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第28話

   昔から雪丸との距離感が近すぎるとか、雪丸を甘やかすなとは周りからよく言われていた。一月ほど前それが限界突破した結果、道慈は生まれて初めて男を抱いた。  雪丸のゲイ男優業を辞めさせられたのでそれ自体はもういい。どちらかというと幼馴染の男相手に、ふとした瞬間にまるで彼女にするかのように触れたくなるのが問題だった。  しかも当の雪丸は何も考えずに誘ってくる。抱えている女達への罪悪感など感じないのだろう。気を抜いたらこっちが女から男を寝取る頭のおかしい間男になりそうだった。  気色悪い展開を避けるために雪丸と距離を置いた。会わなければ一時の気の迷いも風化すると思ったのだ。  そのタイミングでちょうど同僚に女性を紹介された。良い機会だと思い何度か飲みに行った。華奢で茶髪の巻き髪が綺麗な女性だった。回数を重ねるうちに次第に打ち解けて敬語じゃなくても良いと言われた。  いつもだったらこのあたりで行動に移すはずなのに、どうも動く気が起きない。小さくて綺麗で、常識もあって賢く、話も通じる。好みの女性だった。  それなのに頭を占めるのは、そこそこタッパのある、バカで非常識で話の通じない野郎だ。  女作んないで。そう言った切実な顔が頭から離れない。  認めたくないが、もはや認めるしかない。  洗面所で歯ブラシを咥えたまま床に足を投げ出し、意味不明な理論を振りかざしてきた姿を思い出す。  まさか雪丸が女との関係を解消しようとしているとは夢にも思わなかった。そして案の定そのせいで消耗していた。   雪丸の弱っている姿はできるだけ見たくない。自分のせいならなおさらだ。  明日話そうと言ったのは、雪丸の現状を確認するためだった。そんなに辛いならやめろと言わなければいけない。  道慈に雪丸の交友関係を制限する権利などないのだから。    結局女性とは何も進展しないどころか、バーで若干距離を詰めてくれたのをやんわり避けてその日の夜が終わった。物を取るふりをして距離をとったとき、女性の表情が一瞬固まったのが視界の端に映っていた。  その後も普通に会話は続いたが、もう食事に誘われることはないだろう。  翌朝はいつも通りジムに行き、シャワーを浴びてプロテインを飲んでから、業務スーパーで買った牛肉と玉ねぎを炒めていた。  玄関でがちゃがちゃと音が鳴り、合鍵を回収しないといけないことを思い出した。  雪丸がキッチンに顔を出すと、女物のシャンプーの匂いがした。 「これなに? 俺も食う」  木べらでフライパンをかき回しながら目を向けて、息を呑んだ。  「お前首どうした?」   雪丸の首には青紫の痕が残っていた。首を一周するような鬱血痕が何重にも重なっている。  暗い部室の中で上級生に囲まれて痣だらけになっていた姿が頭に浮かぶ。 「昨日の夜なんも食ってねぇ、腹減った」 「これは?」  フライパンの火を止めて肩を掴むと、雪丸が首を傾げた。 「そんな痕残ってる? ちゃんと見てねぇわ」  まあすぐ消えんだろ。喉乾いた。雪丸が冷蔵庫からウーロン茶を取り出した。水切りラックのグラスに伸ばされた手首を掴む。雪丸が僅かに眉を顰めたのを認めて、遅れて力を入れすぎた事に気づいた。  掴んだ手から力を抜く。 「何があったか言え」 「最後の思い出に首絞められただけ。一晩中付き合ったらこうなった。全然死なないじゃんってびっくりされた」  開いた口が塞がらないとはこのことだった。つまり女を振ったら殺されそうになったと。  雪丸の手がグラスを取った。 「俺が死なないんじゃなくてあいつが殺す勇気無かっただけだけどな」  雪丸はウーロン茶を飲みながら笑った。  道慈は頭が痛くなるのを感じた。 「お前は何をしてんだよいったい」 「流石に死にそうになったら止めるって」 「死にそうになったらじゃ遅ぇだろ……」 「俺大盛りにして」  雪丸はそれだけ言ってソファに寝転がって携帯をいじり始めた。  確かに雪丸の女はホスト時代に雪丸に金を使っているのもあってか、執着が大きいところがあった。昨日しんどいと言っていたのは本音だったのだろう。しかし今日はどちらかと言うとなんともなかったかのような態度だ。  つまりこれはただの強がりだ。内面がボロボロになっている時ほど外面を装うのは昔から変わっていない。男なんて多かれ少なかれそうかもしれないが、雪丸の場合周りで起きていることがいつも異常だった。  これは自業自得の範疇なのか、道慈には二人の間で何があったか知らないので判断できない。何千万も雪丸に使って、好きあっていると信じていたらこうなるのだろうか。  どんぶりによそった牛丼をカウンターに置くと、音に反応した雪丸がソファから立ち上がってカウンターに座った。 「道慈の飯久しぶり」  隣に腰掛けて自分も食べながら、視界の端にちらつくグロテスクな痕にだんだん腹がムカついてくる。なんで雪丸の周りはこうも雪丸を大事にできないやつが多いのか。  そもそも本人が自分を大事にする気がないのが原因だろうが、もっと先を辿ればその発想を育めるような家庭環境ではなかった。あの時もうちょっと何かをしてやれれば変わったのだろうか。  というより問題は今だ。十年以上経った今現在も雪丸がそのままで生きているのが問題なのだ。たくさんの女に囲まれてもまるで変わっていない。 「あと何人女いるんだ?」 「四人」 「じゃあもうその四人と別れたらで良い」  道慈はたった今、今日ここに雪丸を呼んだ目的とは真逆の決断をした。  雪丸が自分を消耗品のように扱う態度が気に入らない。  他者から十分に愛情を注がれれば、そんな態度にはならなくなるだろう。  「触ってくれる?」  雪丸がどんぶりを持ったまま振り向いた。大きな目が期待に輝いている。 「付き合おう。お前のその根性叩き直す」  もう雪丸の女には期待できないので、雪丸はもらうことにした。頭のおかしい間男になっても知るかと思った。   中坊の時できなかったことを悔いるよりもその方がよほど生産的だ。   雪丸がもぐもぐと口を動かしながら目を瞬いてから、訝しげな顔をした。 「……突き……根性……?」 「お前は一刻も早く女と別れろ」 「別れたら触ってくれるってこと?」 「ああ」  付き合ったらもう我慢しなくて良いので当然触る。そういう意味で頷いたら、雪丸が箸を取り落とした。 「あと無駄に怪我すんな。ビンタ一発くらいまでにしとけよ」  雪丸が椅子から降りて箸を拾いながら苦笑いした。 「実際ビンタが一番多いぜ。まあしょうがねぇよ。捨てられない限り俺はあいつらと別れるつもりなかったから、そういうふうに接してたし。裏切ってるわけよ」  雪丸の基準はそこにあったらしい。浮気は裏切りに入らないが、自分から別れるのは裏切りに入るようだ。 「……なら、死なない程度にしろよ」 「はは、俺が死ぬの嫌?」  カウンターに箸を置きながら、背もたれに手をついて雪丸が覗き込んでくる。 「当たり前だろ」  雪丸が笑った。相変わらずだね、お前。  

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