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第6話 峰山の素顔を知る
御宿の港町である保の地元の商店街は平日の昼間だというのに人でごった返している。キャリーケースを引きずる外国人観光客の姿が目立つ。魚屋や八百屋の前を抜けていくと、通称食べ歩き道中と呼ばれる小道に出る。
ぴんと背筋を張って歩く峰山をちらちらと振り返りながら、開業二百年を誇る地元の和菓子店。|慧村《えむら》堂に到着する。大きな門構えの玄関で身なりを整えるとそっとその重たい引き戸を開けた。
「ようこそいらっしゃいまし」
店長さんの人のいい声が聞こえてくる。すぐそこでテイクアウト用のお座敷があるので、そこに峰山を通す。軽やかな足取りで腰を下ろした。
「草餅二つとお抹茶二つ」
保はこの店には何度も足を運んでいる常連客だった。幼い頃から親代わりのオーナーとともに菓子折りをよく買いに来たものだ。それを懐かしく思ってショーウィンドウを眺めていると、店長がこそりと耳打ちしてくる。
「あの別嬪さん。あんたのこれかい?」
「そんなわけないっすよ」
またまたぁ、と肩を小突かれるが本当にそんなことはなくて。ぐるりと店内を見渡している峰山に声をかける。
「すぐに持ってきてくれるってさ」
「ああ。それにしても古い建物だな」
壁に掛かる代々の店長の白黒写真を眺めながら峰山が呟く。後ろできつく縛った黒髪が首を振るたびにさらさらと靡く。
「はい。おまちどうさん天女殿」
「おっちゃん! 鼻の下伸ばしてなんてこと言うんだよ」
仮にも役者さんだぞ、と店長を睨む。まぁまぁ、と峰山が間を取り持った。
「どうも翁殿」
品のいい返しをして峰山は湯呑みに手を伸ばす。ゆっくりと傾け中の液体を喉に流し込んでいた。その所作があまりにも自然で、気品があってぼうっと眺めていると、伏せられていた目が上を向く。じっとこちらを見つめていた。保は慌ててふうふうと湯気の立つ湯呑みに息を吐きかけながら啜り出す。
「うん。ここの草餅は別格だなぁ」
頬いっぱいに草餅を詰め込んで峰山が言う。店長はありがとうございますと深く頭を下げる。何度も食べてきた親しみのある草餅が、ひどく美味く感じる。いつもは自室で一人頬張っていたからだろうか。誰かと食べる餅がこんなに美味いなんてと保は思う。
「ご馳走様」
「じゃあな、おっちゃん」
おう、と店長が返事をして二人は店を後にした。
梅雨特有のじめじめとした暑さに額から吹き出す汗を拭う。袖で拭っていると、ぽんと手拭いを渡された。
「ハンカチの一つや二つ持っておくのがマナーだろ」
もう一枚あると言って、唐模様の手拭いで保の首筋の汗を拭き取った。突然近くなった距離にあわあわとしていると、峰山はふんと息を吐き出した。
「おまえってやつはほんとに鈍臭いやつだな」
「悪いかよ」
しみじみと歌うように言葉に出されると少し悔しい。俺だって文句の一つも言わずあんたに付き合ってやってるんだ。少し反撃したくなった。
「俺はもとから馬鹿なんだよ。変わらないし、変われないの」
「馬鹿にも二種類あるって知ってるかい? 許せる馬鹿と許せない馬鹿だ。おまえはどっちかな」
真っ黒い、それなのにどこか透き通っている瞳でそう問われ口をつぐむ。そんなこと考えたこともない。幼い頃から失敗ばかりでオーナーからは馬鹿な奴めと何度も言われてきた。学校の成績も下から数えたほうが早い。サボっているわけでもないのに、うまくいかないことばかりだった。
「まぁ俺を女と見間違えるくらいだからな」
くっくっと喉を震わせて峰山が笑う。心底おもしろいというように。
梅雨晴れの空がゆっくりと頭上を流れていく。ふわふわと浮かんだ雲が遠くの街で雨を降らせているのだろう。雷の音が遠い山の方から聞こえてきた。
「傘を持ってくるのを忘れていたな。旅館まで走るぞ」
「あっ、ちょっと!」
襦袢の袖を翻して峰山が走っていく。軽やかに重力なんて持ってないみたいに、次第に濡れ始めた地面を蹴る。その後に続いてどたどたと忙しない足音で保が走っていく。峰山といると故郷の寂れた景色がぱっと色づいていく。それが不思議でたまらなかった。
「ふう、セーフかな」
ざあざあぶりになった外の景色を見ながら玄関で靴を揃えていると花房が声をかけてきた。
「やぁ。保くん。ちょっと峰山を借りるよ」
そう言って花房の部屋に峰山が向かっていく。保はオーナーから頼まれていた花瓶の花を新しいものに替えて、フロントに飾る。
今日は一日公演が休みとあって寂れた旅館は水を打ったように静かだ。暇を持て余すのも嫌なので、フロントで働く後輩アルバイトに小銭の補充の仕方を教える。物覚えがいいのか一度で理解してくれた。俺は数回教わってもわけがわからなかったのに。こんなときは要領のいいやつが羨ましくなる。
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