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第3話

 あの日からだろうか、だんだんと彼女と道慈の関係が変わり始めたのは。雪丸に何を言われたのかと聞いても、彼女は道慈くんは悪くないから……と答えるばかりだった。そのあたりから彼女は夜の営みを頑張ろうとするようになった。しかし結果はブツを目の前にすると恐怖に慄き、互いに気まずさが増すばかりだった。  彼女が恋人同士の接触に気後れするようになり、もはや泊まりすらも避けられるようになったのが一月程前。そして今日、1年間続いた関係の終了を申し出られた。 「道慈くんのことは好きだけど……、私、道慈くんに見合わないと思う……」  互いに注文したアイスティーに一切口をつけないまま話していたため、二つのグラスは雫が浮いていた。 「そんなことないだろ」 「その、大きさも合わせて」  もはやその発言には道慈も黙るしかなかった。彼女は意を決したように深く息を吸い込んでから、真剣な目で真っ直ぐに見つめてきた。 「ごめんなさい! 私もう耐えられないの! こうやって気を使われ続けるのも! かと言って、道慈くんのお化け――じゃないち、ちんちんで血を見るくらいなら出家した方がマシ!」  真っ赤な顔で一息で叫んだかと思うと、彼女はひったくるようにカバンを掴んでカフェから走って出て行った。  一人残された道慈の元に店内の視線が集中する。あからさまに下半身に刺さってくる視線に道慈は顔を押さえて深いため息をついた。 「振られた道慈くんにかんぱーい」  能天気な雪丸の音頭で手にしたストロング缶がカツンと音を立てた。  毎回雪丸は別れたと聞くなり待ってましたというように家にやってくる。嬉しそうな顔に腹が立たないわけではないが、彼女は? と聞かれた時に順調にやってると嘘をつけるほどの体力が残ってなかった。 「1年かぁ、長かったなァ。まじで。恋しかったぜこの部屋が。お前も俺が恋しかったよな? 大五郎」  道慈の膝の間で丸くなっている猫にちょっかいを出している雪丸を放って、雪丸がくれたストロング缶を勢いよく煽る。 「で、結局お前らセックスしたの?」  人の家のテレビを勝手知ったる様子で操作し始めた雪丸に、一瞬言葉を理解しかねた。普通1年続いたカップルに対してそんなことを聞くだろうか。道慈はソファの背もたれに頭を預けながら眉間に寄った皺をほぐす。 「……なんでお前が知ってんだよ」 「勘」  彼女から何か聞いてたのかとか、いろいろ疑問はあったが聞く気が起きない。今日別れた彼女のために雪丸と喧嘩するのすら面倒だった。一ヶ月もよそよそしい関係で彼女と過ごしていたので道慈も疲れていたのだ。  ――雪丸待ったぁ? いや全然。  テレビから突如流れてきた音声に、顔を上げる。画面にはブレザーの雪丸とセーラー服の女の姿が映っていた。  特にまだそれらしいシーンは映っていないのに、画角と特有の安っぽさからか、これがアダルトビデオだとわかってしまう。 「いや、高校生は無理あるだろ……」  今年29歳になる成人男性がブレザーを着ている姿に口が引き攣る。 「欲求不満の道慈くんにプレゼント。お前が俺のこと出禁にしてる間に、俺120本AV取ったから」 「お前体力あるよな」 「最初は撮影ダリィと思ってたけど、慣れたら結構やれるもんだな。最初だから女の子向けにしたけどゲイビのが見たい? 俺がタチやってんのとネコやってんのどっち見たい?」 「何も見たくない」  肩に頭を預けて上目遣いに見つめてくる雪丸から視線を逸らした道慈は、側から見たら自分たちの姿が休日にAV鑑賞しているゲイカップルそのものだということには気づいていなかった。  家族いないからウチ来ていいよ。  