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第27話
一週間かけてようやく新しい皮膚が張り始めた胸を見下ろして、雪丸はため息をついた。女と別れるのは難しい。せめてシチューを食った後に話し始めれば良かったのに、温め直している最中に話しかけたせいで煮えた鍋をぶん投げられた。咄嗟に避けたがTシャツ越しに熱々のシチューを胸に浴びる羽目になった。
結局その日は泣く女を宥めて、部屋を掃除して帰った。
不動産を営んでいる女だった。ホスト時代に5年でトータル一億以上は雪丸に使っていた。
年を取ったら骨ばって血管が浮いてきたのが嫌だと、細い手を触られるのをいつも嫌がっていた。雪丸はその手を握るのが好きだった。
自立している女だから別れを切り出しても冷静に対応されると思っていたので、予想外の反応だった。あんな風に取り乱している姿を見ると罪悪感を覚える。
他にも時折引っ叩かれたり蹴られたりしながら、連絡が来た女から順に関係を清算している。はっきり言って重労働だった。それも別に女のことが嫌いになったわけでも別れたいわけでもないので、泣かれると抱きしめたくなるし慰めたくなる。それができないまま別れることになるので後味が死ぬほど悪い。
田中がコーヒーを飲みながらまじまじと胸の火傷痕を見てきた。丸メガネの奥の目が引いている。
「昼ドラでしか見たことねぇよ、鍋かけられるとか」
「しかもなんか痒い。軟膏ねえの……ムヒとか買ってきて」
「現状働いてねぇのお前だけだから自分で買い行けよ」
「服着ると痒いから外でんのだりぃ」
田中が言うことを聞かないので松田を呼ぶ。松田は真剣な顔で雪丸が映っている画面の中にテロップを入れているところだった。
「今忙しいです。ムヒは多分やめた方がいいっすよ。火傷用のやつ買ってください」
「アイス買ってきていいから」
「ガキじゃないんすから……スタバにします」
ため息をついて松田が立ち上がった。雪丸のデスクに常に散らばっている万札を一枚掴んで尻ポケットに入れながら、リクエストを聞いてきた。律儀なやつである。
「アイスコーヒーとダッツ」
「せめてスタバにあるもんにしてくださいよ」
松田が面倒そうにぼやきながら薄手のジャケットを羽織って出て行った。
田中がパソコンを操作しながら聞いてくる。
「お前ダンス練習しないのか? 帰ってきて覚えてなかったらあいつキレるぞ」
「やる気でねぇ……胸かいーし。K-pop増えすぎなんだよ最近……なんでいちいち俺がコピーしなきゃいけねぇんだよ。本物見てりゃ良いだろ」
「元も子もねぇこと言ってんなよ」
「雪丸と道慈のカップル配信チャンネルにしたい」
「そうなったら絶対辞めるわ」
「24時間耐久セックス配信してぇ」
「セクハラで訴えるぞマジで」
雪丸はしょうがなく踊る予定のK-popアイドルの動画をデスクトップ上に開いた。やたらキレが良くて振りを覚えるのも一苦労だ。頭の中で振りを確認しながら手を僅かに動かす。
日々女からの連絡は減ってきているが、道慈の付き合いも悪くなっていた。遊びに誘っても予定があると断られる。避けられているとしか思えない。こんなこともあろうかと道慈の家にいくつか細々した荷物を置いてきて良かった。
そのうち取りに行くといって約束を取り付けなければ、道慈が足りなすぎて死にそうだ。ただでさえ女と別れまくったせいで一緒に寝てくれる人すらいなくなりつつあるのだ。
仕方ないので撮影以外でセックスしたくなったらそこら辺の女やら男やらを引っ掛けている。セックスは好き嫌い以前に必要だからやっていた。しないと渇いて渇いてしょうがない。寝つきもなんだか悪くなる。しかし道慈とやってから、どれだけセックスしても渇きが消えない。器の底が抜けてしまったかのように満たされない。それを満たすために必死になってやっている状況だ。せめて自分の女とできればいいのかもしれないが、女とは別れなきゃいけない状況だ。
当の道慈は一回やったとは思えないほどそっけない。八方塞がりだ。
