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第14話 春宵の秘湯、「完熟」への誘い

1. 隠れ里の「新婚旅行」 駅から送迎の黒塗りの車に揺られること数十分。 辿り着いたのは、深い緑に飲み込まれるように佇む、 重厚な門構えの宿だった。 打ち水がされた石畳の玄関には仲居たちが整列し、 二人の到着を三つ指ついて出迎える。 「……おい、レオン。ここ、本当に予約したのか?」 直人は直感で、その場の空気から「桁」の違いを察知した。 「ええ。直人さんとゆっくり過ごしたくて、一番静かな離れをお願いしておきました」 「……お前、一泊いくらするんだよ、ここ。……。」 朝夕の極上懐石、 厳選された地酒、 全室離れの露天風呂付き。 あまりの豪華さに「半分出そうか」と言いかけたが、 直人はすぐに口を閉ざした。 (……いや、こいつのことだ。そんな提案、聞き入れるわけねえな) レオンはいつもの涼しい顔で、直人の背にそっと手を添えた。 「お気になさらず。……僕の『貯蓄』は、こういう時のためにあるんですから。それに、今回は特別です。新婚旅行なので、ちょっぴり奮発しちゃいました」 「……ちょっぴり、だと?」 その「ちょっぴり」の定義が自分とは絶望的に違うことを悟り、 直人は心の中で溜息をついた。 だが、レオンが自分との時間にこれほどの熱意を注いでいる事実は、 否定しようもなく胸を打つ。 (……分かったよ。今回はお前のやりたいようにやらせてやる……) 金の話は胸の奥に仕舞い込み、直人はレオンの差し出した手を取った。 2. 歓喜と戦慄:テラスの露天風呂 案内された離れの客室は、もはや「邸宅」と呼ぶべき広さだった。 「……おー! 風呂までついてる! すっげえ、離れにこんな立派なのがあんのか!」 直人は荷物を置くのももどかしく、テラスへ駆け出した。 なみなみとお湯を湛えた檜の露天風呂。 周囲を囲む深い森とせせらぎ。 「おーいレオン、見てみろよ! 24時間入り放題だぞ、これ!」 スーツのジャケットを脱ぎ捨て、 子供のようにはしゃぐ直人。 だが、その無防備な背中に、レオンの影が音もなく重なった。 「……気に入っていただけて、光栄です。あなたのその肌を……他の男に見せびらかすつもりはありませんから。……ここで、僕だけが、あなたを堪能させていただきます」 耳元で囁かれる低く熱い吐息。直人はゾク、と項を撫でるような感覚に肩を震わせた。 (……独占欲、強すぎだろ、こいつ……) 3. 整備士の危機管理:夕食までの逃亡劇 どきっとしたのも束の間、直人の脳裏に冷静な「計算」が走った。 (……待てよ。そもそも、身体中に跡を付けたのはどこのどいつだ? 大浴場に行けない原因を作ったのは、全部こいつじゃないか!) 犯人は目の前の、この麗しい王子様だ。 直人がツッコミを入れようと振り返った瞬間、 レオンの大きな掌が、吸い付くように直人の腰を引き寄せた。 服の上からでも伝わる、剥き出しの「熱」。 「……直人さん。……食事の前に、……少し、いただいても?」 「……っ、おい! レオン、手が怪しいぞ!」 直人の危機管理能力が最大レベルでアラートを鳴らす。 (ここで捕まったら最後だ。温泉を味わう体力も、豪華な夕食も、全部吸い取られることになる……!) 「だ、ダメだ! まずは風呂だ! 風呂に入って、さっぱりしてから飯だろ!」 「……お風呂なら、一緒に入りましょうか……」 「ダメだ! お前と入ったら、飯の前に俺が『完食』されちまう! ……いいか、レオン。俺は絶対に、夕食まで逃げ切ってやるからな!」 直人はレオンの腕をすり抜け、バスローブを掴むと脱衣所へと駆け込んだ。 背後で、 「ふふ……。いいですよ。……せいぜい、足掻いてみてください」 という、余裕たっぷりの声が聞こえた。 4. 湯煙のチェイス:逃げ場のない「整備」 直人は脱衣所で手早く服を脱ぎ捨て、タオル一本でテラスの檜風呂へと滑り込んだ。 (……よし、まずは一息。……あいつが来る前に、さっさと温まって……) ふぅ、と長い溜息をつき、夕闇が迫る森を眺める。だが、安らぎは長くは続かなかった。背後の引き戸が静かに開き、湿った空気と共に、あの男が足を踏み入れてきた。 「直人さん。……お湯加減はどうですか?」 「……っ、レオン! お前、……入ってくるの早すぎだろ!」 直人が湯船の中で身を固くすると、 レオンは事も無げに隣の洗い場へ腰を下ろした。 その手には、見覚えのあるポーチが握られている。 「……あ。……それ、俺が持ってきた……」 「ええ。カバンの中に大切に仕舞われていたので、持ってきました。」 レオンはポーチの中から、直人が「後でこっそり一人でやる」つもりだった洗浄器具を一つずつ、慣れた手つきで並べ始めた。 「……自分一人でやるのは大変でしょう? 粘膜を傷つけてはいけませんから、僕が責任を持って『準備』させていただきます」 「……っ、いいよ! 