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第4話
頂上が見えているならそこに向けて登るだけだ。登山をしたことがない人間はそう考えるかもしれない。しかし実際には頂上に辿り着く前に道が途切れたり谷があったり、切り立った崖を登らなければならなかったりするものだ。何事も達成するには計画がいる。
神楽雪丸は頂上を見ることなく突き進んだ先の小高い丘で小さな宝箱を見つけるタイプだったが、ことこれに関しては譲れなかった。親友、伊佐道慈の一番になる。そのためには計画が必要だった。
まず自分たちの関係に何が足りないか。もう十分に互いの性格は知っているし、仲も悪くない。道慈が今一番頻繁に顔を合わせているのは間違いなく雪丸だろう。それなのに何も生まれないのは、一重に道慈が雪丸の魅力に気づいていないからである。ではどう気づかせるか。あの熊みたいな身体をたっぷり愛してやるしかない。雪丸は自分の欲望に任せて計画の舵を切っていた。
手始めにまず、道慈の元彼女がつまずいた最初の関門――巨根から解決しなければならはなかった。
しかしついこの間口で慰めた一物の最大値は、これまで見た中で一番大きかった。この俺でもちょっと入らないかもしれねぇというのが正直な雪丸の見解だった。
今までは雪丸が道慈のことを抱くことしか考えてなかったので、こんなことで悩んだことすらなかった。そもそも雪丸はタチの方が性に合っていた。ウケ役をお願いされても、興奮したらいつのまにか抱いてることが多い。撮影中にも何度かそれをやりそうになり、竿役やスタッフに何やってんだと罵られたほどだ。
しかし1年も我慢していた道慈を見たら、その欲を自分が受け止めてやりたいと思わずにはいられない。
想像するだけで腹の奥が疼く。あの大きなものを何食わぬ顔で受け入れてリードしてやったら、道慈はどんな顔を見せてくれるだろうか。
そんなわけで自宅の寝室で雪丸は太く長い張り型を手に真剣な顔でローションを垂らしていた。海外サイトで購入した今まで入れたこともないサイズの張り型だ。さすがにあのサイズに対してぶっつけ本番で襲い掛かったら、仮に道慈が抵抗しなくても返り討ちに合うことは見て取れていた。1年も拒否していた彼女が存在するのがその証拠だ。
身に纏っていたスウェットパンツを脱いで、大きく足を開いてゆっくりと張り型を挿入していく。道慈のものよりは小さいものの十分に大きいそれは、やはり頭を入れる段階で突っかかって入らない。乾いた唇を舐めて排泄するかのように下半身に力を入れながら目一杯に押し込むと、ずぼと激しい音を立てて張り型が腹に押し込まれた。
「うぐっ――……きっつ……ッ」
このサイズでこれかよと雪丸は額に浮かんだ脂汗を擦った。限界まで開いた入り口はぴりぴりと痛み、切れたかもと咄嗟に雪丸は自身の仕事のスケジュールを思い出していた。ウケのオファーは来月以降しか無かったはずだ。仮に傷ついても来月なら間に合う。はず。
道慈とやるにはこれを乗り越えてもう一段階大きいのを入れて余裕があるのを確認してからやりたい。それはもう馬に乗りこなす武将のように自由に動けるようになってから襲わないと。
「あっ……すげ、」
押し込むだけで狙わなくても勝手に前立腺が押し上げられる。道慈とセックスしたらこんな感じの圧迫感なんだろうか。たまらず横に寝返りを打って刺激を逃すかのように体を丸くする。
自身の上で汗を流す裸体の幼馴染を想像したらもうダメだった。体を揺さぶられる想像をしながら、股の間に差し込んだ手で張り型を抜き差しする。
「あっ……う、ングッ」
滑りが足りなくなってきても手が止まらず、同時に先走りを漏らす前を雑に刺激する。道慈はどんなふうに前を慰めてくれるだろうか。いや、きっとこっちに触ろうとはしないだろう。色々誤魔化して前回イかせはしたが、道慈は元々ストレートだ。
腰の振り方は? こんなふうにいやらしく回したりするのだろうか。
