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第21話 峰山に構ってもらいたいのに茜が邪魔してきてむすっ
「……」
ぼんやりとした視界に揺さぶられて目が覚めた。保を覗く二つの目が動いている。
「おはようさん。昨日はよく眠れたかい?」
黒髪が靡いた。窓から流れてきた新鮮な朝の空気を吸い込む。
「な、なんで俺の部屋に……」
布団に横になってまじまじとこちらを見つめている峰山を見て、保は布団をかぶった。なぜかぶったのかはわからない。たぶん、寝起きのぼさぼさの髪を見られたくなかったのだと思う。
「早起きして暇だったからおまえの寝顔を覗きにきた」
茜はまだ寝てるしな、と機嫌が良さそうに呟く峰山を見てこの人はなんて自由なんだろうと保は思う。
「勝手に俺の部屋に入らないでください」
昨夜のこともだんだんと思い出してきて、顔に熱が集まる。寝ぼけていたのもあったが自分から峰山に迫るなんて、と少しばかり後悔する。
「俺と保の仲だろう?」
意地悪い声が布団の向こうから聞こえてきた。ぺろんと毛布を捲られ、ご機嫌な峰山と顔を合わせる。胸元がはだけているからどこに視線をやればいいか迷ってしまう。
「さぁ、起きて。またオーナーにどやされるぞ」
よしよし、と後頭部を優しく撫でられて力が抜けてしまう。峰山の手のひらは大きくてごつごつと骨ばっていて華奢な指先は白い絹のようだ。自分からすりすりと峰山の手のひらに後頭部を擦り付けていることに気づいてから、慌てて時計を見るとすでに六時を回っている。無意識に猫のように峰山にすりすりしてしまった自分が恥ずかしくて顔から火が出そうになる。
普段は余裕を持って六時ぴったりに目を覚ますから、ゆっくりと顔を洗う時間があるのだが今日はないらしい。布団から飛び起きてパジャマから業務服に着替える。峰山には部屋の外で待ってもらった。今更だが、恥ずかしくて顔を真っ直ぐ見られない。
「俺もついてく」
そう言って朝風呂の準備に行く保の後ろをついてくる峰山を追い払うこともできず脱衣所に入る。窓から差し込む朝日に照らされてタイルが光っていた。蛇口を開けてお湯を流し込む。その間峰山は静かに保の動きを見つめていた。
「もうシャワー浴びてもいいか?」
既に裸になった峰山が浴室に響き渡る声で聞いてくる。ほんとうは七時以降でなければ入浴は許可していないのだが、お得意様だし良いだろうと思って返事をする。湯船に半分ほどお湯が溜まったところで保は湯加減を確認する。ちょうどいい熱さだった。
「一番風呂はやっぱりいいな」
去年よりやや鍛えたらしい峰山の裸と対面する。今年も男色ものを演じるとあってか、男らしい体格に変わっていた。腹筋が浮き上がり、胸筋もしっかりと鎮座している。腕周りの筋肉も引き締まっていて、余程厳しいトレーニングを積み上げたことが見受けられた。昨年の舞台が大盛況だったらしく、花房も自信を持って男色ものの二作目に挑戦しているのだという。
フェイスタオルで顔を拭きながら、ちらりと保を見てきた。ゆらゆらと揺れる湯気の中に峰山の姿が浮かび上がっている。きめ細やかな白い肌は一部のシミもない。保もシャワーを浴びて湯船に足をつけた。たまには足湯もいいなと思ってばたばだと足を動かしていると、峰山の顔に飛沫が飛んでしまった。
「ご、ごめんっ」
慌てて近寄り謝罪すると、峰山はにやりと口角を上げた。手のひらでばしゃばしゃと湯をかけてくる。子どものように無邪気な笑顔で。
「うわっ、ちょっと!」
せっかく溜めたお湯がタイルに流れていくのを見て峰山の両手を必死で掴んだ。
「ダメだ。っこれ以上は」
