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第9話 沈黙の残響、独占の痕跡
1. 基地に響く「沈黙の残響」
美月が旅立ってから三日目。
自衛隊基地の朝は、いつものように無機質なラッパの音と共に始まった。
しかし、整備班長・直人の内側は、昨日までのそれとは決定的に異なっていた。
ツナギの襟を一番上のボタンまで、
喉仏が隠れるほどきっちりと留め、
直人は大型航空機のエンジンの前に立っていた。
「……班長、今日えらい着込んでますね。風邪っすか?」
部下の無邪気な問いかけに、直人の背中に嫌な汗が流れる。
襟のすぐ下には、レオンが昨夜、獣のように貪りついた赤紫の烙印が、
まだ熱を持って居座っているのだ。
「……あ、ああ。ちょっと喉がイガイガしてな。気にするな、作業に戻れ」
ぶっきらぼうに返し、直人は脚立に登った。
だが、腕を伸ばすたびに、
昨夜レオンの指によってじっくりと時間をかけて「入口」を解された違和感が、
下半身から脳髄へと直接響く。
一方のレオンは、
幹部自衛官として何食わぬ顔でブリーフィングに出ているはずだ。
昼間の彼は、直人がかつて信頼した「非の打ち所がない部下」そのもの。
だが、その指が夜になれば自分を無慈悲に暴く武器に変わることを、
基地の誰も知らない。
(……クソッ、あいつ……「仕事に支障は出さない」なんて言っておきながら……)
直人は工具を握り締め、
自分を侵食し続けるレオンという毒を振り払うように、
必死で作業に没頭した。
だが、作業の合間にふと指先を見つめれば、
昨夜その指で自分の内側をなぞられた感触が蘇り、
強烈な目眩に襲われるのだった。
2. 夕刻の儀式:心を無にした「洗浄」
夕方、レオンより一足先に官舎へ戻った直人は、
真っ先に浴室へと駆け込んだ。
レオンが帰宅する前に、
どうしても済ませておかなければならないことがある。
それは、彼を受け入れるための「準備」
――洗浄だ。
鏡を見るのが怖かった。
鏡に映る自分は、どこからどう見ても「整備班長」の顔をしている。
しかし、その肌の至る所に散らばる熱い痕跡は、
自分が一人の男に組み敷かれ、弄ばれた事実を突きつけてくる。
(……レオンがいない間に、やっておかないと……)
直人はシャワーの音にかき消されるような吐息をつきながら、指を動かした。
まだ慣れない、奥へと続く未知の違和感。
指先が粘膜に触れるたび、昨夜のレオンの低い声が鼓膜の奥で再生される。
(……俺は、何をやってるんだ。……あいつに抱かれるのを、期待してるみたいじゃないか……)
顔が火が出るほど熱くなる。
だが、羞恥心とは裏腹に、身体は正直だった。
解されるほどに熱を持ち、レオンの存在を呼び求めるように震える。
「……っ、ふ……あ……」
心を無にしようと努めるが、
指が奥に沈むたび、
そこには確かに「レオンを受け入れたい」という本能的な渇望が
根を張っていることを自覚させられる。
それは、直人が一生かけて守ってきた「職人としての自尊心」が、
レオンという巨大な質量に押し潰されていく音でもあった。
入念に、身体を清め終えた直人が、
キッチンで夕食の支度を始めていると、
玄関の鍵が開く音がした。
3. 隙あらば仕掛けられる「キス」
「ただいま戻りました、直人さん」
制服を脱ぐ間も惜しむように、
レオンはキッチンへ直行し、
背後から直人を抱きすくめた。
「おい、レオン、まだ火を使って……んむっ……」
振り返る間もなく、深い呼吸と共に唇を塞がれる。
レオンのキスは、驚くほど強欲で執拗だ。
コーヒーの香りが残る唇を確かめるように軽く。
あるいは、肺の空気をすべて奪い去るような、重く甘い密約のように。
直人が「しつこい!」と突き放しても、
レオンは嬉しそうに目を細め、今度は耳朶を甘く噛む。
