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第7話 「今日から俺の男になれ」恋人ごっこの始まりなんて聞いてない!
「保。行くよ」
花房との話が終わったのか、峰山はわざわざフロントに顔を出してきた。保はすぐに峰山の後ろにくっついて歩く。まるで金魚の糞みたいだなと思っていると、前を歩く背中に鼻をぶつけてしまった。じんわりと包み込むような痛みに耐えていると、くるりと峰山が後ろを振り向く。普段のような自信満々な瞳ではない。少し戸惑うような瞳に驚いていると、部屋の中に連れ込まれた。
「おまえ俺のことどう思う?」
「は?」
思いもよらなかった問いにどう答えるべきか熟考していると肩に頭を押し付けてきた。なんなんだ一体。
「さっき花房から新しい役をもらったんだが、俺の守備範囲じゃなくてな。少し弱音を吐きたくなった」
「そうか……」
完璧に見えるおまえでもそんなことがあるんだな。ていうか、俺って信頼されてるんじゃ……。そう思うと少し嬉しい。
「俺のことやっぱり女っぽいと思ってるだろう?」
自嘲的に峰山が笑った。その顔が影を落としていて、保はぶんぶんと首を振る。
「っそんなことない。男らしさはあんまり感じないかもしれないけど」
ああなんて語彙力が足りないんだろう、俺。馬鹿馬鹿と自分の心の中で呟いていると、何かを思いついたのか峰山が勢いよく立ち上がる。
「おまえ男は好きか?」
「え?」
オマエオトコハスキカ? 全てカタカナで聞こえてきた。もう一度反芻する。いや、俺はいたってノーマルのはずだが、うん。俺の聞き間違いかなにかだろう。
きらきらと明るくなった峰山の表情を訝しみながらも、聞こえなかったふりをしてかぶりを振る。
「おまえ今日から俺の男になれ」
はぁ? 何言ってんだこいつ。満面の笑みで迫られて逃げ場がない。
「俺の相手役になるんだ。そうすれば男に一ミリも興味がない俺だって役に入り込めるかもしれない。な、頼むよ。他に頼めるような暇なやつはいないんだ」
そうですが。俺は暇なやつに見えるんですか。じとーっとした目で峰山を見つめていると、ばつが悪そうに頭をかきだす。
「いや、最後のはちょっと語弊があったな。おまえ俺のこと嫌いじゃないだろ」
「好きとか嫌いとか考えたことないっす」
それが正直な気持ちだった。保にとっては少し異常なお客さんというだけで、そこになんらかの恋愛感情は持ち合わせていない。
「なんでもいいさ。俺がおまえに頼みたいんだ。バイト代だって弾んでやるぞ」
ほれ、と一万円札を三枚出してくる。こいつ金で釣るつもりか。しかし、日々金欠で困っている保にはその三枚の札束が宝物のように見えてきてしまうのだから仕方ない。
渋々と峰山の手から札を抜き取ると自分のズボンのポケットに突っ込んだ。
「よし。交渉成立だな。おまえは今日から俺の役作りのための礎になってもらう。ビシバシ鍛えてやるから、夜更かしせずに寝ろよ」
そんな言葉を笑顔で吐き捨てると、峰山の部屋から追い出されてしまう。舞台の練習するからと言われドアの前に押し出されてしまった。客の部屋に勝手に入ることもできないため、大風呂へ向かう。この時間帯なら人はほとんどいないか無人のはずだ。外でかいた汗を早く流したかった。
ちゃぽーんと長閑な音を立てて湯船が揺れる。予想した通り人の姿はない。やっぱり大風呂は一人で楽しむに限るな。そんなことを考えながらぶくぶくと鼻歌を歌っているとガラリと浴室の引き戸が開いた。
「なんだおまえもか。ちょうどいい」
稽古するって言ってたじゃん、と心の中で毒づくとそんな保の心を知ってか知らずか峰山がシャワーを浴び始める。その真っ白な背中を見ているとやっぱり女のそれのように見えてきて脚の間が熱くなり始める。保は今そういう気持ちが起こりやすい年頃なのだ。少しぐらい配慮してもらいたいものだと思いながら、今すぐに上がってしまおうか峰山が上がったあとに出ようかと考えを巡らす。
「そんな遠くにいるってことは俺のこと嫌いなんだ」
つんけんし始めた峰山を横目で見て保は大きなため息をつく。湯気が天井へのぼっていくのが見えた。タオルで股間を隠しながら峰山を見る。薄い胸板に桃色の乳頭が保の自我を揺るがす。
ほんとうに女みたいな体だなと薄ぼんやりしていると、ざぱざぱと峰山が近づいてきた。でもこいつ背は高いんだよな。膝立ちで保の前にやってくると、じっと顔を見つめられる。その視線に耐えられなくなって目線を外した。
「男の子ってさ、変な生き物だよな」
ふとそんなことを話し始める。意図がわからないため黙って聞いていた。
「男同士で扱き合いとかしても、それはノリで済まされるし。なぁ、保」
ぬっと薄い胸板が眼前に迫ってきて保は後ろへ後退する。しかし、すぐに壁際まで追い込まれてしまった。
「俺、実はそういうのしたことないんだ。俺の役のために教えてくれよ」
おまえのほうがそういうの詳しいだろ、と興味津々な瞳で見つめられ言葉に詰まる。たしかに高校の頃はよくふざけた友人と扱き合いをしたことがあるが、それは過去の話。それに峰山は友人ではなく客人だ。状況があまりにも違いすぎる。
「その、役ってのはどんなやつなんだよ」
まだ話の元である役の話を聞いていない。すると峰山はふっと頬を緩ませる。
「江戸時代の男色の話。男色ってわかるか」
ふるふると首を小さく振ると、ちゃぷんと音を立てて峰山が保のタオルを剥ぎ取る。
「男同士の恋愛ってやつさ」
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