「あっ――やべ、はっ」
脳内の道慈は雪丸の思ったように振る舞ってくれる。雪丸が起き上がって腰をゆらめかせれば、タイミングを合わせてついてくれる。気まずそうにすることなく一心にこちらに向けられる視線が心地よい。大きな大胸筋に身を寄せると抱きしめてくれるし、乳首に舌を這わせればちょっと苦しそうな顔をしながら低い喘ぎ声を漏らしてくれる。
ベタベタに溶けた前を扱きながら、ピストンを早める。あ、イク――そう思った瞬間、入り口に激痛が走った。
「イッ――!」
乾いた張り型の摩擦に入り口が悲鳴をあげたのだ。妄想がたちまちにかき消え、現実に引き戻される。そこは道慈の家の清潔感のあるブラウンで統一されたベッドではなく、部屋の至る所に雪丸が適当に放った服や日払いの給料の残滓が散らかった部屋だった。
あまりの痛みに目に涙を浮かべながら前屈みになる。結構よかったのに。仕方なくローションを外側から足しながら、とりあえず一旦抜くことを試みる。
「……あ?」
ぐっと力を入れても張り型が抜けない。まるで入り口と癒着してしまったかのように、引っ張ると入り口が捲れる感覚と痛みがあり、それ以上出したらともすれば腸ごと出てきそうだった。
「おいおいおい」
先まで興奮していた頭が一気に冷える。もしこのまま抜けなくなったら仕事どころの話ではない。いくら雪丸と言えど肛門にでっかい栓をしたまま通常の生活を営むのは厳しい。
「流石にエグい――ッ」
その後四苦八苦しながら抜こうとしても、中の張り型は乾いていくばかりで取り出せそうにない。10分、20分と時が経つにつれて不安も大きく膨れ上がっていく。「AV男優神楽雪丸、肛門に異物を挿入し緊急搬送」ネットニュースの文字が脳内に躍り出す。そもそも緊急搬送されて取り出せるものなのだろうか。割に簡単に入ったというのに、今では抜くのに帝王切開がいるのではないかという思考にまで至っている。
「終わった……」
絶望に満ちた声が部屋に落ちた。
長期任務明けの飲み会を断ったのは、幼馴染から涙声の電話があったからだった。雪丸のそんな声を聞くのなんて彼の親が亡くなった時以来だった。女に刺されて入院した時ですら、意識が回復して間もない時期に病室で生配信する程度には能天気な奴だというのに。
雪丸は幼馴染の一物をしゃぶった後も普段と変わらないふざけた男だった。あれ以来そんな接触は特になかったので、道慈は内心胸を撫で下ろしていた。雪丸が家にいつくのを是としているわけでは無いが、子どもの頃からの関係はストレス社会の中で生きていく上で保障された安心感があった。相手のことをわかりきっていて、自分のこともよく知られてる関係は楽だ。
雪丸がスタジオと呼んでいる本来の家であるマンションは、ホストを引退した際に引っ越しただけあり、セキュリティが厳重だった。部屋番号を何度も押しても出ないので、段々と受付の目が厳しくなってきた。まさか寝たか? そう思い携帯に電話をかけると、またしても湿った声が電話口から聞こえてきた。
「は、どうじ、早く……まじで、うっ、死ぬおれ……」
「だからもう着いてる。インターホン押してんだろ。怪我でもしたのか?」
「血は……多分……あ、出てる」
「は? 何があったんだよ。とにかく早く開けろ」
「……動けない」
苦しげな声に、頭から血を流す雪丸の姿が記憶の底から浮かんでくる。昔から何かと人為的な怪我が多い人間だった。
道慈は額に滲んだ汗を拭ってから、スーツのジャケットを脱いだ。インターホンから離れて受付に足を向ける。
フロントの落ち着いた対応に若干の焦りを覚えながらも、いくつかのやり取りの後、ロビーのオートロックが解除された。結局本人が部屋のドアを開けられないというので、フロントスタッフにスペアキーで開けてもらうことになった。
「緊急時はお手伝いいたしますので受付の番号をお渡ししておきます」