触りたいとか言っていたのは幻だったのだろうか。雪丸だったら触りたい存在がいたら手の届くところに置いておく。道慈は違うらしい。それどころか、どちらかというと今の道慈の付き合いの悪さは彼女ができた時に近い。
雪丸はデスクトップの端に映った「今日は予定ある」という通知に、振り入れをやめて机に突っ伏した。
「今日も」の間違いだ。
最後に荷物を取りに行ってからもう三週間が経っている。この三週間、メッセージを辿ってみても今日は予定あるの定型文しか道慈から受信してない。
のろのろとスマホにメッセージを打ち込む。――明後日荷物取り行く。
今日が休みなので、明後日は朝交代の明け休みなはずだ。
――置いてった荷物ならもうお前んちに郵送したぞ。
すぐに返ってきた返信に雪丸はスマホを落とした。床に落ちたスマホがかつりと音を立てる。
「……泣いてもいい?」
「練習してこいよ早く」
「田中、今日飲み行こ」
「やだよ。なんでプライベートでもお前の顔みなきゃいけねーんだよ」
「おっパブ奢るから」
「オーラス?」
田中が即座に反応した。いつも猫背の背中がきれいに伸びている。
おっパブにハマりすぎて借金作ったようなアホが従業員でよかった。
「おっパブオーラスは流石に飽きんだろ……まずお前ボスの飲みに付き合えよ」
「おっぱいに聞いてもらえよ愚痴は」
「お前の指名いる店俺の女いるから無理」
「キャストとプライベートでもやってるとか本当死ねよ」
おつかいから帰って来た松田も誘ったが、バイトがあるとのことで断られた。
「雪丸さん3時から撮影するんで。それ以上は待ちませんよ」
「3時なら余裕」
あと30分あることを確認して、雪丸はアイスを開けた。スプーンで掬ったバニラ味を口に含みながら、軟膏をとって胸に塗りたくる。
「ガーゼと包帯も買ってきましたけど巻きます?」
「そこまでじゃねぇからいい」
「服ベタベタになりますよ」
「確かに。じゃあ巻いて」
松田がなんとも言えない顔をしてビニール袋を持ったまま寄ってきた。自分で巻けと言いたいがいうのが面倒だという顔だ。
松田が腕を上げろと言うので、アイスのカップを高く上げながら背中を背もたれから離す。ガーゼがあてがわれる感覚が痒くて眉が上がる。
田中がフラペチーノを啜りながら呆れたような顔をした。
「松田あんま甘やかすなよ」
「いやもうやった方が早いんで」
雇い主の前でこの会話である。くるくると手際よく包帯を巻かれながら、雪丸はアイスを口に含んだ。
「そう言えば雪丸さん、最近ゲイビ出てないっすね」
松田は神楽雪丸の顔面が好きという理由でカメラマンに名乗り出た男だった。一番最初の面接で全顔整形するなら神楽雪丸の顔にしますと断言した変人だった。
本人曰くAVだろうがゲイビだろうが神楽雪丸が出ている動画はすべてチェックしているそうだ。冗談かと思って流していたら、本当に課金していたことが判明した時は流石の雪丸も驚いた。田中はドン引きしていた。
今は雪丸が経費で会員費を落としてやっている。資料費という名の福利厚生にしたら、田中もちゃっかり会員登録して、上司が出演していないAVを見て楽しんでいる。
「ああ、ゲイビはもう辞めた」
「まじすか」
「道慈がやだって言うから」
「道慈さん流石っすね」
「俺のゲイビ見たかった?」
「いや……どうせなら俺が撮りたいっす。ゲイビもAVも竿の時あんま顔面映んなかったりするじゃないですか。視聴者は神楽雪丸の顔面を見たいんすよ。まあ神楽雪丸は体もすげえんですけど……やっぱ顔が一番っすね」
「いやお前だけだよそれ」
田中が口を引き攣らせている。
「俺は好きな女優出ててもこいつが男優だったら見んのやめるぞ」
「この前ライブ配信で一人エッチ配信やんないか聞かれてたじゃないすか。俺撮りますよ。俺が一番神楽雪丸をエロく撮れます」
「なんなのその自信」
田中が引いている。俺は編集しねぇぞ。
雪丸は椅子にかけてあったシャツを羽織りながら、気乗りしない顔を隠さなかった。
「一人でやんのつまんねーもん。箱準備すんのダリィし……」
「俺契約してきましょうか」
「お前そんな金困ってんの?」
「正直困ってます。AVやるより自分らで撮った方が雪丸さんなら利益率高いっすよ絶対」
