
怪我していない方の手だった。
「もういいじゃない」
榊原が言う。
「これからは」
少し照れたように笑う。
「俺が祝ってあげる」
その言葉を聞いた瞬間。
涙が出そうになった。
今日は。
ずっと泣いてばかりだ。
でも。
不思議だった。
さっきまでの涙とは違う。
少しだけ。
温かい涙だった。
「……ありがとうございます」
小さくそう言うと。
榊原は湊の指にはまった指輪を見て満足そうに笑った。
「うん」
「似合ってる」
その言葉に。
湊は初めて少しだけ笑った。
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