貴重なお湯を無駄にすることができずに必死で訴えると、峰山は悪かったなと小さくこぼした。その顔は全く反省しているようには見えない。
「保。こっちに」
ひらひらと手で招かれる。なんとはなしにその手の方へ向かう。峰山の隣に体育座りで座ると、肩に手を回された。ぐっと峰山の方へ寄せられる。胸がとくんと震えた。
そのままぐりぐりと後頭部に頬を擦り付けられる。
「やっぱり|愛《う》いやつだなぁ」
男に可愛らしいと言われても素直に納得できない。髪に伝う水滴が湯船に落ちていく。その音だけが静かな浴室に響いた。この空気が保は嫌いではない。むしろ好きだった。父親のような、兄のような峰山のそばにいるとひどく体が安心して力が抜けてしまうのだ。たびたびちょっかいや悪戯されることがあっても許せてしまう。それが不思議でたまらなかった。
「やっぱりおまえといると落ち着く」
ぽんぽんと肩を叩かれて保は肩をすくめた。居心地がいいと思ってもらえるなら悪い気はしない。
「保、またおまえの部屋に行ってもいいか?」
今度は悪戯しないからと付け加えて甘い声で囁かれる。この男の言葉には魔力があるようだと保は思う。うんと頷いてしまう。ほんとうは悪戯されるのも嫌いではないけれど、なんだか自分が求めるのは少し意味合いが違ってくるような気がして躊躇われる。峰山が迫ってくるのは兄弟のようにちょっかいを出しているだけで、特に下半身の事情なんて男同士なら軽いトピックにすぎないのだ。
「トランプやUNOなんかもある。それとも、囲碁や将棋のほうがいいか?」
どれも一度もやったことのない遊びで保は笑って首を振った。
「したことないからわからない」
峰山はそうなのかと頷くと「じゃあ俺が教えてやる」と髪の毛を撫でてきた。その手が大きくてごつごつとしていて気持ちよくて、その手に寄り添うように頭を傾けた。そうしていると、突然浴室のドアが開いたのでぱっと峰山が保の体から手を離した。それを少し寂しく思いながら保は風呂から上がる。入ってきたのは茜だった。手足が長いシルエットですぐにわかる。ドアの横を過ぎ去る瞬間、茜はぶつぶつと何かを呟いていた気がするが小さくて聞こえなかった。
浴室の中で峰山の大きな声が聞こえる。茜は日常生活では声を張らないタイプらしく、何を言っているのかは脱衣所にいる保には聞こえなかった。丁稚浴衣に着替えながら鏡の中の自分を見る。髪を去年より短く刈り上げたつもりだ。峰山のような大人の男に憧れて、メンズファッション雑誌まで買うようになった。新しい世界は新鮮で、それでいて楽しかった。
今日から舞台の設営が始まるとあって、その日は峰山に会わなかった。リハビリに向かったオーナーの代わりに夕方からフロントに立っていると、設営を終えたのか茜がやってきた。鋭い瞳で睨まれる。年下のくせにと思って軽く睨み返してやると、こめかみにうっすらと筋が入ったのがわかった。バンっと勢いよくフロントのカウンターに身を乗り出してくる。
「あんた何なの? 幸太郎さんに取り入ろうたって無駄なんだからさ。いい加減諦めてくれない? 幸太郎さんは旅役者なんだ。毎日が仕事で忙しい。おまえみたいな一般人とは違うんだよ」
一気に捲し立てられ、保も黙ってはいられない。これ以上敬語も使えないような年下の少年の傲慢な態度に我慢ならなかった。
「俺は別に峰山さんに取り入ろうなんて思ってない。おまえこそひっつき虫みたいにくっつきやがって。峰山さんが迷惑してるの気づかないのか? 手伝いさんなら主人の気持ちくらい汲み取ってやれよ」
思わぬ反撃に茜は目を見開いていた。しかしすぐにその目を閉じる。黙ってれば綺麗な顔なのにと保は残念に思った。
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