「お前さぁ、稼ぎたいならボーイズバーなんてぬるいバイトしてねぇでホストやれよ。稼ぎ方教えてやろうか?」
「なんですか?」
「鬼枕」
「なんで彼女と結婚する前に他の女とやりまくらなきゃなんないんすか」
ぶつくさ文句を言っている松田を置いて、撮影部屋に向かう。
音楽をかけて鏡の前で何度か振りを確認してから、雪丸はタバコに火をつけた。
切り札にしていた荷物はもう使えない。合鍵は返していないのでいつでも行けることは行けるが、断られた日に顔を出したらただ追い出されるだけで終わりそうだ。猫の餌も自動給餌器でもつので理由にできない。道慈が仕事に行っている間に自動給餌器を破壊しようかと一瞬思ったが、バレたら出禁にされそうだ。
もう女全員と縁を切ったから遊んでとふっかけてみようか。
道慈に近づく算段を悶々と考えながら提供されたウォーターベッドのような乳を揉んでいると不意に頬を柔らかい手で包まれた。
「雪丸集中してなくない?」
指名で入った瞬間は、嫌がりながらも満更でも無さそうな顔をしていた女の声が、今は少し苛立っている。いつの間にか店内が暗くなっていた。テンポの速い洋楽が流れている。ダウンタイムだった。横から衣擦れの音と田中の激しい鼻息が聞こえてくる。
遅れて足の上に腰掛ける尻の熱でじんわりと太ももに汗が滲んでいることに気づいた。
「乳に夢中になってた」
ブラウスのボタンを開けると、豊満な胸が弾けるようにして露になった。ブラウスの中の素肌に直接触れながら、片手で小さな後頭部を掴んで口付ける。
リップグロスの人工的な味がする。いつもの味だった。以前デパートのコスメ売り場で、ピーチとストロベリーのどちらのカラーにするかで1時間も付き合わされたのを思い出す。もうどっちも買ってやるから日替わりでつけろよと言ったら、そういうのじゃないんだよねと結局オレンジを買っていた。嘘だろと思った。
歯列をなぞって舌を入れると、だんだん興奮してくる。小さな舌が必死についてこようとするのが可愛い。この後この女とも別れなきゃいけないと思うと、寂しくて虚しくて、気がついたらソファに押し倒していた。
「ちょ、雪丸、やりすぎ……!」
「ちょっとだけ……だめ?」
「いや、だめだって……! バレるから……ぁッ」
明かりついたら戻るから。耳元で囁いてボクサーパンツ越しにいきり立ったものを押し当てる。長めのブラウスの中でぐちりとどちらのものかわからない水音が響いた。
間違いなく痛客の振る舞いだが、女は必死に声を我慢してくれた。
電気がついた瞬間押し倒した身体ごと起き上がって膝に乗せ直すと、女が息も絶え絶えに肩に顎を預けてしなだれかかってきた。黒服の視線が痛い。
パンツのファスナーを上げながら口を開いた。
「……ボトル入れて良いよ」
ファスナーを上げ切ったのを確認して膝から降りた女は、ブラウスのボタンを閉める手を止めて目を輝かせた。ありがとーと抱きついてくるのが素直で可愛い。
乱れた頭を直すように撫でてやる。
「じゃあモエ入れるね」
お願いしまーすと女が手を上げた。
結局一回だけ延長して、指名が被ったので出てきた。と言うよりもう一回ダウンタイムでやらかしたら出禁になっていただろう。
「お前やりすぎだろ……、ミサちゃん止めようかめちゃくちゃ迷ってたぞ」
ミサは田中の指名だった。隣の異変に流石に気づいていたのだろう。多分ソファも揺れていた。
「ああいうの本当はダメだからねって俺が何回もミサちゃんに牽制される羽目になったじゃねーか」
「……我慢できなかった」
普段なら前戯にいくらでも時間をかけられるくらいには心に余裕があるのに、今回はだめだった。
結局アフターの約束はしてくれたが、アフターに行ったらやるどころか別れなきゃいけない。やってられない。
「そこを我慢して喋ってムラムラして喋ってムラムライライラしての繰り返しが良いんだよ」
メガネの奥の目が能天気にでれでれしている。
「変態かよ」
田中と少し飲んでから解散して、仕事を上った女と合流した。ホテルで一息ついた後、別れを切り出した。間髪入れずにビンタされた。なんかおかしいと思ったらそういうこと!? 死ねよ! クソヤリチン! つーかやる前に言えよ!
