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第18話 梅雨のお迎えとライバル出現

「保ー。バスのお迎えに行ってこい」  まだコルセットをつけて本調子ではないオーナーの一声で保は下駄を履いて外に出た。ちょうど道の向こう側からバスがやってくるところだった。胸を弾ませながら到着するのを待つ。梅雨に入っていたが空はからりと晴れていた。しかし明日にでもすぐに雨が降るのだろう。眩しい日差しの中で峰山が出てくるのを待つ。 「保くん。一年ぶりだね」  そう言ってバスの先頭から降りてきたのは花房だった。ぺこりとお辞儀をして挨拶をする。 「お久しぶりです」 「荷物のほう頼むよ」  はい、と元気な返事をしてバスの座席の下にある荷物入れからキャリーケースやボストンバックを取り出し玄関に置いていく。その作業を何回か繰り返していると、聞き慣れた声が耳に入ってきた。 「保」  振り返らなくてもわかった。 「峰山さんっ」  ぱたぱたと彼の元へ小走りで近づいていく。挨拶がわりにわしゃわしゃと髪を撫でられた。その手が心地よくてしばらくぼんやりとしていると、どんっと肩をどつかれた。 「いてっ」 「邪魔だよ」  冷たい口調で峰山のそばに立つ少年が言う。以前はいなかった彼の姿を見て峰山を見つめると、ぽりぽりと頬をかきはじめた。 「新しいお手伝いさん兼新人役者の(あかね)だ」 「はぁ……新人……」  じっと少年の顔を見つめていたからだろうか。キッと睨まれる。そんな茜をまぁまぁと宥めて峰山は保を指さした。 「こいつ前に世話になったときの旅館の従業員だ。おまえもそんなにつんけんせずに、歳も俺より近いんだから仲良くやりな」 「幸太郎さんが言うなら……」  渋々と言った様子で茜と呼ばれた少年が頷く。 「それじゃあ俺たちは先に行くから」  再会して数分も経たずに一行は旅館の中のそれぞれの部屋に向かっていった。もう少し峰山と話がしたかった保はしょんぼりとその後ろ姿を見送った。それにしても、あの少年。やけに俺を目の敵にしているようだった。何か気に触ることでもしたかな? 悶々と考えながら荷物を運び込む。新しい三ヶ月間が始まるのを考えると心が弾んだ。  今日は一日移動の疲れを癒すための休養日らしく、ロビーや大風呂には旅一座の姿がちらほら見えた。しかしそこに峰山と茜の姿はない。  不意に、前を通りかかった花房に肩を叩かれる。 「保くん。峰山が呼んでたよ。椿の間にいるから」 「わかりました」  心の中でよしっとガッツポーズをする。峰山と二人きりでゆっくりと話ができるのが嬉しかった。一年も待ったのだ。積もる話もあるに違いない。  トントンと扉を叩くと、部屋の中から「どうぞ」と返事が返ってきた。保は静かに襖を開く。するとそこには──。 「やぁ。花房の伝言は遅いからな。待ってたよ」  あぐら座りをする峰山と、その後ろで肩を揉んでいる茜の姿があった。てっきり峰山だけがいると思っていたせいか、がくっと肩が下がる。そんな保に気づきもせずに峰山は向かいの座布団を指さしてくる。正座をして正面から向かい合った。一年前と何も変わらない空気がそこにあった。切れ長の一重に、すっと通った鼻、背に流れていた黒髪は肩のところですぱんと切られている。 「保、会いたかったか?」 「え、えっと……」  二人きりの会話ならまだしも、すぐそばには茜がいる。目を泳がせて返事をなぁなぁにした。 「なんだ。尻尾を振って嬉しがると思ったのに」  茜はそんな二人の会話を目の前にしても眉一つ動かさない。静かに手を動かして峰山の肩や背中をマッサージしている。 「京都のほうの土産だ。オーナーと食べてくれ」 「……ありがとう」  手のひらにぽんと渡されたのは有名な八つ橋店の袋だった。八つ橋なんて食べたことのない保は内心飛び上がるほど嬉しかったが、茜という第三者がいるので素直にそれを伝えることができない。嫌な沈黙が流れる。 「茜、もういい。花房のもとへ行って手伝いに行きな」  はい、と凛とした声で返事をすると茜は部屋から出ていった。それをほっとして見ていたのがばれたのか、峰山がおでこを指先で弾いてくる。 「いたっ」 「これでいいだろう? この一年にあったことを聞かせてくれ」  峰山の気遣いに感謝しながら、大学のことや旅館のこと、初めてできた女友達のことを話した。相槌を打ちながら聞いてくれるのが嬉しくて、つい身を乗り出してしまう。 「へぇ、じゃあその子とはうまくいってるんだ」  やけに粘つく声音で峰山が聞いてくるのを不思議に思いながら素直に頷く。 「ときどき遊びに行く仲だよ。気を張らなくていい友達だから。それにすごく美人で、雰囲気がちょっと峰山さんに似てるかも」  保の最後の言葉を聞いて満足したのか峰山はにやりと笑う。 「よかった保」 「うん……峰山さんはどうなの? さっきの茜っていう子とうまくいってる?」  すると峰山は少し困ったように眉を下げた。 「あいつ親離れできてない雛みたいなところがあるから、いつも後ろをひっついてきて対応に困ってる。憧れの役者が俺というのもあってか、他の団員とはほとんど話もしない」  まぁ悪いやつではないんだけど、と断りを入れて額に手をやった。 「高校を卒業したばかりだから、まだ十八だし。ジェネレーションギャップを感じることが多い。酒を飲んで解すこともできないしな」  新しい悩みの種のようだ。一人の若い少年に振り回される峰山を見て、くすりと笑ってしまう。それをしっかり見ていた峰山に首を締め付けられた。ああ、懐かしいなこの感じ。そんな気持ちでいると、襖の隙間から覗く大きな瞳と目があった。 「うっ、わっ!」  峰山の腕の中で飛び起きると、保の後頭部が峰山の顎を直撃した。 「保の馬鹿野郎」  じりじりと痛む顎をさすっている。ごめんと謝るが、保はそれどころではない。襖を開けて茜が入ってきたのだから。 「幸太郎さん。何してるんですか」  まだ幼い少年のような顔立ちをしているが、ひょろりとした背の高さは峰山よりもあるだろうか。真上から注ぐ厳しい視線に自然と保は見上げる形になる。垂れ目の瞳と目が合うと、ぎろりと睨まれた。相性が悪いと初対面で感じさせるのは彼が初めてだった。空気も怪しくなってきたのでそろそろお暇しようと腰を上げると、その腕を茜に掴まれた。びくっと肩を揺らす。 「そんなに気遣わなくていいですよ。幸太郎さんは僕のものだから。たまには別の人と絡むのを見るのも一興というものです」

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