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第21話

 待ち合わせの時間に20分遅れて行くと、目立つ金髪が既にいた。雪丸との約束は時間が守られることがないので遅れていくのが当たり前になっていた。 「珍しいな、早いの」  細い椅子に腰掛ける。ギシリと音を立てたのに自分の体重に椅子が耐えられるのか少し不安になった。雪丸がタバコを咥えたまままじまじと顔を見つめてきた。相変わらず整った顔をしている。 「仕事以外でセットしてんの久々に見た。かっこいいじゃん」  前髪に触れようとしてくる手を掴んで下ろす。 「ここで飲んでたのか?」  雪丸がバーテンダーにハイボールのおいしいやつ二つと適当な注文をしてから答えた。 「いや、ソープ行ってた」 「お前よく金使うよな」 「必要経費だよ」  雪丸は当然だというように頷いている。女がいくらでもいるのにあえて性欲解消に金をかける意味が道慈には理解できなかった。1年間彼女がいるのにご無沙汰だった時ですら道慈はそんな店に行っていない。 「道慈は彼女もいねぇのに風俗もいかねぇ――あ、お前もしかして」  雪丸が合点がいったというように身を乗り出した。 「彼女できた? また」 「できてねぇよ」 「なんだ……よかった」  雪丸がほっとしたように息をついた。追い出されるのが嫌なのだろう。 「じゃあなんかやなことあった? 雪丸くんが聞いてあげる」  雪丸が頬杖をついて笑った。  雪丸に様子のおかしさを嗅ぎ取られていたことに居た堪れなさを覚える。  まさか職場でお前のAVが流れたので気まずくなったとは言えない。別に言ったところで雪丸は喜んで感想を聞いてくるだけなんだろうが。 「ただちょっと仕事で疲れてただけだ」 「仕事ね……俺がまた指名してやろうか? お前俺んちで遊んでりゃいいじゃん」 「いらねぇよ。前2日でキャンセルしただろ」 「全額払うっつったろ」 「そういう規約じゃねぇんだよ」  正直あの任務から解放されるなら飛びつきたいくらいだ。雪丸が誰かの手に汚されているところを眺めているくらいならただ無邪気に遊んでる雪丸を見てた方が百倍マシだ。  ただ、自分が抜けたら他の同僚があれを見るのかと思うとそれも嫌だ。もはや自分が何を望んでいるのかわからなかった。世に出ている以上誰もが見られる状況だというのに。 「……お前男優いつまで続けんだ?」 「わかんねぇ。なんで?」 「いつまでも続ける訳いかねぇだろ」 「まあな。勃起しなくなったらやめんじゃねぇ?」  雪丸はどうでも良さそうに言った。それいつの話だよと言いそうになり口をつぐんだ。これ以上は深入りしすぎだし、喋っていて面白くもない。  雪丸も露骨に不可解そうな顔をしていた。 「道慈は俺がAV出んのやなの?」  核心をついた質問に、にわかに喉が冷たくなるのを感じた。 「そりゃ、気分は良くねぇだろ」 「俺のAVで勃ってたのに?」 「やめろ」  目の前でマドラーを回しているバーテンダーの視線が痛い。 「道慈がどうしても嫌なら辞めてもいいぜ」  雪丸はタバコの煙を吐きながら笑った。本気なのか本気じゃないのかわからない。頭に今日の映像がフラッシュバックした。 「あの男同士のやつ、あれやめろ……」  ついに耐えきれなくなり、言ってしまった。雪丸が目を瞬いてから思い出したようにタバコの灰を灰皿に落とした。 「見たの?」  答えないでいると、雪丸の手が膝に乗った。細い椅子がまたみしりと音を立てた。 「どうだった? 待てよ、買ったってこと? まじ?」  目をキラキラさせながら聞いてくる。わかりやすく喜んでいる。 「いや副流煙みたいに受動視聴させられただけだ」 「人を有害物質みたいに言うなよ」  雪丸がわざわざ顔を近づけて煙を吹きかけてきた。  煙さに眉を顰めて顔を逸らす。頭を叩くと、雪丸がいてぇと言いながら笑った。 「何見たの?」 「6Pの……」 「新作じゃん。あれ結構面白くね? 自信作」  雪丸が自信満々で同意を求めてきた。今タバコを吸っている薄い唇が男根をかわるがわる咥えていたのを覚えている。 「面白ぇわけねぇだろ」 「あれはネタだから楽しまないと。お前何系が好きなの? そう言えば聞いたことねぇな」  恥を忍んでゲイビデオを見たことを明かしたのに完全に会話が流れかけている。 「そんなの知る必要ねえだろ。で、辞めんのか?」 「……感想教えてよ。