「……いい匂いがしますね。……直人さん、僕が帰る前に、もう『準備』を済ませてくれたんですね?」
「……っ、うるせえよ! 飯にするから、さっさと着替えてこい!」
「嬉しいですよ。……あなたの身体が、僕を待っていたと言っているようで。……さあ、食事にしましょう。今夜は、さらに深くあなたに僕の愛を伝えますね」
かつては「男同士」だの「上司と部下」だのといった常識が、
直人の足枷になっていたはずだった。
だが、レオンの烈しい熱量にさらされ続けるうちに、
そんな理屈はどうでもよくなっていた。
レオンの瞳に宿る、
自分一人だけを焼き尽くそうとする狂おしいまでの愛情。
それを受け止めてやれるのは自分しかいないのだと、
半分は諦め、半分は悦びに震えながら今日も直人はレオンの舌を受け入れる。
美月が旅立ってたった数日。
それだけで、自分の世界の中心がこれほどまでに入れ替わってしまったことに、
直人は内心で激しい驚きを覚えていた。
しかし、その驚き以上に、
レオンに執拗に求められ、侵食されている今の状態が、
驚くほど心地よく身体にしっくりと馴染んでいる。
もはや、このキスなしでは一日を始めることも終えることも想像もできない。
レオンのキスは、日常の一部として、
深く、深く根を張っていた。
4. 三日目の夜:指による「精密開拓」
夕食後、リビングの照明が落とされ、
寝室の重い空気が二人を包む。
「さて。昨日は入口のマッサージでした。今夜からは、本格的に『中』を広げて僕を受け入れる準備に入ります」
「……っ、待て、レオン。……明日も、仕事なんだぞ……」
「わかっています。だからこそ、ゆっくりと、時間をかけて『拡張』するんです。……職人なら、準備が不十分なまま実戦(本番)に挑む愚かさは分かっているでしょう?」
寝室に連れ込まれた直人は、今宵も
レオンの手によってゆっくりと入り口から開かされていった。
レオンの指が、
直人の内側の熱い粘膜を丁寧に押し広げていくように、
深く、執拗に沈み込んでいく。
昨日までの入り口とは違う、異物感と、それに伴う鈍い熱。
「……あ、っ、……やだ、……そこ、変な、感じ……っ!」
「変じゃありません。そこが、僕を一番欲しがっている場所ですよ。……ほら、もっと僕に抱かれることに慣れてください。……キスも、ハグも、そしてこの広げられる感覚さえも。……全部、あなたに与えられるのは僕だけです。僕の熱を感じて、直人さん。」
レオンの指が、直人の入り口から少し奥にある「しこり」を執拗に突き上げる。
精密な愛撫。
直人にとって、自分の身体が他人の指によって精密に作り変えられていく感覚は、
屈辱であると同時に、抗いようのない悦楽でもあった。
レオンは、直人の震える唇を再び深いキスで塞いだ。
舌が絡み合い、唾液が混ざり合う。
指で中を抉るようにマッサージされながら、
口内はレオンの唾液で充たされる。
上からも下からも、レオンという存在に侵食され、脳が白く染まっていく。
「……ぁ、レオン、……っ、もう、……壊れる、……っ」
「壊しませんよ。……あなたが、僕なしでは夜を越せないように、丁寧に『調整』しているだけです。僕を受け入れる。……覚悟はできていますよね?」
直人はもう、言葉を返せなかった。
ただ、自分の中に深く入り込むレオンの熱と、
執拗なキスの雨に、本能が震えるのを感じるしかなかった。
5. 深夜のベッド:無自覚な「兄貴」への独占欲
激しい熱の残響が、官舎の寝室にゆっくりと溶けていく。
幾度も絶頂の波に攫われた直人の身体は、
心地よい疲労と微かな痺れに包まれていた。
横では、満足げな表情を浮かべたレオンが、
当然のように直人の腰を抱き寄せ、その胸板に直人の後頭部をのせ、
直人に頬を寄せている。
「……なぁ、レオン」