スタッフから名刺を受け取り、礼を言って部屋に上がる。玄関に入った瞬間全身を覆ったタバコの匂いに眉を顰める。靴棚に置かれた自動式の消臭剤が空になっていた。
部屋の広さの割に散らかったもののせいで床の面積が狭く感じる部屋だった。開けていないネットショッピングの段ボール箱、洋服類、買い物袋が乱雑に床に放置されている。タバコの匂いがやたらとこもっているのは、空気清浄機の上に洗濯物が積まれているからだろう。なんで裸の紙幣がいたるところに落ちているのか道慈には理解できない。
寝室の入り口では、自動掃除機が床に置かれたダンベルに引っかかり、スタックしてしまっている。
障害物を跨ぎながら、道慈は頭を下げて寝室の戸を潜った。
「おい、どうした――」
そこで見た光景に道慈は肩から力が抜けるのを感じた。どんな血みどろの景色が広がってるのかと思ったら、クイーンサイズのベッドの上で目を赤くした雪丸が寝転がっているだけだ。
「ど、どうじぃ……!」
目があった瞬間雪丸の目に涙が浮かぶ。大判のパーカーに身を包んだ上半身はわからないが、裸の足に異常はなさそうだった。
「何してんだよ。どこ怪我した?」
「ケツ」
「は?」
「ディルド、抜けなくなったぁ……!」
寝転がったまま起き上がらない雪丸の背中に視線を移すと、しゃくり声が上がった。
「もう、2時間くらい、ずっと抜けねえわ、乾いて痛えわ……もうやだ……喉乾いた……」
無言で下半身を隠しているパーカーの裾を捲ると、雪丸の身体がびくりと震える。構わず腰を掴んでひっくり返すと、確かに液体の乾いた跡が残った尻の狭間に毒々しいピンク色の物体が刺さっていた。限界まで開かれた肛門が痛々しい。シーツの上には僅かに血も滲んでいた。
「……帰る」
心配して損した。ただのアホだ。今からでも飲み会に参加しようかと道慈は携帯の画面を開いた。
「お、ちょまっ、道慈ィ! 助けろよ! 親友だろ!」
立ち上がりかけた道慈のスラックスに雪丸が縋り付く。
「こんな時ばっか親友使うんじゃねぇよ! 知るか! お前の変態に俺を巻き込むな!」
「デカいの入れなきゃいけなくなったから練習してたんだよ」
助けて、道慈、このままじゃ俺一生ケツアナにこの棒刺したまま生きることになる。お前親友がケツに棒刺さったまま人工肛門になっても良いの?
自分で謎の脅しをかけてきながら想像したのか青ざめている雪丸に、道慈はようやく幼馴染が本気で困っていることに気づいた。
「本当何してんだよバカ……とりあえず抜けば良いんだろ? ケツ上げろ」
言われるがままにのろのろと雪丸は四つん這いになった。拍子に尻に被ったパーカーを捲り上げ取っ手に手をかける。
ぐい、と一息に抜こうとすると、痛いのか雪丸の尻がついてきて抜けない。仕方なく尻を押さえて引っ張ると、咥えたものに引っ張られるかのように肛門の内部の肉壁の赤みが顔を出した。絶叫が部屋に響き渡る。
「ッイッテェ――!!」
雪丸が暴れて逃げ出す。拍子に後ろ足で腹を蹴られたのが地味に痛い。雪丸は被害者のような顔で道慈から距離を取り、尻をパーカーで覆いしきりに撫でていた。
「お前おれの腸ごと引き摺り出す気か……!?」
「多少の痛みは我慢しろよ抜きたいんなら」
「多少じゃない! もっと優しくやって! 彼女にするみたいに!」
「優しくやってたら抜けないだろうが」
と言い返しながらも、確かにちょっとでちゃいけない物が出かけていた気がすると道慈は思った。口にしたら責められそうなので言わないが。
脇に挟んでいたスーツのジャケットをチェアにかけ、ワイシャツを肘まで捲り上げる。ベッドの上に転がっているローションを手に取り手招きした。
「ほら、来い。さっさと抜くぞ」
「優しくするって言えよ」
「お前命令できる立場じゃねぇだろ」
助けを乞うてきたくせにベッドの隅っこで膝を抱えてる雪丸の腕を引っ張り、自身の膝の上に腹ばいで寝かせる。パーカーの裾を捲り上げ、あらわになった尻の狭間にローションを垂らしていく。