後で、……適当にやっとくから……!」 引き攣った笑みで固辞する直人に、レオンは手に取った洗浄ボトルを愛おしげに眺めながら、極上の微笑みを向けた。 「直人さん。夕食の時間を仲居さんに伝えなければなりません。……ですから、今、二つの選択肢から選んでください」 レオンは至近距離まで詰め寄り、両手に持った器具を軽く掲げてみせた。 「温泉でしっかり中まで温まってから洗浄するか。それとも、先に洗浄を済ませて、キレイになってからお湯に浸かるか。……さあ、どっちにしますか?」 「……選択肢、それしかねえのかよ……!」 「ええ。それ以外は受け付けていません。……さあ、選んで。でないと、夕食の時間がどんどん後ろにズレてしまいますよ?」 優しく、けれど逃走を一切許さない軍人の瞳。 直人は真っ赤な顔で 「……温まってからだ、バカ」 と、消え入りそうな声で答えるしかなかった。 「……賢明な判断です。では、ゆっくり温まってください。……その間に、僕が『準備』を整えておきますから」 レオンは楽しげに鼻歌を混じらせながら、洗浄液の温度を確かめ始める。その横顔は、大金を投じて手に入れた「直人を独占する時間」を、心底から謳歌している幸福感に満ちていた。 5. 逃げ場のない「整備」:檜の香りと熱い指先 檜の香りが立ち込める中、直人は肩までお湯に浸かり、 逃げ場のない心地よさと焦燥感に包まれていた。 隣の洗い場では、レオンが手際よく洗浄の準備を進めている。 「……直人さん、十分温まりましたね。こちらへ」 逆らえない響きに促され、直人は真っ赤な顔で湯船から上がり、 洗い場の椅子に腰を下ろした。 「……お前、本当に手際良すぎだろ」 「あなたの大切な場所を『準備』するのは、僕の生涯の任務ですから」 レオンは微笑みながら、温めた洗浄液を手に取る。 鏡越しに映る直人の体は、レオンが刻んだ「印」で埋め尽くされていた。 白い肌に点在する赤紫の痕跡。 それを満足げに眺めながら、ゆっくりと入ってくる洗浄液。 温かな液体の感触と、それを操るレオンの巧みな指使い。 確実に直人の奥へと侵入していく。 「……っ、レオン……!」 「力を抜いて。……大丈夫、僕を信じて、全て委ねてください。一番気持ちいい所を少し押しますね」 耳元で囁かれる低音。 無駄のない動きだが、その指先は驚くほど優しく、そして執拗だった。 直人は抗う術を失い、レオンの肩に額を預けて荒い息を吐いた。 洗浄という名目の愛撫。 直人の内側までもがレオンの色に染め変えられていく、あまりにも濃密な時間だった。 6. 完熟の夕餉:酒と視線の火花 「……っ、ようやく飯かよ……」 なんとか「準備」を終え、浴衣に着替えた直人は、 離れの食事処に並べられた豪華な料理を前に、安堵の溜息をついた。 洗浄の余韻で腰がまだ微かに震えているが、今は目の前の食事が唯一の避難所だった。 仲居が運び込むのは、目にも鮮やかな懐石料理の数々。 そして、レオンが選んだのは、この地で最高級とされる大吟醸だった。 「新婚旅行の初夜を祝して。……乾杯しましょう、直人さん」 グラスを合わせる。冷えた酒が、熱った体に染み渡る。 「……うめえ。……高い酒ってのは、味が違うな」 「気に入っていただけてよかった。……たくさん食べてくださいね。この後、また体力を使いますから」 レオンは酒を口に含みながら、獲物を品定めするような、熱を帯びた瞳で直人を射抜いた。 「……お前、まだやる気かよ。飯食ったら寝るぞ、俺は!」 「寝かせませんよ。……温泉で中まで温め、僕が隅々まで清めたんです。今のあなたは、一番食べ頃の『完熟』状態なんですから」 直人は地酒を煽り、視線を逸らした。 仲居がいなくなり、二人きりになった室内。 豪華な食事と芳醇な酒。 だが、 それらすべてが、レオンにとっては「メインディッシュ」である直人を より美味しくいただくための前菜に過ぎなかった。 7. 執着の果実:幸せな投資 食事を終え、再び部屋に戻る廊下で、 レオンは一歩前を歩く直人の浴衣姿を見つめていた。 少し乱れた裾から覗く足首、そしてうなじに残る、自分がつけた痕跡。 「……直人さん」 「ん、なんだよ」 振り返った直人の腕を引き寄せ、レオンはその額にそっと唇を寄せた。 (全財産を投げ打っても足りないくらいだ。この人が僕の隣にいて、僕の用意した場所で、僕だけに翻弄されている) レオンは直人の腰に手を回し、そのまま寝室へと誘う。 「明日の朝まで、外には一歩も出しません」 「……勝手にしろよ。……逃げらんねえのは分かってるからな」 直人の諦め混じりの、けれど受け入れるような言葉に、 レオンは至福の笑みを浮かべた。 窓の外では春の宵闇が深まり、 二人の「義務」が、再び熱を帯びて始まろうとしていた。

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