そしたら考える」  雪丸がハイボールに口をつけながら流し目を向けてきた。 「なんつーか……気持ち悪くなった……」  道慈は素直な心情を吐露した。雪丸がぶはっと吹き出した。 「気持ち悪くなる前に見んのやめろよ」 「やめられる状況じゃなかったんだよ」 「受動視聴ねぇ……何が気持ち悪かったの? やっぱ男のケツってキツい?」 「それよりも状況が」 「状況って6Pが? じゃあ俺は? 気持ち悪かった?」 「見てて気分が悪かった」 「じゃあお前俺のこと開発してる時も気分悪いの?」 「いや、それは別に」  まるで尋問かのように雪丸は問い詰めてきた。 「別に……ね。まあギリってとこか」  雪丸は呟きながら虚空を見つめて煙を吐いた。 「どうじくんがそんなに嫌なら、まあ最短2ヶ月でゲイビはやめてもいいぜ」 「二ヶ月?」 「そう。どうせなら巨根入れてから辞めねぇとな」  たしかに拡張のタイムリミットまであと二ヶ月だった。 「お前は手伝うのやんなったらやめてもいいよ。可哀想だし」  雪丸が目を伏せて笑った。  手伝いに関しては、そもそも嫌だったら話に乗っていない。昔から雪丸の世話をするのが当たり前すぎてその延長線上にある行為に近い。  彼女を作れる状況ではないとは思うが、今は気になる人もいないのであまり関係ない。 「二ヶ月か……」  結局警護の依頼期間は新作が公開されつづける形だ。 「一度世に出たAVって回収できないのか?」 「……俺のAVの何がそんなに不満なのよ。嫌なら見なきゃ良いだろ」 「逆に聞くが俺がAVに出演して男に抱かれてたらどう思う?」 「なにそれ絶対買う」  雪丸に聞いたのが間違いだった。価値観が違いすぎる。 「でも他の男に抱かれんの見るだけってのはなぁ。そうだ、俺が共演するわ。抱いてあげる」 「お前に聞いた俺がバカだった」  道慈は今後の関係のために雪丸の言葉は記憶から消すことにした。誰が相手でも雪丸はこんなようなことを言うのだ。あまり真に受けても疲れるだけだ。  道慈が俺が男に抱かれたらなんて言う大変エッチな仮定をしだしたので思わずバーのトイレで一回抜いた。我ながら我慢のきかない下半身である。  雪丸は便座にパンツを下ろして腰掛けたまま額を押さえた。  問題は、前から薄々感じてはいたが、道慈が雪丸のウケ姿に嫌悪感を覚えているところだ。いっそ今から趣旨を変更してケツを狙おうか。どちらにせよまた一時休戦だ。道慈があんな状態なら少し休ませないと進むものも進まない。休んだところで進むかはわからないが、最悪関係さえ壊れなければいい。  そんなわけで今日は自分の家に帰ろうとした。すると道慈が不思議そうにうち来ないのかと聞いてきて、じゃあ行くとまんまと乗り、泊まってしまった。  そしてなぜか今、朝っぱらからジム帰りでシャンプーの匂いがする道慈に身体をマッサージされていた。  ――やってることゲイマッサージじゃん。  ソープ嬢に言われた言葉が頭をよぎる。いや服着てるしマッサージなんてガキの頃いくらでもしあったし。頭の中で一人言い訳しながら、この不可解な状況に突っ込むこともなく流されていた。  弾力のあるベッドの上で、雪丸は枕に頬を預けてうつ伏せになっていた。その上に道慈がまたがり、背中を丁寧に揉みほぐしてくれている。  Tシャツ越しに揉まれる感覚と、枕から感じる道慈の匂いだけで最初は勃っていたが、だんだんリラックスしてきてただ普通にマッサージの気持ちよさに身を任せている。若干眠たくすらなっている。  たしかに道慈に続きやると言われて、期待と不安に苛まれながら後ろも準備したのに。  しかもうつ伏せになっているせいで道慈の顔が見れないので表情から意図を読み取ることもできない。 「……んっ……」  道慈の太い指が腰にかかる。身体がわずかに震えた。そのまま尻を太い指でぐっぐっと押される。筋肉が解される感覚が気持ちいい。 「お前筋トレした後ストレッチしてんのか?」 「まあ……たまに」  飯が満足に食えている時は筋トレするのが習慣になっていた。基本雪丸は大きい子が好きなので道慈含めそういう子達の前で格好つけたいのもある。 「結構固くなってるぞ」 「うん……気持ちいい。俺も後でやってやるよ……」  眠気の中で言いながら、とても良い案だと思った。道慈の身体ならいくらでもマッサージしたい。うつ伏せにして裸にしてオイルまみれにして、そのまま形のいい尻に顔を埋めて舐めまくって、バックバージンをもらいたい。  妄想してたらまた勃ってきた。 