道慈の一挙手一投足にびくついて耳を真っ赤にしている身体が流石に哀れになってきて、道慈は雪丸の頭を撫でた。
「そんな無理矢理しねえから息ちゃんとしろよ」
「ぅっ、言ったな……? 優しく、本当に……!」
肛門のシワに沿うようにローションを親指で塗り込めると、雪丸の身体がびくびくと震える。
まさか幼馴染の尻の穴にローションを手ずから塗りたくる日が来るとは思いもしなかった。雪丸の呼吸はどんどん浅くなり、抜きやすいようにか、僅かに膝を立てて尻を上げている。
「そのままの体勢でいろよ」
ディルドの入りきってない挿入部がローションできちんと濡れたのを確認して、軽く中に押し込む。
「ぅぐ……!? な、」
予想していなかったのか、逃げを打とうとする身体を押さえて再度引っぱる。先ほどよりは滑りのおかげか数ミリ抜けたように思えるが、まだまだ先は長い。再度ローションを垂らして塗り込めていると、やっと意図に気付いたのか雪丸が待ってと鳴き声を上げた。
「道慈、俺これ、ぅっ」
「さっきよりはマシだろ」
だんだんと潤滑剤が中に入っていくにつれて泡立ち始めた尻から、張り型を抜き差ししながら徐々に抜いていく。ローションをかなり使ってるせいかその音も寝室中に響き渡っていた。控えめに言って酷い空間だと道慈は遠い目をしながら作業していた。
「どうじ、やば……っ、はぁっ、んっんっ、まって、まって、」
「もう少しだから我慢しろ」
もう中程まで張り型は抜けてきていた。ローションを足しては少し入れ直す度に、乗せた体が硬直し熱くなる。
「がま、できなっ――あぁッ」
雪丸の手がシーツを強く握り、びくびくと全身が波打つ。さすがに道慈にも雪丸に何が起こったかは分かった。男は尻でいけるもんなのかと知らなくて良いことを知った。ただここで止まったらまた乾いたり何なりと面倒だし、本当にあともう少しだった。
完全に体の力を抜いて道慈の上に頽れた尻を軽く叩く。
「うッ」
びっくりした様子で雪丸が振り向いた。汗と唾液と涙でぐちゃぐちゃになった顔は初めて見るものだった。まるで本当に最中の顔を覗き見てしまったかのような居心地の悪さがあった。否、実際雪丸のAVは見たことあるが、女と絡んでいる時の雪丸はここまでどろどろじゃなかった。
「あとちょっとだからケツ上げろ。やりにくい」
涙に濡れた顔が少し哀れに思えて、叩いた尻を誤魔化すように撫でる。汗の流れる首が赤く染まるのが見えた。
「い、イッ、たから……! ちょっと、まっ、どうじっ、タンマ……!」
必死に腕を止めようとしてくる雪丸に、これでAV男優なんてできるものだろうかと道慈は内心疑問に思った。やたら敏感だし、緊張がすぐ身体に出る。
「大丈夫だ。もうすぐだから」
道慈は無責任な言葉を投げかけ、手は休めることなく動かした。何度もローションを使った雪丸のベッドも道慈の足もすでにいろんな液体に塗れていた。雪丸の膝がちゃんと立たないせいで硬いものがパーカーの布地越しに何度も足に当たっている。先程まではむしろこれを当てないように頑張っていたのかもしれない。
さっさと終わらせてこの状況から抜け出したいというのが本音だ。
「どうじ、どうじっ、また来る……!」
ああもう1回いったんなら2回も3回も一緒だろうと道慈は思った。出血している部位が快感で誤魔化せてるうちに抜いてしまったほうがいいだろう。
じゅぼっと派手な水音を立てて、引っかかっていたカリ首が抜けた。
「あっ……!」
「お、抜けた」
露になった張り型の全貌は、シーツに落ちてなお生々しい形をしていた。埋まっていたものが抜けた穴はぽっかりと開いており、濡れた肉壁を晒している。それが雪丸の呼吸とともに閉じては開くのを一瞬凝視してしまいそうになり、道慈は目を逸らした。
ぜぇぜぇと息を吐きながら雪丸がノロノロと道慈の膝の上で体を曲げて丸くなった。
「今、イキそうだったのに……」
「趣旨変わってんじゃねーか」