真っ当な罵倒だった。女がカバンを忘れたままホテルから出ようとしたので渡そうと腕を掴んだら、触んじゃねぇよと怒鳴られてカバンを引ったくられた。
そして今日は朝イチ撮影である。女達の怒りの形相や泣き顔が夢に出て、まともに寝れていない。
エナジードリンクを飲んで朝の撮影に臨んだところ、潮を吹く予定の新人の女優が緊張してなかなか吹けず、死ぬほど優しくして宥めて愛撫して数時間後にやっと吹いた。もはや女優もスタッフも雪丸も感動のあまり泣きそうだった。
酷使された右手はいまだに震えている。
「雪丸さん、ほんとすいません……! もう潮吹きの仕事は受けないです」
帰り際に女優が駆け寄ってくるなり頭を下げてきた。
「気にすんなって、良い声出てたし良い画撮れたんじゃねぇ? 痛いとこねぇ?」
「痛くないです、ほんとにすいません、ありがとうございます」
女優の目にはプレッシャーのあまりか、涙が浮かんでいた。
「まだ三本目だろ? 上出来。よく頑張ったな」
半分寝そうになりながら適当なことを言って女優の頭に手を置いてから、現場を後にした。迎えにきた車の後部座席に乗った瞬間、瞼が落ちてきた。
雪丸さん、そういえば今日のすぽっちゃのコラボ、オールになったらしいですけど連絡見ました? 寝落ちる間際に松田の声が聞こえた気がした。
もう道慈を、道慈を吸わなきゃ死ぬ。
他の配信者とコラボし、アミューズメント施設でオールで勝負する撮影が終わった後、そのまま打ち上げをすることになった。身体を動かしている間は目も冴えていたので楽しいことは楽しかったが、眠たすぎるし、疲れた。打ち上げの途中で雪丸は眠気が限界を迎え、コラボした配信者グループのふっくらした男の膝を枕にして寝ていた。
その画像がSNSでバズったらしく、酔っ払った配信者グループからお礼の電話をもらった。電話を切った瞬間、通知画面に田中の文字が映る。お前タバコのポイ捨て晒されてるぞ。いい加減にしろバカ。載せられたURLを開かないままスマホをポケットにしまった。
どうでもいい。もうバズろうが炎上しようが全部どうでも良いから道慈の匂いを嗅ぎたい。
道慈の部屋に着いた瞬間、道慈の家の匂いの安心感で身体の芯から力が抜けた。ソファに静かに倒れ伏す。今日は道慈は朝上がりのシフトなので昼飯時のこの時間は寝ているはずだった。本当は寝室のベッドに潜り込みたかったが、嫌がる道慈に縋り付く体力も気力もない。
カーテンを閉め切った室内はわずかに肌寒かった。着ていたジャケットを車に置いてきてしまっていた。もう松田は自分の家に向かっている頃だろう。毛布を出すのも億劫で、自身の身体を抱きしめて丸くなる。
大五郎が寄ってこないということは寝室で一緒に寝ているのだろう。羨ましい。
ぼんやりとそんなことを考えながら眠りについた。
寝返りを打つと、ふわふわしたものが肌に触れる感覚があった。温かい。しばし身体にかかった毛布を抱きしめた後、洗面所に向かう。
ちょうど髪をセットしている道慈がいた。
「歯ブラシ」
でかい体の隙間から手を伸ばして、届かなかったので道慈の背中を叩く。
「お前もう泊んなっつったろ」
道慈の手が歯ブラシと歯磨き粉を寄越してきた。まだ歯ブラシが残っている事実に安心しながら、歯磨き粉を絞り出す。昨日歯磨きも忘れて寝たせいで口内環境が最悪だった。
「……デート?」
友達と飲む時でも道慈が髪をセットしているときはあるが、いつもよりセットの仕方が丁寧だ。見た目はいつものセットと大して変わらないが。
歯ブラシを咥えながらじっとりと見つめると、道慈が目をそらした。
「なんでもいいだろ」
「よくねぇんだけど。俺の誘いは全部断っといて自分は毎日女とデート? ありえねぇ」
「毎日じゃねぇしお前に言われる筋合いねぇよ」
「やっぱデートじゃん」
雪丸はもう嫌になって歯ブラシを咥えたまま洗面所の床に座り込んだ。
こっちは苦労して女と別れてどんどん孤独になっているのに道慈はちゃっかり他の女と恋愛を始めている。
ひどい。報われない。人生つまんねぇ。
