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第7話 刻印の朝、蜜獄の予習

1. 愛の代償:鏡の中の猛獣使い 美月が旅立った翌日の朝。 官舎の洗面所に、「班長」の威厳をかなぐり捨てた直人の怒声が響き渡った。 「……おい、レオン!! ちょっとこっち来い、今すぐだ!!」 寝癖もそのままに、 鏡の前で凍り付いている直人の首筋から鎖骨、 さらには胸元にかけて――。 そこには、まるで縄張りを主張する猛獣に噛みつかれたかのような、 鮮やかな赤紫の「独占の印」が無数に散らばっていた。 ドタドタと廊下を駆けてきたレオンは、 あろうことか、焼きたてのトーストを口に咥えたまま、 実に晴れやかな、一点の曇りもない笑顔で現れた。 「……おはようございます、直人さん。朝から元気ですね」 「元気なわけあるか! これを見ろ、これ! お前、昨日何て言った!? 『無理やり挿入はしない』とか『優しくする』とか、殊勝なこと抜かしてただろ!」 直人はTシャツの襟ぐりを大きく広げ、 自身の肌に刻まれた「愛の代償」をレオンの眼前に突きつける。 整備士として長年鍛え上げた、無駄のない、 しかしどこか色気を帯びた直人の白い肌。 そこに浮かぶ濃淡さまざまなキスマークは、 昨夜のレオンがいかに理性を失い、貪欲に直人を味わい尽くしたかを無言で物語っていた。 「……ああ、綺麗ですね。僕の色に染まっていて」 「綺麗じゃねえよ! 今日からまた仕事なんだぞ! こんな跡、ツナギの隙間から見えたらどうすんだ。班員たちに何て説明しろってんだよ!」 直人は顔を真っ赤にして詰め寄るが、 レオンは微塵も怯む様子を見せない。 それどころか、じっとその跡を見つめる碧い瞳には、 うっとりとした悦びさえ浮かんでいる。 2. へこたれない大型犬の「正論」 「正直に言えばいいじゃないですか。『愛するパートナーに、一晩中愛でられました』と」 「言えるかバカ! 殺す気か!」 「……不思議ですね。直人さん、昨夜はあんなに僕を求めて、自分から唇を寄せてくれたのに。あの熱い吐息も、僕の名前を呼ぶ声も、全部この印に刻まれているんですよ」 レオンは一歩、また一歩と距離を詰め、逃げようとする直人の腰に、迷いなくその逞しい腕を回した。 「……っ、それは、お前が……っ」 「僕が、何ですか?」 至近距離で見つめられる、 若く、圧倒的な熱量を持ったエリートの瞳。 昨夜、直人のすべてを飲み干そうとした「捕食者」の顔がふっと脳裏をよぎり、 直人は言葉に詰まる。 直人にとってレオンは、 もはや単なる「優秀な部下」でも「家族の居場所を守る協力者」でもない。 自分を翻弄し、同時に誰よりも深く慈しんでくれる、愛する「男」なのだ。 真剣に、 そして必死に怒っている直人の姿は、 レオンの目には最高に愛らしく、 そして「もっと汚したい」という サディスティックな欲求を刺激する最高のスパイスでしかなかった。 3. 蜜月の約束と、つむじへのキス 「……はぁ。もういい、話にならん。……とにかく、今日からは絶対に跡をつけるなよ。いいな?」 深いため息をつき、ようやく諦めたように肩を落とした直人。 だが、その耳たぶがまだ赤く染まっているのを、レオンは見逃さない。 「今晩からは善処します。……ですが、あなたがそんなに可愛い反応をするなら、自信はありません」 「レオン!!」 「冗談ですよ。……さあ、朝食にしましょう。今日は直人さんの好きな厚切りベーコンを焼きました」 レオンは怒り心頭の直人を宥めるように、その体を優しく引き寄せた。そして、怒気を含んだ直人の髪に鼻先を埋め、柔らかなつむじに、羽毛が触れるような甘いキスを落とす。 「……今晩も、楽しみですね。直人さん」 「……っ、……もう勝手にしろ」 吐き捨てるように言いつつも、直人はレオンの胸に自分から額を預けた。 突き放しきれない甘さと、逃げられないほど深い独占欲。 二人の「一週間の蜜獄」は、始まったばかりだった。 