50インチのテレビの中で都合よく話が進んでいく。彼女の部屋に入った瞬間、それまでの爽やかな態度が嘘かのようにギラついた顔で壁ドンする男のドアップが抜かれた。画面の中で濃厚なディープキスが始まった。  なぜ彼女に振られたその日に幼馴染が出てるAVを鑑賞させられているのかわからない。一方で、どんなに涎まみれのキスをしていても汚く見えない雪丸の顔に純粋に感心していた。映像映えするとはこのことを言うんだろう。  画面の中では彼女の体が露わになっていくところだった。立てた膝のスカートの中に雪丸の筋肉質な腕が忍び込む。自分といる時は細く見えていたが、華奢な女性といる時は案外しっかりした身体に見える。 「あ、やべぇ俺が勃つ……」  横から聞こえてきた声に視線を落とせば、雪丸がパンツのジッパーを下ろしているところだった。 「おい――」 「良いだろ、お前も興奮したらやって良いから」  そんな中坊でもあるまいしと思ってから、脳裏に甦りかけた黒歴史を消すために喉に酎ハイを流し込む。 「やるかバカ。だいたい何でお前四六時中やってんのに自分のAVで興奮できんだ?」 「最近は出会いねぇからあんまやってねぇの……。道慈、画面の俺とこっちの俺どっちがカッコいい?」 「どっちもカッコ良くはねぇだろ」  人の肩に頭を押し付けながら、雪丸は一物を隠すことなくしごき始めた。AVより先にご本人のものを見ることになるとは思わなかった。平均よりは大きいのだろうが、道慈よりは一回りほど小さい一物に道慈は羨ましさを覚えた。この大きさだったら問題なく今も彼女との関係は続いていたかもしれない。 「うそ、俺の前戯してる姿カッコよくない?」 「女が見たら良いのかもしれねぇが俺はわかんねぇ」 「じゃあこっちの俺は? こっちも見て」 「何を見せてぇんだよお前は」 「俺がよがってるとこ」  Tシャツの裾から蓮のタトゥが覗いていた。確かにこれはTシャツを捲り上げて全部見たくなるかもしれないと思ってから、まずいと思った。雪丸のペースに飲み込まれている。  雪丸の目に快感からか涙が滲み出す。呼吸が浅くなり、指に絡みついた液体が激しく音を立てる。一心に見つめてくる雪丸に凍り付いたかのように道慈は目を離せなくなっていた。 「あ、道慈……いく、イク……!」  びゅっと白濁が雪丸の顔まで飛んだ瞬間、さすが男優と心の中で道慈はつぶやいた。  画面の中では女優が控えめな乳をしゃぶられながら中を掻き回され、派手な喘ぎ声をあげていた。 「道慈、ティッシュ」  雪丸の声にはっと我に返り、ローテーブルに置いてあるティッシュを渡した。 「ちっ、Tシャツ汚れた。道慈顔拭いて」 「自分で拭け」  手早く下半身を整え、雪丸が白濁まみれになったTシャツを脱ぎ捨てると、気になっていた蓮のタトゥの全貌が露になった。下腹部に流れ込むように彫られたそれを見たことがないわけではなかったが、これほどまでに気になったのは今日が初めてだった。 「おいTシャツ床に放置すんな、手洗いしてから洗濯機入れろよ」  頭の半分を占める不穏な何かに気を取られながらも、苦し紛れに小言を口にする。 「あとでな。先に一年放置されたどーじくんを慰めないと」  人の太ももに頭を乗せて、仰向けになったまま手を伸ばしてうなじを撫でてくる。居場所を圧迫された大五郎が嫌そうに声を上げてソファから飛び降りた。  人の太ももの居心地いいところを探すかのように頭をもぞもぞと動かしてから、不意に雪丸の尖った鼻先が膨らんだものを押した。  触ってもいい? と聞かれたらダメだと答えて、自分の返答に我に返って雪丸を退かしただろう。  しかしそれを見透かしてるかのように雪丸は何も聞いてくることはなかった。短パンの上からはっきりと主張するものを優しく撫でてくる。