「ん、……ふぅ、」  太ももと尻の間を親指で押し込まれるのが気持ちいい。  そのまま足もマッサージされ、ついに仰向けになれと指示をもらった。  勃ったりリラックスしたりを繰り返していた身体はちょうどリラックス状態で、道慈に促されるままにのろのろと仰向けになった。もはや今日は後ろをやらなくてもいいかもしれない。体も解されていっぱい触ってもらえて幸せだ。ちょっと寝た後にお返しにマッサージしてやって終わりにしよう。 「眠いか?」 「ん……どうじも寝よ……後で交代するから……」  鎖骨の下を指でほぐすようになぞられる。ぴくりと身体が勝手に反応した。薄く目を開けると、道慈の顔が見下ろしてきていた。癖で首に腕を絡ませようとすると、やんわりと退けられる。このまま抱き合って寝たい気分なのに。  胸筋を揉まれ、腰がぴくぴくと反応する。気持ちいい。胸の横を揉みほぐされると、声が漏れた。 「ふ……ぁっ……」  完全にリラックスした状態で、マッサージの気持ちよさと性感の気持ちよさが同時にくる。道慈は真面目な顔でマッサージしている。エロいことしようとしていないのに感じてしまう自分にだんだんと興奮してきてしまう。  すると道慈の手が離れて、今度は腕をマッサージしてくる。子どもの頃は自分の右腕を命よりも大切にしていたが、今はもうそんな価値もないものだとわかっている。  腕を揉み込まれていると、だんだんと興奮の波が落ち着いてくる。あるのはただ大好きな人に身を任せて構ってもらえる喜びと、懐かしいような安心感と、心地よさだけだ。  指を伸ばすようにぷらぷらされた後、Tシャツを胸まで捲り上げられた。道慈が両手を寒い時のようにこすり合わせながら見下ろしてくる。直接胸を触ってくれるのかと期待に唾を飲んだ。しかし期待を裏切って温まった手が腹に触れた。 「ん……」  温かい手が少しくすぐったくて身を捩る。 「ぅっ……、」  道慈の手が腹直筋を撫でていくのに合わせてピクピクと身体が震える。身体はリラックスしきってるのに、そこだけ反応してしまう。道慈の手が腹のタトゥの上を撫でる光景に頭が熱くなる。 「ぁ……は、んっ……」  鼠蹊部を親指で撫でられるとダメだった。ハーパンの上からじゃなくて直接触って欲しい。 「どうじ……」  脱ぎたい。言葉にできないままねだるように見つめると、ハーパンを脱がせてくれた。ボクサーパンツの前はすでに色濃くなっていた。  道慈の指が腰骨から肌の上を通って鼠蹊をなぞっていく。薄い布地の上からなぞられるのも気持ちいい。  このままずっと放置されているものを握って欲しい。前みたいにいっぱい可愛がってほしい。道慈の指が太ももの付け根を丁寧に押していく。  まだマッサージだった。でもこれも嫌いじゃない。  湿ったパンツが脱がされる。道慈が引き出しに手をかけたのが見えた。  エロいことしてくれる気あったのかとぼんやりとそれを見つめていると、腰の下に枕を挟まれた。期待に疼いていた穴が道慈の前にさらされる。  太ももの裏が持ち上げられ、濡れた指が穴に触れた。冷たさにぴくりと身体が跳ねる。 「ふぁっ……ああっ、」  ずっと待ち侘びていた直接的な刺激に自分でも驚くくらい大きな声が上がる。自分の声で頭が覚醒した。  慌てて手で口を覆った。一気に身体が緊張する。まずい。AVの何で道慈がキモがっていたかもっとちゃんと聞けばよかった。声なのか身体なのか。身体は今の所触られまくってるくらいだから声と顔か。確かに撮影の時はちょっと派手に喘いでる。でも今はそれ以上に喘いでしまいそうだ。  口を塞いだまま顔を逸らしてから、これじゃこっちも道慈の表情を確認できないじゃないかと気づいた。  入り口をマッサージしていた指が止まる。 「どうした?」 「な、んでもない」  もごもごと答える。 「雪丸、こっち向け。顔見えないと痛いのかわかんねぇ」 「……うん、」  言われるがままに道慈に向き直る。  顔ではなかったのだろうか。わからないままに手も下ろしてから、入り口をマッサージする手のくすぐったさに眉を寄せる。声を我慢すると、腹筋がヒクヒクと震えた。 「……余計なこと考えないで中に集中しろ」 「ん、」  頷いたものの、中の感覚に集中しすぎると声が出てしまうので結局半分くらいしか集中できない。節くれだった温かい指が関節を通してゆっくりと入ってくる。  もういっそこんな焦ったいやり方じゃなくて自分で穴に指を突っ込んで広げたい。でもそしたら道慈のやる事が無くなってしまう。 