4. 職人の予習:対等であるための流儀 基地内。 直人は数十年ぶりの腰の奥に残る違和感と、無理やりの排出による気だるさの中 整備工場での業務をこなしていた。 (……あいつ、あんなに……がっついてくるとは思わなかった……) スパナを握りながら、ふと思い出される昨夜のレオン。 普段のポーカーフェイスはどこへやら、 自分のすべてを飲み込もうと貪りつくしてきた、あの碧い瞳。 直人は、自分の頬が熱くなるのを自覚し 慌てて作業に集中しようとした。 だが、職人気質の直人は、そこで立ち止まらなかった。 (……お互いが望んでやってることだ。いつまでもレオンに、準備から何から任せっぱなしなのは、対等じゃねえだろ。……次は、俺がもっとスムーズに、あいつを受け入れられるようにならねえとな) その「真面目すぎる誠実さ」が、直人をある行動へと突き動かした。 早めに仕事を切り上げ、 人目を忍んで買い込んだ道具を手に、 直人は脱衣所で一人、 鏡の前で四苦八苦していた。 「……っ、なんだこれ。……入り口、だけじゃダメなんだろ……」 不慣れな手つきで、洗浄器具を使い、自分の内側を整えようとする。 羞恥心に顔を真っ赤に染めながら、彼は必死だった。 少しでもレオンの負担を減らしたい。 少しでも早く、彼を迎え入れられる体でありたい。 「……ぁ, っ, ……これで、いいのか……?」 指先で自分の内側の熱を確かめ、 震える指で洗浄器具を押し込もうとした、その時……。 5. 捕食者の帰還:脱衣所の独占権 カチャリ、と玄関の鍵が開く音がした。 「ただいま帰りました。直人さーん。」 「……っ!?」 直人が飛び上がるよりも早く、 脱衣所の扉が開いた。 そこには、まだ制服を崩しただけの、仕事帰りのレオンが立っていた。 洗浄の跡、 赤らんだ肌、 そして自分を迎え入れるために必死に身体を弄っていた直人の姿が、 夕闇の差し込むバスルームに無防備に晒される。 「…………直人さん。何をしているんですか」 レオンの声は、驚くほど低く、静かだった。 「……れ、レオン! あ、いや……これは、お前を待たせないように、俺なりに準備を……っ」 「……『準備』、ですか」 レオンの一歩が、直人の逃げ場を奪う。 「……ああ。お前にばかり手間、かけさせたくなかったんだよ。洗浄だって、拡張だって、時間がかかるだろ? ……準備不足で現場に立つわけにはいかないから……っ」 顔を真っ赤にして言い張る直人。 そんな彼を見て、レオンの喉の奥から、くくっと低く、 愉悦の混じった笑いが漏れた。 「……直人さん。あなたは本当に、最高に不器用で、愛おしい人だ。……でも、勘違いしないでください。面倒なんて、一思ったことはありません。むしろ、僕はこれを『楽しみ』に帰ってきたんです」 レオンは直人を後ろから抱き寄せ、その耳元で熱い吐息とともに囁いた。 6. レオン専用:塗り替えられる身体 「……あなたの体が少しずつ、僕を受け入れるために開いていく、その無防備な過程。それは僕だけが独占できる、何物にも代えがたい特権なんです。……それも含めての、僕たちのセックスでしょう?」 「……っ、レオン……」 「自分でやるなんて、もう二度と考えないでください。あなたのすべてを暴き、僕の色に塗りつぶし、作り変えるのは、僕だけの仕事ですから」 レオンの手が、直人の手から器具を優しく、けれど拒絶を許さない力で取り上げた。 「いきなりは無理ですよ。……昨日より、もっと丁寧に。僕の形に馴染ませてあげます」 レオンの指が、直人が自分で解きかけていた場所を、 上書きするように深く、執拗になぞり始めた。 官舎の薄い壁の向こう側で、夜が更けていく。 二人の呼吸は一つに混ざり合い、 直人の体は、レオンの手によってゆっくりと、 けれど確実に「レオン専用」へと書き換えられていった。

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