4 / 24

第4話 下僕のお仕事1日目

「下僕の仕事だけど、まずは朝食後の宴会場への荷物運びにお化粧の準備。それと衣装の準備を頼もうかな。昼の公演が終わったら早めの夕食をとって、また夜の公演に備えること。公演中は小道具なんかを出してもらうためにステージの裏にいてもらうから」  わかった? と飄々とした顔で峰山は耳に髪をかけている。保は一度にたくさんのことを言われて理解することができないでいた。 「えっと、まあ常に峰山さんの側にいろってことですよね?」  一応確認のためにそう聞いてみると、峰山は静かに頷いた。 「それと、ファンの子達から俺を警護するっていう重要な役割もあるからよろしくね」  ちょっと過激なファンもいるからね、と毛先を遊びながら峰山は言う。保はぼんやりと国民的アイドルのライブ会場を妄想した。出待ちに押しかけるファンの大群からアイドルを守るSPたち。そんなイメージでいいのだろうかと疑問に思いながらも、保はゆっくりと頷く。 「じゃあ、まずは今日一日頼むよ。保」  ざぱぁっとお湯を跳ねさせて峰山が立ち上がる。裸を見られたから気にしていないのか、前も隠さずに浴室から出て行く。峰山の下半身を見ていた保はぎょっとしながら自身のものと見比べる。 「顔に似合わずあっちは凶暴そうだな……」  昨夜トラブルで握ったときには一瞬の出来事だったので気づかなかったが、そうとういいものを持っている。男として情けないような、羨むような気持ちで保も風呂から上がった。  脱衣所では真剣な面持ちで峰山が髪にドライヤーをかけている。黒髪がさらさらと靡いていて、天女のようだと保は思う。朝食の準備の時間が迫っていたので髪も乾かす暇もなく脱衣所を出て行こうとすると、ふっと峰山と視線が交わる。 「またな」  と口パクで伝えてきた。保は少しお辞儀をして脱衣所のドアを閉める。女のように美しいが、口が非常に悪い男。人は見た目で判断できないと保の教訓になった。 「保。借りてくよ」 「どうぞどうぞ。保、失礼のないようにな」  旅館のオーナーに口酸っぱく言われて保ははいはいと笑って頷く。普段やっている保の旅館の業務は他のアルバイトがやってくれるそうだ。新人くんたちに任せて大丈夫かと保は心配になったが、オーナーがみっちりしごくと言っていたのでその不安もだいぶ和らいだ。峰山の後ろを歩きながら、彼の部屋に向かう。 「すっごい大荷物っすね」 「旅一座だとこんなもんだよ」  部屋を埋め尽くすほどの荷物。見たことのないほど大きなキャリーバッグがいくつも部屋の隅に置いてある。これを全部移動させるのかと思うと先が思いやられる。  峰山が器用に三つのキャリーバッグを転がして、その後ろに二つのキャリーバッグを転がしながら大きな旅行用の丸鞄を背中に背負って保が歩く。ぎしぎしと床が軋みそうなほど重たい。  足元がおぼつかないまま公演の舞台となる宴会場のバックステージにたどり着いた。そこは六畳ほどの楽屋も兼ねていて大きな姿見が壁一面に張り巡らされている。まだ他の演者は来ていないのか峰山と保が一番乗りだった。 「そこにキャリーは置いて。丸鞄をこっちに」  てきぱきと指示を出す峰山に従い丸鞄を手渡すと、座椅子に座って部屋の照明を上げた。途端にぱっとオレンジ色の光が楽屋を照らす。  峰山は髪を後ろで簡単に結えると、キャラクターもののピンを前髪につけて眉毛を整え始める。ちなみに、永久脱毛をしているから髭や体毛は処理することはないと言っていた。たしかに、あっちのほうもつるつるだったなと思い出していると、とんと頭を小突かれる。 「鞄に入ってる化粧ポーチ出してくれる? 黒いメッシュのやつ」 「あ、はい」  鞄を開いてちょうど真上にあったポーチを取り出す。想像の何倍も重たくて手首がごきりと鳴った。それを聞いていた峰山が「力ないね、君」と馬鹿にしたように笑ってくるので保はむっと頬を膨らませた。  あれよあれよというまに峰山の顔が白く染まっていく。昔ながらの日本の化粧品である白粉をはたいて首元まで真っ白だ。元から色白だとは思っていたが、白粉をはたいたことで雪のように真っ白になったのを見て雪女みたいだと思う。 「はいこれ片付けておいて」  白粉を塗り終えると着ていた肌着の上に白い着物を被せた。二枚目の下着のようなものらしい。最後に表の衣装に着替えるのだという。まなじりに筆でアイラインを引いて、唇には真紅の紅をさす。その仕草は女性が化粧するときのものにしか見えなくてどきりと胸が鳴る。保は旅館の制服である丁稚浴衣に身を包みその様子をずっと眺めていた。すると、からりと楽屋の襖が開く。 「あ、おはようございます。花房(はなぶさ)座長」 「おはようさん。おや、その子が新しい小姓かい?」  目の前に現れた長身のがたいのいい男にびびっていると、じっとこちらを見据えてきた。二重のはっきりとした瞳で見つめられると、ぴたりと体が固まってしまう。 「保。挨拶なさい。うちの座長の花房さんだ」  峰山にぺしりと肩を叩かれはっとして頭を下げる。 「はじめまして。萬巳保です。今日から三ヶ月間お手伝いとして峰山さんの側につくことになりました。よろしくお願いいたします」  堅苦しい言葉を選んだつもりだったが、失礼はなかっただろうか? 役者という人種と絡んだことがなかったため、何が正解なのかわからない。

ともだちにシェアしよう!