111 / 113

第111話

そして三日後。 榊原が帰ってきた。 玄関の音がする。 おかえりなさい。 ただいま。 そんなやり取りをしたはずなのに。 何を話したか覚えていない。 落ち着かない。 ソファに座る。 落ち着かない。 飲み物を飲む。 落ち着かない。 理由は分かっていた。 まだ。 返事を聞いていない。 好きと言った。 でも。 返事は保留のままだ。 沈黙が流れる。 すると。 「湊」 榊原が口を開いた。 「はい」 「返事の前にさ」 少しだけ笑う。 「俺の話も聞いてくれる?」 「はい」 榊原は少し考えるように視線を落とした。 そして。 「俺さ」 ゆっくり話し始める。 「湊と一緒にいれればそれで良かったんだよ」 「……」 「最初はね」 苦笑する。 「湊に恋人出来たら送り出してやろうって思ってた」 「幸せならそれでいいやって」 湊は黙って聞く。 「でもさ」 榊原は視線を上げた。 「途中から無理だった」 「……」 「離したくなくなった」 静かな声だった。 「今日何してるかな」 「ご飯食べたかな」 「寝れてるかな」 「そんなことばっか考えてた」 少し笑う。 「気付いたらずっと見てた」 「……」 「なのにさ」 その笑顔が消える。 「あの日」 湊には分かった。 仕事を辞めて。 引っ越して。 何も言わずに消えた日だ。 「スって目の前から消えた」 榊原の声が少し震える。 「怖かったよ」 「……」 「本当に」 「どこにいるかも分からない」 「連絡もつかない」 「生きてるかも分からない」 息を吐く。 「それから必死に探した」 「どんな情報でもいい」 「どんな状況でもいい」 「湊に会えたらそれでいい」 「そう思ってた」 そこまで言って。 榊原は少し笑った。 自嘲するように。 「でもダメだった」 「え?」 「会えたら我慢できなかった」 湊の心臓が跳ねる。 「一緒にいたくなった」 「帰ってきてほしくなった」 「毎日顔見たくなった」 「誰にも渡したくなくなった」 部屋が静かになる。 榊原はまっすぐ湊を見る。 逃がさないみたいに。 優しく。 でも真剣に。 「だからさ」 小さく笑う。 「湊から好きって言われた時」 息を吐く。 「すぐ帰りたかったよ」 「……」 「抱きしめたかった」 「会いたかった」 「でも仕事だから帰れなくて」 少しだけ困ったように笑う。 「人生で三日があんなに長く感じたの初めてだった」 湊の目が少し潤む。 榊原はソファから立ち上がった。 ゆっくり近付く。 逃げ道なんて最初からない。 「だから」 目の前で足を止める。 「返事していい?」 湊は小さく頷いた。 榊原は少しだけ目を細める。 安心したように。 嬉しそうに。 「俺も好きだよ」 その言葉は。 湊が想像していたよりも。 ずっと優しかった。

ともだちにシェアしよう!