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第14話 離れていてもそばにいるから
しかし、電話番号を教えてもらったとしても何を話せばいいというのだろう。峰山は稽古で多忙なはずだからやたらめったにかけるわけにはいかない。保も大学の授業を終えた夜にはほぼ毎日仕事が入っているので、のんびり話をする時間もない。
峰山がどうして電話番号を教えてくれたのか少し気になる。わざわざ使い慣れていない携帯を契約していたと書いてあったし、自分が特別扱いされているようで胸が躍る。純粋に嬉しかった。大学の友人と連絡先を交換した時よりも何倍も嬉しい。一年越しにしか会えないとわかっているからそう思うのだろうか。
連絡できないまま一ヶ月が過ぎた。向こうはこちらの電話番号を知らないため、峰山から連絡してくることはない。新しい土地でもまた元気にやっているだろうか。たくさんのファンに応援されて、白い肌を白粉で塗って。役に入り込んで毎日が忙しなく過ぎているだろうか。
保はと言えば、相変わらずの地味な大学生活と変わり映えのしない旅館の仕事につまらなさを覚えていた。峰山と出会う前だったらそこそこ楽しい学生生活を送っていると自負していたが、あんなに強烈な人間と出会ってしまってからは自分の日常が無色透明のようなぼんやりとしたものに思えてくるから不思議だ。
「保ー。お座敷の座布団揃えてくれ」
「はい」
オーナーの注文通りに仕事をこなす日々は、退屈だが同時にやりがいも感じていた。保の働いている旅館は五十年続く老舗旅館で、主な客は観光に来た外国人や老夫婦ばかりだった。ちょうど宿の閑散期とかぶっているということもあり、旅館の中は静けさに満ちている。日帰りで温泉に浸かっていく客はいるものの、その数も繁盛期に比べれば少ない。地元の客が家の風呂の代わりにやって来るというような状態だった。
「保! レポートの締め切り明日だってさ。終わった?」
地元唯一の私立大学のカフェの一角で、保はちゅうちゅうとストローで吸っていたアイスコーヒーから口を離す。
「昨日徹夜で終わらせた。おまえまだ終わってねえの?」
対面に座る同じ学科の羽染大輝 がげっとした顔をしながら学食のカフェで売っているスコーンを頬張る。
「難しくてさー、わけわかんなくて一文字も打ててない。だからさ参考にしたいから保のレポート見せてよ」
にかっと大きな口を開けて笑う大輝を横目で見て、ふぅとため息をつく。大学に入学した頃からのこの友人は焦りや危機感などを全く持たないおちゃらけくんで、たびたび保のほうが振り回されていた。
韓国アイドルに憧れているらしい大輝は前髪をセンター分けにしてスプレーできっちり固定している。常に前髪を梳くコームを持ち歩いていて、まるで女子かと突っ込みたくなる。服にあまり興味のない保と違って、どこぞのブランドの服だとか韓国の通販サイトで買った服だとかをよく着ている。ここら辺でそういった派手な格好をしている人間は少ないため、たとえ遠目で見ても大輝だとわかる。
「まあいいけど。丸パクリすんなよ。俺が元ネタってバレたら面倒だから」
「やっりぃ。さすが保。ありがとな」
そう言って頭をぽんぽんと撫でてくる。前に大輝が「おまえってなんか柴犬みたい」と言ってから、たびたび犬のような扱いを受ける。それが意外と嫌じゃないから、自分でもそれを受け入れているのだと思う。
「そういやさぁ、クリスマスまでに彼女できなかったら飯奢るって約束ちゃんと覚えてるよな?」
な? と威圧的に目を覗き込まれ、保は微かに頷いた。言われるまですっかり忘れていた。
季節はまだ秋だが、あとほんの少しでクリスマスはやってきてしまう。大輝は得意げに胸を叩いた。
「合コンセッティングしてやったぞ。しかも、こんなど田舎じゃなくて政令指定都市で」
「は? 何言ってんだよお前」
「だから、そこで女子をゲットすんだよ。ここの大学じゃ残念ながら出会いはなかったからなぁ」
ぶすっとむくれながら大輝が呟く。しかし実際のところ、この大学の中じゃ一、二を争うイケメンと評される大輝は取っ替え引っ替え女を漁っていた。長続きしなかったのは大輝が女友達を多く持っていたせいらしい。
保も健全な恋を何度かしたが、長くは続かなかった。お互いなんとなく距離が開いてきて向こうから別れを告げられるというのがパターンだった。
「ヤリサーみたいなのは勘弁な」
「違うって。俺の友達の紹介だから安心しろ」
迎えた合コン当日。地元の寂れた駅とは全く違う様相の駅前で大輝とともに女子たちを待つこと五分。ぞろぞろと目の前にやってきた三人の女子がねぇねえと声をかけてきた。
「大輝。一人男子少なくない?」
活発にはきはきとした物言いでリーダー格の女子が言う。後ろに控えた二人の女子はちらちらとこちらを盗み見てきた。保が軽く笑ってやると小さく内緒話をするように声を潜めている。
「もう一人は今遅れてるから。先に店に行こうぜ」
めかしこんできた大輝の張り切り具合と比べると保はいつもと変わらない格好をしている。黒いスラックスに白いパーカーに、上にはチェック柄のコートを着ている。
ザ・そこらへんの大学生という格好で大輝の後ろについていく。正直、彼女が欲しいとは思わない。どうせまた付き合ってもなんとなく離れていくのだと思うと、相手のことを知ったりその上で告白したりするのが面倒くさく思えてくるのだ。こんなとき、峰山が保を見ていたらなんというのだろうか。「可愛くないな」そう言ってまた頭を小突かれるのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えていた保は後ろから肩を叩かれてはっとする。
「保。ぼーっとしてんなよ。店着いたぞ」
「わり。ちょっと寝不足で」
ふぁっと大きな欠伸をすると、それを見ていた女子が話し込み始める。ポイント下がったかなと思いながら、店員に勧められた席につく。遅れてきたもう一人の男も店に到着した頃に、簡単に自己紹介をして合コンが始まった。
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