「はい、直人さん。……まだ、眠れませんか?」
耳元に吹きかけられる熱い吐息。
直人は、自分を抱きしめる逞しい腕に手を重ね、ふっ、と自嘲気味に笑った。
「お前って、本当に……残念なやつだな」
「残念? 僕が、ですか?」
直人は首を回し、至近距離にある恋人の顔を見つめた。
月の光に照らされたレオンの顔立ちは、彫刻のように整っている。
若く、精悍で、将来を嘱望されているエリート。
基地中の憧れの的であるスターが、15歳も年上の男を、
夜な夜な泥沼のような情事で暴いている。
「お前ほどの器量と頭があれば、もっといい相手なんていくらでもいただろ。……なのに、こんなおじさんに一生を捧げるなんてな。ネジが飛んでるよ、お前」
直人の言葉に、レオンは一瞬だけ目を見開いたが、
すぐにクスクスと喉を鳴らして笑った。
そして、愛おしくてたまらないというように、直人の額に深い接吻を落とした。
「ネジが飛んでいるのは、今に始まったことではありませんよ。……それに、直人さん。僕にとっての『価値』は、階級や将来性で決まるものではありません。……あなたのその、油の染みた無骨な手や、僕にだけ見せる乱れた顔……それ以上に価値のあるものを、僕は知りません」
「……っ、さらっと恥ずかしいこと言うんじゃねえよ」
直人は顔を背けたが、レオンの抱擁は解かれない。
むしろ、その腕にはより一層の力がこもった。
「自覚がないのは罪ですね。……直人さん、あなたは自分が思っている以上に『かっこいい』んですよ。現場を束ねる頼れる兄貴分として、基地内でどれだけ人気があるか、本当に分かっていないんですか?」
「はあ? 何言ってんだ、俺はただの小言の多いオヤジだろ」
「いいえ。あなたがその気になれば、抱いてほしいと願う女も、……そして男だって、基地中に溢れているんです。僕がどれだけ毎日、周囲の視線からあなたを隠したいと思っているか……」
レオンの碧い瞳に宿る、
冷徹なまでの独占欲。直人はその熱に当てられ、
心臓が跳ねるのを感じた。
自分では「枯れた職人」だと思っていた部分を、
レオンは「最高の獲物」として、そして「愛すべき男」として全肯定してくる。
「……っ、バカ言え。……今更お前に手放されても、こっちが困るんだよ。……こんな身体にしておいて、無責任なこと抜かすな」
直人は吐き捨てるように言いつつも、
レオンの胸に自分から深く沈み込んだ。
その羞恥に染まった顔が、レオンの指先で優しく持ち上げられる。
「手放すわけないでしょう。……まだ眠れないなら、もう一回出しますか?」
「な……っ!」
レオンが布団の中で、熱を持った指先を直人の中心へと滑らせた。
「口がいいですか? 遠慮せず、僕の口に出してください。……全部、飲み干してあげますから」
そう言って、レオンがするりと布団の中に潜り込み、直人の中心を唇で捉えようとした。
「ま、待て! やめろって!……くっ、ああ……っ!」
直人は顔を真っ赤にして、潜り込もうとするレオンの頭を必死に抑えつけた。
「もういい! もう出ない!……お前、本当にしつこいんだよ!」
「ふふ、そんなに拒まないでください。……直人さんが、あんなに甘い声を出すのが悪いんですよ」
布団から顔を出したレオンは、叱られた子供のように、けれど満足げに微笑んだ。
「……明日も、明後日も、入校式が終わったその先も。ずっと、僕のそばにいてください」
再び唇が重なり、甘い沈黙が寝室を支配する。
直人は、残念な男への甘い敗北を自覚しながら、
同時にレオンの腕の中でこれまでになく烈しく、
そして甘くときめく心臓の音を聞いていた。
入校式まで、あと数日。
二人の蜜月は、いよいよ公私ともに分かちがたい深淵へと向かっていく。
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