腰に懐いてくる雪丸の首根っこを引っ張ってどかす。すると体温が消えた足が空気にさらされ、一気に冷たくなった。スラックスの太ももはローションやら雪丸の体液やらでじっとりと濡れていた。クリーニングに出さないといけない。
嵐がさってしまえば急に現実がやって来る。下手したらプレイとも取られかねないことを幼馴染としてしまったのでは……? と、道慈は頭が冷えるのを一人感じていた。
そんな道慈をよそに、濡れたベッドの上に寝転がった雪丸が掠れた声で呟く。
「喉かわいた……」
道慈は無言で立ち上がり、自動式掃除機を踏みそうになりながら寝室を出た。食器棚にも食洗機の中にも洗ってあるグラスが無いことに気づき、シンクに溜まった酒瓶とタバコの灰がたまった空缶の中からグラスを引っ張り出して手洗いする。浄水器から水を汲んで持っていくと、濡れたパーカーが床に脱ぎ捨てられているのが目に入った。1着何万するかわからないブランド物のパーカーがこの扱いだ。雪丸は大きなベッドの上で全裸で大の字になったままタバコを咥えていた。ひどいのがその中心で聳え立つものだ。本人曰くイき損ねたそうなのでしょうがないと言えばしょうがないのかもしれないが。
「お前隠せよ……」
「お前に恥ずかしいところ全部見られたからもうこれ以上隠すもんねぇ」
「そういう問題か?」
ベッドに座りながら水の入ったグラスを目の前に差し出すと、雪丸がのろのろと起き上る。道慈の腕を背もたれにして座るなり、グラスの水を一気に飲み干したところを見ると、本当に喉が渇いていたらしい。
「俺がエロすぎて引いた?」
覗き見てくる雪丸の咥えタバコの先が気になり、ベッドへッドから灰皿を引き寄せて渡す。
「引いたというより呆れてんだよ。お前はまず命の恩人に礼を言え」
「ありがとう。お前のおかげで気持ち良かった」
「ちげえだろバカ」
「お前の手気持ち良かったよ。今までやったどいつよりも。なぁ、良いこと考えた」
雪丸がにやりと笑った。嫌な予感がした。こういう顔の雪丸は碌なことを言わない。
「俺の拡張手伝って。もう俺一人でやるの怖くなっちゃった」
「嫌に決まってんだろ」
「タダとは言わねェよ。シルバージム株主優待券三ヶ月分」
立てられた三本指を道慈は見つめた。こいつそんな良い物を持ってるのか。客からもらったのだろうか。
いやでもさっきみたいな雰囲気は苦手だ。いつかうっかり大事な一線を越えさせられそうだった。実際雪丸はなんの罪悪感もなく一線を越えさせるよう手を引いて来るようなやつだった。
無言になった道慈に、雪丸がたたみかける。
「探せば半年分くらいなら出て来るかもな。全部やるよ」
「……拡張ってつまり何するんだ?」
道慈は聞いてからしまったと思った。これでは雪丸の思う壺だ。
「俺のケツの穴にぶっといちんぽが気持ちよく入るように慣らすだけ。得意だろ? いつも女にやってるじゃない」
「男と女じゃ違うだろ」
「そう変わんねぇよ。お前はいっつも彼女にしてるみたいに時間かけて俺の体を作り変えれば良い」
「というかどんだけでかい奴の相手する予定なんだ?」
雪丸がこれだけ熱心に男優業に励んでいるとは知らなかった。いつもの雪丸だったら無理なもんは無理と断りそうなものだが、よっぽど相手に思い入れがあるのだろうか。
「うーん、こんくらい」
雪丸は手で示してみせた。ちょうどお前のマックスくらい。続いた言葉にげんなりする。正直道慈本人ですら自分と同じサイズの人間を見たことがなかった。流石はそっちの業界と言うべきなのか。自分のことを棚に上げて道慈は感心していた。
「そんなもん入るか? 今日のですら抜けなくなったのに。入れて抜けなくなったらどうすんだよ」
「そうなんないように準備すんだろ」
「いつまでに?」
「んー……3ヶ月後」
「ああ、なら結構余裕あるな」
女の経験だけで言うなら3ヶ月もあれば確実に入る。一人の元彼女を除いてだが。
雪丸と変な雰囲気になるのは嫌だと思っていたが、当の雪丸は相変わらずの調子だった。もともと距離感が誰に対しても異常に近い男だ。この雰囲気なら今までと関係性が変わることもなさそうだった。
