16 / 24
第16話 待ちぼうけのワンコール
日曜日の仕事が終わった夜の八時に保は意を決して峰山の電話番号をタップする。ほどなくして、プルルルルと着信音が耳元で響いた。
「はい。峰山」
「あっ……えっと」
ワンコールで出るとは思いもよらなかったので慌てふためく。電話口ではくすりの忍び笑いをする声が聞こえてきた。
「保か。久しぶり。連絡してくれないから心配してたんだぞ」
品のいい声で峰山が笑う。スマホをぎゅっと握りしめて言葉を吐き出す。
「久しぶり……忙しいだろうと思ってかけられなかった」
「俺と保の仲だろう? 今更遠慮することない」
うん、と頷くが電話ではその動きは相手に伝わらない。しばしの沈黙のあと保は他愛もない話題を振る。
「そっちはどうだ? 舞台のほうは」
ああ、と軽く笑いながら峰山が答える。
「大盛況。男色ものがかなり人気らしくて、若い女がたくさん見にきてくれてるよ」
それも美人ばっかりと峰山は冗談めかして言う。
「保のほうは? 学校にバイトちゃんと両立できてるか?」
「……もちろん。両方頑張ってる」
「そっか。変わらず元気でやってるんだな」
そのあとたった十分にも満たない会話をして、峰山が切り出す。
「悪い、保。そろそろ寝なくちゃならない。おまえもあったかくして寝ろよ」
「あ、うん。峰山さんも風邪引くなよ」
「ああ。体調管理はばっちりだ」
じゃあな、と峰山が答えて通話が途切れる。ツーツーと流れる音を聞きながら保もスマホをタップした。
布団に寝転びながら天井を見上げる。久しぶりに聞いた峰山の声は以前と変わっていなかった。峰山はきっと俺のことを弟のように心配してくれていたのだろう。そう思うと心があたたかくなる。枕元にある河童のぬいぐるみを掴んだ。
「峰山さん……」
唯一のつながりを大切に包むように名前を呼ぶ。早く来年になれと強く願う自分がいた。桜が咲いて、葉桜になった頃また会える。それまで勉強もバイトも一生懸命に取り組もう。成長した自分を見せられるように。湯たんぽに足を挟みながら保はうとうととし始める。
この前愛理さんが言った一言が頭に響いた。
『あんまり待ちぼうけしてると、置いてかれちゃうよ』
保が大学三年生を迎えた頃には、先の就活に向かって学生がそわそわとし始めていた。授業の休み時間の合間にも、インターンやら面接練習やらの言葉が耳に入ってくる。保は隣の席で居眠りしている大輝の後頭部を眺めていた。
「大輝。次の授業遅れるぞ」
次は学科の必修科目だったため大輝と受講するのが常だった。涎を垂らす大輝を揺り起して隣の教室に向かう。移動教室は面倒だが、隣の教室ならば許せた。トイレ休憩をすまし、後方の席に座る。学内でも人目を引く大輝は男女問わずにじろじろと見られているが、そんな視線を気にする様子はない。大きな伸びをしてまた居眠り体勢になるのを視界の隅で留めた。去年の今頃なら保は大輝と同じように授業中も居眠りをしてしまうほどの態度だったが、峰山と離れ離れになって以来授業をまともに受けるようになった。どんなに退屈な副教科でもいい成績をとれるようにと、家で復習するまでになった。
「オーナー。次の宴会場の予約はマジカルサーカスさんですか?」
つい最近腰を痛めたオーナーはコルセットを巻きながらフロントの椅子に腰掛けている。要安静と医者から言われているため、とうぶん仕事はできそうにない。住み込みで働く保や他のアルバイトがオーナーの仕事を担っていた。
「おう。いつも通り客もそんなに多くはないだろう」
「そんなこと演者に聞かれたらぶっ飛ばされますよ」
仕方ねえだろとオーナーがごちる。それを笑いながら聞いて、次回の演目と書かれたボードにマジカルサーカスと記した。
この一団はマジックショーを行うプロのマジシャンが数名属している団体で、取り扱うマジックはそこそこ面白いものの、ナレーションや演出に少し迫力が欠けていて一度見れば次はいいかなと思うような舞台になってしまうのだった。
毎年リーダーを務める岸本さんは人の良い中年男性といった男で、毎年この狭い宴会場を借りてくれるのだった。保がこの旅館にお世話になった頃からずっと来ているらしく、オーナーとはかなりの顔馴染みらしい。来るたびに一杯やろうとオーナーを誘い、深夜扉を閉めた食堂で酒を飲み語らう仲だという。
そして、彼らが舞台を終えたあと劇団うるはがやってくる予定になっていた。梅雨の真っ只中にまたあの舞台が観れるのかと思うと保は胸を膨らます。
よほど嬉しさが込み上げていたのか頬を緩めた保をオーナーがやじる。
「おまえ、またあの兄ちゃんの裸思い出してんのか」
「ち、違います」
「声震えてんぞ。図星かよ」
孫の手で背中をかくオーナーを見ながら、老けたなぁとしみじみ思っているとキッと睨みをきかせてきたので保はボードを玄関に転がしていく。キャスターがころころと転がり、玄関の絨毯の前で止まる。
ともだちにシェアしよう!