腰に響く直接的な快感に、本当に幼馴染が自分を慰めようとしていることを実感した。 「画面見てて良いぜ。画面の中にも俺いるけど」  ははっ、と笑いながら短パンが下ろされ、ボクサーパンツの上を雪丸の赤い舌が這う。彼女と寝て、一人で抜くたびにオカズにしていた光景が、全く違う人物で現実になっている。  画面に目を向けると、ちょうど雪丸が女の下腹部に顔を埋めているところだった。濡れたパンツの上から赤い舌が何度も動き回る。湿った窪みを執拗に長い指が撫でていた。  どこを見ても非現実的な空間で、頭を戻さなければと周囲に目を向ける。戯れ始めた人間を観察するかのように見つめてくる大五郎と目が合い、我に還った。 「おい、雪丸、やめろ」 「今から無しは無理。こっちの道慈も無理だってさ」  雪丸の長い指が僅かに濡れた先端を抉る。咄嗟に前屈みになりながら雪丸の頭を掴むと、掴んだ手首を取られて、べろりと舐められた。 「ほら、画面見とけよ。ガリガリでおっぱい小さい女の子好きだろ? おとなしくしてたら気持ち良くしてやるから」  雪丸の生暖かい吐息がパンツ越しに下腹部にあたる。徐に下着が下された。  同時に画面の中でも女優の下着が脱がされているところだった。濡れそぼった蜜壺が修正なしで画面に映る。蕩けた顔は確かに道慈の好みだった。  が、それよりも熱心に蕾を舐める雪丸の舌遣いから目を離せなかった。 「ん、デッカい……あは、勃ったらこんなデカいんだ」  いつのまにかソファの下、足の間に雪丸がひざまづいていた。逸物を両手で大事そうに抱えながら、うっとりとした目で眺めている。気まずさに雪丸の髪を引っ張って退けようとした瞬間、血管の浮いた竿に音を立てて口付けられた。  そのまま両手で優しく扱きながらカリを舐め上げられる。 「あ……くっ、」  手にしていたアルミ缶がぐしゃりと潰れる。長らく経験していなかった刺激はあまりに強すぎた。 「ん、どこが好きか教えて。いっぱい舐めてやるよ」  ここ? と尿道口を尖らせた舌でくすぐってくる。 「まて、俺本当に今弱……くっ、」 「よわよわの道慈も好きだよ、俺は」  何言ってんだこいつはと思いながらも、見慣れたはずの幼馴染が自身の足の間に跪いて逸物を舐めている倒錯的な光景に頭がくらくらしてくる。手に握っていた酒の缶をテーブルに置く。 「道慈、どこしゃぶって欲しい?」  尖らせた舌が焦らすように血管をなぞってきた。背中にゾクゾクと悪い快感が走る。道慈はここまで来たら同じかと最後に必死に掴んでいた理性を手放した。 「あれ、」  画面の中を顎で指すと、雪丸が振り返りもせずに笑った。 「道慈もスキモノなんだから」  太い幹を舐め回してたっぷりと濡らしてから、雪丸の口が先端を咥える。そうして握った両手を上下に動かしながら舌を激しく擦り付けてくる。道慈の短パンに包まれた太ももがわずかに震えだした。 「んっ……く、はぁっ……」  道慈の手が雪丸の頭を撫でる。まるで彼女にするかのような優しい手つきだった。    激しく舌を動かしながら、雪丸は自身の下半身がひどく熱くなっているのを感じていた。それでも、今は自分の欲よりも道慈の欲を解放したい。1年もバカみたいに封印していた可愛い姿を見てみたい。  ねちゃねちゃと激しい水音が部屋に響き渡る。道慈の唾を飲む音が鮮明に聞こえた。 「もう、出る……から、離せ、っ」  髪を僅かに引っ張られ、顔を離す。すると視界一面に白い液体が広がった。何度かに分けて出てきた大量の液体に唇を舐める。  目元に飛んだ液体を手で拭って、すぐに目を開けた。イった後の道慈の顔が見たかった。僅かに頬を上気させて汗を拭う道慈は、思った通り色っぽかった。形のいい眉が悔しげに寄っている。 