「乗った」
雪丸が紫煙を吐き出しながら、まじまじと顔を見つめてきた。そして何か言おうとして、咳き込み始める。
「おま、……くっ、げほっ、ぶはっ――ははッ、そんなにシルバージム行きてぇの?」
「最近あそこに使いたい機械が入ったんだよ。高ぇから入会する気はなかったけど」
「早く言えよ。優しくするって約束したら入会金も出してやるよ」
「……いや、そこまではいい」
雪丸は片眉を上げて道慈の肩に手をかけた。
「優しくしたくねぇのか悪いと思ってんのかどっちよ」
「さすがに悪いだろ」
「安心した。なぁ、手始めに俺の抜いてみる?」
いまだに僅かに芯を持ったままのものを曲げた人差し指で差しながら、雪丸がニヤニヤと笑った。
「ふざけんな。早く風呂行け」
「ケチ」
「飯頼むか。なんもねぇだろお前んち」
「キムチならあるぜ冷蔵庫に」
「キムチ?」
「サンヨルが置いてった」
「誰だよ」
「たまに掃除に来てくれる韓国の兄ちゃん」
「お前家政夫まで雇い出したのか」
確かに言われてみれば、リビングのテーブルにかき集めたかのような万札がまとまって置いてあったのを見た。サンヨルの仕事だったらしい。
「部屋汚すぎて田中がくるの嫌がるんだよ。掃除してくれたら給料上げるって言ったのにそれも嫌がるし。そのくせ自分のデスクの周りだけめちゃくちゃ綺麗にしてやがる」
田中――たしか雪丸の動画の編集者だった。
「まあ毎日じゃねぇけど週一回くらいは田中のために呼んでやってんのよ。良い雇い主だよなぁ」
「自分で片付ける発想はないのか?」
「そもそも汚くねぇだろこの程度。田中が過敏すぎんだよ。松田も別にスタジオさえ綺麗ならどうでも良いって言ってるし」
至る所に服やら金やらゲーム機が散らかっていたリビングを思い出す。食べ物のゴミがほぼ酒類しかないのが唯一の救いといった有様だった。階数も高いからか、今の所虫は見ていない。
松田は雪丸のカメラマンだった。車が好きらしく、雪丸が客からもらった高級車に乗りたいがために積極的に雪丸の足になっていた。ホスト時代から職場への送り迎えをやっており、道慈の家にも迎えにきたことがあるので顔を合わせたことがある。
「シーツ変えるために明日サンヨル呼ぶか……シャワー浴びたらお前んち帰ろうぜ。寝る場所ねーし」
やっと立ち上がった雪丸を見送り、ため息をつきながらシーツを剥ぐ。一応義務教育までは野球部の規律の中で生きていたとは思えない生活能力の無さだ。
そもそもこの家の洗濯機はドラム式だから突っ込んでボタンを押せば綺麗なシーツが返って来るだけだ。洗剤を入れる手間すらない。
一応洗剤が入っているのを確認してから、シーツを入れて洗濯機のスイッチを押す。
それから濡れたバカでかいマットレスをベランダの引き戸近くに立てかけるようにして置いておく。こうすれば明日の朝以降日が差したら天日干しに近い効果が得られるだろう。
ついでに床に転がったダンベルを片付け、自動式掃除機の動線を確保してやる。すると待ってましたというかのように円盤が静かに寝室の中に入り、今度は床に落ちた別のものに当たった。シーツを変える際に床に転がった張り型だった。
なんとも言えない表情で道慈はそれを拾った。どうしようかと迷ってから、一応洗面所で洗っておく。
生々しい形のそれは張りでた亀頭のせいで抜くのに手間取った。張り型を抜き差しするたびに震えていた四肢が頭に浮かぶ。まってとしきりに声をかけながら振り向いた、焦りと快感が滲んだ苦しそうな顔。痛々しく限界まで拡がった穴。溢れる潤滑剤。太ももに当たった熱。
思い出しかけた光景をかき消すように濡れた張り型を窓枠に立てかけて干した。
あまり深く考えないようにしよう。道慈は心の片隅に浮かんだ小さな違和感から目を逸らした。
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