「もう付き合ったの? 紹介しろよ」
「まだ付き合ってねぇし紹介するわけねぇだろ」
あり得る未来の話になっている。最悪だ。
「もう俺とはやんねぇの?」
「やんねぇだろ……」
道慈がわずかに上を向いてため息をついた。まるで思い出したくない黒歴史を頭に浮かべてしまった時のような反応だ。雪丸にとっては最高の記憶なのに道慈にとっては忘れたい記憶なのだ。
もう全部投げ出したくなった。
「……やり捨て野郎」
道慈が嫌そうな顔をして振り向いた。
「お前に言われたくねーんだよ」
「俺はやり捨てたことねぇもん」
「誰とでもすぐ付き合うからだろうが」
「だから今別れてんじゃん。お前が人のもんに手出したくないって言うから」
「はぁ? 別れてるって誰と」
「女と」
道慈が見下ろしてきた。切れ長の目が何度か瞬きした。
「……お前が? 女全員と?」
「まだ全員じゃねぇけど……道慈が彼女つくんなら俺も別れんのやめるから、エッチしよう」
完全に別れ損だったし、女たちに申し訳ない。
しかしどうせ雪丸と付き合っていても彼女らは幸せにはなれない。根本的な価値観が違うし、どちらも譲る気がないからだ。彼女らにとっては別れて正解だったのだろうと頭では理解できる。感情はそうもいかないが。
道慈が信じられないと言う顔で見下ろしてきた。
「なんでそうなんだよ……」
「だってもう女と別れんの、泣かれるしどうしようもできねぇし……しんどいんだよ。道慈が彼女つくんなら俺もいても良いじゃん」
「別にお前に女いることに口出しする気はねぇけど、やろうって話にはなんねぇだろ」
「じゃあやっぱ俺は別れなきゃいけないってこと?」
「だから……なんでそう……アホなのか……?」
道慈が苛ついたような困惑したような目で見下ろしてきた。
「どうしたら道慈は俺のこと触ってくれんの?」
「もう触んねぇから。忘れろ」
「触りたくなるっていったの嘘?」
「全部忘れろ」
「……ならただの親友だから俺家にいても良いよな」
「良くねぇ。一旦頭整理させろ」
道慈がため息をついて洗面所から出て行った。
雪丸はのろのろと立ち上がり、何度か口を濯いでから顔を洗い始めた。久々に道慈の洗顔フォームで顔を洗った。顔がスースーする。
その後今日は約束あるから帰れと言われて、雪丸は口を尖らせた。
「女連れてくるから?」
「そうは言ってねぇだろ」
「ならいてもいいじゃん」
「……じゃあ女連れてくるからもう帰れ」
雪丸は3Pしよと言いたかったが、道慈が家から叩き出す寸前の顔をしていたのでやめた。
道慈は女を作ろうとしてるし、触ってもくれないし、何を言っても否定される。希望もないので早く元の関係に戻りたいのに、そうもいかない雰囲気だった。
わずかにあった懸念が現実になろうとしていた。道慈の親友でも何者でもない何かになろうとしていた。
道慈の言う通り、今は道慈を少し休ませなきゃいけない時だということは頭ではわかっている。しかし彼女ができてしまうかと思うと心が焦る。また道慈が独占されてしまう。
雪丸はため息をついて玄関に向かった。
道慈に彼女ができても、今まであの手この手で妨害工作をしてきた。次もそうすれば良いだけだ。
とてもじゃないがそんなふうに思う余裕はなかった。手が届くかと思った直後にそれをやられたら、もう無理だ。
「雪丸」
「なに」
スニーカーに足を入れながら答える。道慈も出るらしい。これから女のところに行くのかと思うと優先されている女が羨ましい。
「明日時間あるか? 一回ちゃんと話そう」
振り向くと、道慈が壁に手をついて見下ろしてきていた。至近距離で見下ろされ、考える前に口を開いていた。
「じゃあ女作んないで」
女とデートしてないで俺とだけ遊んでほしい。俺のことだけ見てほしい。
抑えていた欲望が溢れそうになるのを唾と一緒に飲み込む。
道慈の喉仏がわずかに動いた。
「……最初からそう言えよ」
道慈が頭をかきながら、詰まった息を吐いた。
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