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第110話(榊原side)
「すき……」
俺は思わず立ち止まった。
「榊原さんが好きで……」
電話の向こうから聞こえる声。
聞き間違いじゃない。
確かにそう言った。
「いないと落ち着かなくて」
「会いたくて」
頭が真っ白になる。
今。
湊はなんて言った?
好き?
俺を?
本当に?
『榊原さん?』
呼ばれて我に返る。
「……ごめん」
声が少し掠れた。
「え?」
「ごめん、ちょっと今」
周りを見る。
スタッフ。
カメラ。
次の撮影準備。
仕事中だった。
「仕事中だから」
湊が黙る。
少し不安そうな沈黙。
榊原は慌てて続けた。
「違う」
「嫌とかじゃなくて」
「全然そうじゃなくて」
むしろ逆だった。
嬉しすぎて。
今すぐ帰りたい。
抱きしめたい。
顔を見たい。
でも。
仕事がある。
「返事」
息を吐く。
「帰ってからでもいい?」
電話の向こうが静かになる。
「……はい」
小さな返事。
その声を聞いて少し安心する。
「あと三日だから」
「はい」
「ちゃんと帰るから」
「はい」
「待ってて」
「待ってます」
そこでようやく榊原は少し笑った。
「ありがとう」
電話が切れる。
画面が暗くなる。
数秒。
動けない。
「榊原さん?」
スタッフに呼ばれる。
「大丈夫ですか?」
「……」
大丈夫じゃない。
全然大丈夫じゃない。
好きって言われた。
湊に。
好きって。
今すぐ帰りたい。
でも帰れない。
榊原は顔を覆った。
「マジか……」
小さく漏れた声は、
誰にも聞こえなかった。
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