「くそ、悪い、かけるつもりは……」  今度は何も言わなくてもティッシュを取って、顔を拭いてくる。大きな手が顎から耳にかけて掴み、目を覗き込んでくる。 「目に入らなかったか?」 「入ってない。く、ふふっ」  雪丸は大人しく顔を拭いてもらいながら、じわじわと腹の底から湧き上がってくる愉悦に耐えきれず笑みをこぼした。 「何がおかしいんだよ」  道慈に構ってもらうの嬉しい。道慈の目に余計な女が一切写っておらず、雪丸しか見てないのが快感だった。  雪丸は喜色を隠さず太い腰に抱きついて頭を寄せた。ぐりぐりと硬い筋肉に覆われた腹に頭を押し付けながら、上目に道慈を見上げる。 「なあ、気持ちよかった?」 「……ああ」 「だろ? またやってほしい?」 「いや、それは違うだろ」 「なんで? 神楽雪丸がタダだぞ」  道慈の手を掴んで自身の頬に当てると、顎からエラにかけて撫でてくる。 「……タダなのか」  こんなふうに愛しい飼い猫にするような態度を伊佐道慈が雪丸に取ったことが今まであっただろうか。つまりこれは道慈なりのアフターケアであり労いだ。たまんねぇ! 雪丸は内心興奮で暴れ回りたくなるのを必死に抑えていた。 「そう、親友割引。期間限定で今だけタダ」  お前だけ特別。キラキラした目で道慈を見つめながら、雪丸は返事を待った。  道慈はしばし無言で雪丸の顎を撫でてから、口を開いた。 「そうやってあんまり安売りすんなよ、神楽雪丸を」  大きな手がぽんと脱色した頭を撫でる。雪丸が脱ぎ捨てたTシャツを拾って、汗をかいたTシャツを脱ぎながら道慈はリビングから出て行った。  一人残された雪丸は、出て行った男のでかい背中を目で追いながら、はぁ、と興奮冷めやらぬ息をついた。 「俺にそんなこと言うのお前くらいだよ」  かっこいい、くそ、可愛い。背中舐めてぇ。勃ったって言ったら俺の触ってくれるかな? いや、ダメだ。ビビられたら逃げられる。10年以上耐えられたんだからこんくらい耐えられんだろ、俺。短期決戦は負け戦だ。あいつは絶対長期戦しかねぇ。  自分に言い聞かせながら、脱衣所から聞こえてくるシャワーの音を皮切りに雪丸は手早く自身を慰め始めた。  今度はティッシュでしっかりと受け止め、パンツをきちんと履き直す。丸めたちり紙をゴミ箱に投げ入れた瞬間、リビングのドアが開いた。思ったよりも早く道慈が戻ってきた。裸の上半身に目が釘付けになる。  たっぷりと筋肉のついた胸部に、くっきりと割れた腹筋、血管の浮いた太い腕。雪丸は今すぐ舐めたい衝動を抑えるのに必死だった。 「風呂入るだろ。10分もすれば溜まるが先にシャワー浴びてもいいぞ」  居候していた時も、いつも互いにシャワーで済ませるのが通常だった。雪丸は一瞬自分に聞いてるのかと目を瞬いた。 「……道慈くん、もしかして俺のために風呂ためてくれたの?」 「……別に入らなくてもいい、シャワー浴びてこい」  勢いよく道慈の首に抱きつくと、一切よろけることなく受け止められた。 「一緒に入る?」 「はいんねぇよ。飯作るけど何食いたい?」 「ペペロンチーノ!」 「早く顔洗ってこい」 「俺の顔道慈のにおいする?」  道慈の肩口にこめかみを擦り付けながら上目に見つめると、いつも通りの強さで引き剥がされた。それでも、その顔が気まずそうに逸らされたので雪丸は満足だった。そもそも道慈が自分のことを意識しているかのように振る舞うなんて、小学生の頃一緒にオナニーをした時以来だ。  この日のために道慈に恋人ができるたびに、彼女に有る事無い事吹き込んで不安を煽り立て、別れるように仕向けていたと言っても過言ではない。  地道な努力が今実を結び始めていることに雪丸は一人歓喜した。

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