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第28話 エリートの化け皮、剥がれた後で
1. 奇妙な三人行
あの格納庫での一件以来、
一ノ瀬少尉を取り巻く環境は一変した。
「橘3佐の逆鱗に触れて消される」という周囲の予想を裏切り、
一ノ瀬はレオンから直々に「特別強化訓練」という名の超過酷なメニューを課され、
整備場では直人からミリ単位の妥協も許さない「職人教育」を受ける日々を送っていた。
そして、さらに奇妙なことに、
一ノ瀬は時折、二人の私的な夕食や飲みの席に
「教育の一環」という名目で呼び出されるようになったのである。
「……あの、失礼します」
横須賀の路地裏にある、隠れ家のような居酒屋。
一ノ瀬が暖簾をくぐると、そこには既に出来上がっている二人の姿があった。
基地内の一糸乱れぬ制服姿とは違い、ネクタイを緩め、
どこかリラックスした様子のレオン。
そして、相変わらずビールを煽りながら「遅えぞ、一ノ瀬」と笑う直人。
一ノ瀬は緊張の面持ちで末席に座ったが、
その緊張はものの数分で「深い呆れ」へと変わることになる。
2. 剥がれ落ちた「3佐」のメッキ
「直人さん、聞いてくださいよ……。今日、あのアメリカ海軍の連中が、直人さんの整備した機体をベタ褒めしていたんです。僕のパートナーが褒められるのは誇らしいですが、彼らの下卑た視線が直人さんの腰に注がれていたかと思うと、僕は嫉妬で夜も眠れません……」
「……はいはい。お前、それさっきから5回目だぞ。あとアメリカに謝れ」
一ノ瀬は、自分の耳を疑った。
基地内では「冷徹な剃刀」と恐れられる橘3佐が、
直人の腕にすりすりと頬を寄せ、粘着質な嫉妬を垂れ流している。
その姿は、威厳のある幹部などではなく、
ただの「重すぎる愛」を抱えた面倒な男そのものだった。
「だいたい直人さん、あなたは最近、僕への愛を疎かにしています。昨夜だって、僕が後ろから抱きついたのに、『疲れてるから寝ろ』って一蹴したじゃないですか。
僕はあの一言で、今日一日の業務効率が30%は低下したんですよ。これは国防上の損失ですよ」
「お前が夜中に元気すぎるのが悪いんだろ。……一ノ瀬、お前もなんか食え。こいつの愚痴はBGV(環境映像)だと思って聞き流せ」
直人は呆れたように一ノ瀬に焼き鳥の皿を差し出す。
一ノ瀬はそれを受け取りながら、目の前の「あほ3佐」を凝視した。
(……これが、あの『完璧な橘3佐』か? ……嘘だろ)
レオンはさらにエスカレートし、
「直人さんは、僕がいなければ、生活能力を喪失したただの可愛い人になってしまうんです」
と、もはや誇りなのか自虐なのか分からない自慢話を延々と続けている。
3. 一ノ瀬の爆発と、直人の「責任」
数時間後、酔いが回ったのか、
レオンは直人の肩に頭を乗せて
「直人さん……補充……早く帰りましょう……」
と、もはや完全に3佐の顔を捨てて甘え始めていた。
その姿を、一ノ瀬は冷めた目で見つめていた。
憧れていた「最強のライバル」のあまりに情けない実態。
そして、それを「しょうがねえな」と大人の包容力で受け入れている直人。
一ノ瀬の中で、何かがプツンと切れた。
「……班長」
「ん? なんだ、一ノ瀬。酔ったか?」
「いえ。……あの、マジで聞いてもいいですか」
一ノ瀬は、肩で眠りかけているレオンを指差して、直人を真っ直ぐに見据えた。
「……班長、マジでこんな『あほ3佐』、捨てて俺を選んだ方がいいんじゃないですか?」
「……ぶっ!?」
直人は飲んでいたビールを吹き出しそうになった。
「いや、本気ですよ。この人、基地では格好つけてますけど、家じゃただの依存症じゃないですか。班長の負担が大きすぎます。俺なら、もっと普通に、班長を大事にしますよ。こんな、補充だの洗浄だの言わない、健全な愛を!」
一ノ瀬の魂の叫びに、直人はしばらくの間、呆然としていた。
だが、やがて、直人の口から漏れたのは、低く、けれど温かい笑い声だった。
「……っ、ははは! 健全な愛、か。そいつも魅力的だな」
直人は、肩で小さく寝息を立て始めたレオンの髪を、愛おしそうに指で梳いた。
「……でもな、一ノ瀬。こいつがこうなっちまったのは、多分、半分くらいは俺のせいなんだよ。俺がこいつの無様なところを面白がって、甘やかして、『ダメになった責任は取ってやる』なんて言っちまったからな」
直人の瞳には、一ノ瀬が入り込む隙のない、深く根を張った愛情があった。
「俺がいないとダメなこいつを、俺も見捨てられねえんだ。……こいつをここまでアホにできるのは、世界中で俺だけだからな」
4. 共同作品の完成に向けて
「……。……完敗ですよ、本当に」
一ノ瀬は、残った酒を一気に煽った。
嫉妬する気さえ起きないほどの、強固な共依存。
レオンの「アホさ」は、直人という絶対的な安全基地があるからこそ開花した、
究極の信頼の証だったのだ。
翌朝、基地に現れた橘3佐は、
何事もなかったかのように冷徹で完璧な姿に戻っていた。
一ノ瀬に鋭い視線を向け、
「一ノ瀬少尉、今日の訓練は昨日の倍のGをかけます。覚悟しておくように」
と冷たく言い放つ。
(……よく言うぜ、あのあほ3佐)
一ノ瀬は心の中で毒づきながらも、
どこか晴れやかな気分で「了解しました、3佐殿!」と敬礼を返した。
皮肉なことに、
この夜を境に一ノ瀬は、二人の「共同作品」として
より一層過酷に鍛え上げられることになった。
レオンの理論と嫉妬、直人の技術と愛。
その両極端な二人を間近で観察し、
呆れ、そして尊敬し続けた一ノ瀬は、
数年後、横須賀で最も「部下思いで、かつ情熱に溢れた」エースパイロットとして、
その名を馳せることになる。
一ノ瀬の直人に憧れる気持ちは嘘ではなかったけど、
この後、大切な唯一と出会い前に進んでいく話はまた別のお話。
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