「息止めんな。雪丸、」 「ん、でも……ぅあっ、」  道慈の指がいいところを探り当てた。覚えてるんだ。嬉しさを覚えるも、慌てて口を手で覆った。  その手が道慈の手によって剥がされる。中の指が抜けてほっとしたような寂しいような気分になる。 「なんのために口塞いでんだ?」 「声、出るから……」 「出たらなんか問題あんのか?」  不思議そうに聞いてくる道慈にそっくりそのまま聞き返したい。お前が気持ち悪いって言うから抑えてんだろうが。こっちだって必死なんだよ。  しかしそれを自ら口にするのも憚られる。 「一応……」 「一応……? 身体緊張するからあんま我慢すんな。今日ちょっと拡げるから力抜いて欲しいんだよ」  ああそのためにマッサージしてたのかと合点がいった。真面目な奴である。そろそろ本格的にチップを渡さないとダメだろうか。 「引かない?」 「今更だろ」  確かに今更だ。雪丸はシーツを握った。道慈の指が中で動き出す。前立腺を撫で押すような動きに腰が跳ねる。 「うっ、ふぁっ、やば……! どうじ……!」  今日は前を触ってくれない。気持ち悪いのは男の象徴のことだったのだろうかと頭の中で小さな不安がもたげる。  前はたくさんいじってくれたのに。ゲイビ一本見ただけで気持ち悪くなるなんて。撮影して損した。  自然と隠すように膝が閉じていき、道慈の手に開かれる。直接的な快感のせいで道慈の表情がちゃんと確認できない。 「あっ……やだ、どうじ、……!」  道慈に見られたくない。つい顔を逸らすと、指が抜けた。寂しさに鼻が鳴った。 「雪丸、言うこと聞けねぇのか?」  道慈が見下ろしてくる。協力を仰いだくせに非協力的な態度の雪丸に若干イラついてるようだった。生理的な涙が浮かんだ目をこすりながら言い訳を考える。何も思い浮かばない。 「……だってぇ……」 「何がそんなに嫌なんだよ。恥ずかしいのか?」 「……うん」  恥ずかしいとはちょっと違うが、それにも近い感情だ。とにかく道慈に気持ち悪いと思われるのが嫌だ。ただの「幼馴染に無理矢理金でエロいことしてもらってるクソ野郎」から「嫌がる幼馴染に無理矢理金でエロいことしてもらってるゴミクズ野郎」に変わりつつあるのだ。 「……お前が? 恥ずかしいって感情あったのか」 「あるわ。ふざけんなよ」  頭に敷いた枕を胸に抱いてゴロリと横になる。  もはや道慈から嫌と言えないなら自分からもうやめると言った方がいいのかもしれない。こんなチャンス二度とないのに。頭の中で最善ではないが最悪にもならないためのカードを切るかを悶々と考えていると、なおも道慈が聞いてきた。 「撮影で慣れてんだろ?」 「現場に俺のことキモがる奴なんていねぇもん……」  少なくとも直接言ってくる人はいない。プロだから。 「キモがる……?」  言い直されてからつい本音を漏らしてしまったことに気づいた。 「ああ、俺が気持ち悪くなったって言ったこと気にしてんのか?」  今の状況を本人に要約された。目を合わせないでいると、道慈が納得したように言った。 「わりぃ、お前にそんな繊細な一面があるとは思わなかった」  枕を抱いたまま答えないでいると、道慈の手が頭に置かれた。分厚い手に雑に撫でられるのが気持ちいい。 「普通はダチが男とヤッてんの見るのはキツいんだよ。今は別に気持ち悪くねぇよ」  言って欲しいことをそのまま言った道慈に目を瞬く。これは本物の道慈だろうか。道慈は当然のことのように言ってるが、多分普通は友達の後ろを開発するのも同じくらいキツいはずだ。  しかし実際のところ雪丸にはそのキツいという感覚がなかったので、なんの違和感もなく道慈の言葉を受け入れた。 「……ほんとに?」 「あとはなんかあるか? 不安なこと。もう全部言え」 「俺のちんこ触るのやんなった?」 「ああ、触って欲しかったのか?」  頷くと、道慈が考えるように顎を触った。あとでな。  あとでってなに。疑問を口にする前に、道慈がまた聞いてきた。 「他は?」  もしかして今、やって欲しいことをリクエストできるタイミングなんじゃないだろうか。回復した雪丸の頭は打算の方向に回り始めていた。 「ほか、ほかは……もっと頭撫でて。抱きしめて。ちゅーもして」 「調子乗んな」  言いながらも道慈は少し考えるように黙ってから、体勢変えるかと呟いた。

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