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◇小話 キャッチボール

 連日、最高気温を更新している、夏休み後半。  弦楽部の練習室には冷房がない。  窓を開けても、ぬるい風しか入ってこない。  七音はチェロを構えていた。  部屋の中では、みんながそれぞれ音を出している。  ヴァイオリン。  ヴィオラ。  誰かがポップスのフレーズをさらっている。  いろんな楽器の、いろんな曲。  音がごちゃ混ぜになって耳に届く。  集中できない。  七音は楽譜に目を落とし、チャイコフスキーのフレーズを繰り返す。  弓を置く。  低音が鳴る。  でも、どこかしっくりこない。 (違うな)  そのとき。  扉が勢いよく開いた。  暁輝だった。  手に何か持っている。 「なお」 「はい」  七音は弓を止めた。  暁輝がぽい、と何かを投げる。  反射的に受け取る。  野球ボールだった。 「……?」  七音が顔を上げる。  暁輝はもうドアの方へ歩いている。 「行くぞ」 「どこにですか」 「外」  七音は戸惑う。 「でも練習中です」 「詰まってんだろ」  さらっと言う。  図星だった。  七音は黙る。  暁輝が振り向く。 「体動かした方がいい」 「……俺、文化系なんですけど」 「関係ないって」  暁輝は笑った。 「来いよ」  有無を言わせない調子だった。  結局、七音はチェロを置いて立ち上がる。  旧校舎裏の、少し開けたスペース。  蝉の声がうるさい。  暁輝はいつの間にか、くたくたのグローブをはめていた。 「それ、どこから」 「落ちてた」 「……」  七音は何も言わなかった。  暁輝がボールを投げる。 「ほら」  七音は慌てて受ける。  思ったより速い。 「先輩、こっちも経験者ですか」 「うん、小学生のときに」 「へえ」 「でも音楽に集中したくてやめた」  暁輝は軽く肩を回す。 「体動かすのは今でも好きでさ」  ボールを握る。 「演奏で詰まると、投げたくなるんだよ」  七音が投げ返す。  ぽす。  暁輝が受ける。  また投げる。  キャッチ。  また投げる。  静かなリズム。  蝉の声。  夏の空気。  首筋を汗が流れる。  暁輝は笑っていた。  楽しそうだった。  七音も少し笑う。  もう一度投げる。  ぽす。  暁輝が受ける。 「なお」 「はい」 「さっきのフレーズ」 「え」 「多分、弓重すぎ」  七音は目を瞬いた。  暁輝はボールを手の上で遊ばせる。 「戻ったら一緒にやろ」  七音は思わず笑った。 「結局音楽の話じゃないですか」  暁輝は肩をすくめる。 「そりゃそうだろ」  それから。  練習で煮詰まるたびにキャッチボールをする二人の光景が、  弦楽部では頻繁に見られるようになる。  部員が窓から言う。 「またやってる」 「男の子は元気だねー」

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