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第8話 1800日

美月のいなくなった静かな家は、 驚くほど静かで広かった。 カーテンの隙間から差し込む月光だけが、 リビングに立ち尽くす二人を照らしている。 5年。 1800日の夜。 その歳月は、二人の間に鉄壁の信頼を築いた。 だが同時に、 レオンの内側には、 狂おしいほどの渇望を澱(おり)のように、 そして煮え立つマグマのように溜め込ませていたのだ。 「……直人さん」 掠れた声で名を呼ぶと同時に、 レオンは直人を背後から、壊れ物を扱うように、 けれど逃がさないという強い意志を込めて抱き寄せた。 「……やっと、本当に、あなたに触れられる」 直人の首筋に顔を埋め、 レオンは深く、その匂いを吸い込んだ。 整備士の、油と洗剤と、そして体温が混ざり合った、 レオンが世界で一番愛する匂い。 直人の身体が、微かに震える。 それは恐怖ではなく、何かが終わると同時に 何かが始まる予感への、大人の男の諦めと期待だった。 レオンは直人の肩を掴み、 ゆっくりと自分の方へ向かせた。 月光に照らされた直人の顔は、 長年の屋外作業で程よく焼け、 整備士らしい逞しさを湛えていたが、 その瞳は、いつになく揺れていた。 「お前、……本当に馬鹿だな」 直人が自嘲気味に笑い、 レオンの頬に、節くれ立った手をそっと添えた。 「5年も待たせて、悪かったな。 ……俺みたいなおじさん、 ……お前の気の済むまで、好きにしろ」 その言葉が、最後のトリガーだった。 レオンの理性が、音を立てて弾け飛んだ。

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