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13小節目 奪られる音

 文化祭のあと、学校の空気が少し変わった。  廊下を歩いていると、七音の耳に自分の曲の話が入ってくる。 「文化祭の弦楽部の曲聴いた?」 「めっちゃ良かったよね」 「オリジナルなんだって」  七音は少し居心地が悪くなる。 (……広まってる)  昼休み。  中庭のベンチで昼食を広げた、そのときだった。 「朝波!」  顔を上げる。  軽音部の男子生徒が、校舎の窓から手を振っていた。  ギターケースを背負っている。 「この間の曲!」 「え?」  男子はそのまま七音の目の前まで来る。 「やっぱ良いよ、あれ。ライブでやらせて」  七音は箸を止めた。 「ライブ?」 「来月、軽音の校内ライブあるんだよ」  男子は楽しそうに笑う。 「ギターソロ入れてさ。絶対盛り上がる」  七音は少し困る。 「いや、あれは弦楽用に作った曲で」 「アレンジすればいけるって」  男子は身振りを交えて言う。 「ロック向きだよ、あの進行。重いベース、唸るギター。想像するだけでサイコー」  七音は少し黙る。  父親のギターの音が、ふと頭に浮かんだ。  すると。 「ちょっと」  別の声がした。  振り向くと、吹奏楽部の女子生徒だった。 「朝波くんの曲」 「はい?」 「うちでも、編曲して演奏していい?」  女子は少し身を乗り出す。 「クリスマスの演奏会でやりたいの」  七音は完全に固まる。 「え」  軽音部の男子が笑う。 「ほら、人気じゃん」  七音は困って頭をかいた。 「いや、まだ途中の曲で」  そのとき。  後ろから声がした。 「なお」    振り向く。  暁輝だった。  柱の影から顔を出している。  暁輝は状況を見て、少し目を細めた。 「何」  軽音部の男子が、校内の有名人の登場に顔を緊張させながら言う。 「例の曲、バンドでやろうと思って」  吹奏楽部の女子も続ける。 「うちも演奏したくて」  暁輝は少し黙る。  それから近寄ってくると、七音の横に置かれていた楽譜を手に取った。  七音の作曲ノート。  五線譜。  二人で書いたメロディ。  暁輝はそれを見て言う。 「これは」  静かな声だった。 「弦楽の曲だから」  軽音部の男子が笑う。 「いや、アレンジすれば……」  暁輝は首を振った。 「違う」 「え?」  暁輝は楽譜を指でなぞる。 「この旋律は、弦で弾くための音なんだよ」  周囲が少し静かになる。  暁輝は七音を見る。  それから言った。 「なお」 「はい」 「おまえは誰に弾かせたいの」  七音は言葉に詰まる。  軽音部の男子が、不穏な空気を察したのか肩をすくめた。 「まあ作者の自由だよな」  吹奏楽部の女子も笑う。 「新曲できたら教えて」  二人はそのまま校舎へ戻っていった。  昼休みのざわめきが戻ってくる。  七音はベンチに座ったままだ。  暁輝が言う。 「なお」 「はい」 「弾くぞ」    放課後、旧校舎三階。  七音はチェロを構える。  暁輝はヴァイオリンを肩に乗せた。 「頭から」  弓が上がる。  旋律。  七音の曲。  でも今日は違う。  暁輝の弓が強い。  音が前に出る。  旋律が鋭い。  七音は弾きながら思う。 (……怒ってる)  音が、いつもより熱い。  フレーズが終わる。  曲が止まる。  七音が言う。 「先輩」 「ん?」 「怒ってます?」  暁輝は少し黙る。  それから言う。 「怒ってない」 「怒ってます」  暁輝は楽譜を見る。  そして静かに言った。 「この曲はさ」 「はい」 「俺が見つけた」  七音は少し息を止める。  暁輝は続ける。 「だから、俺が弾く」  音楽室の窓から、夕方の光が差し込んでいた。  七音はチェロを抱えたまま、  胸の奥に、静かに何かが落ちてくるのを感じていた。

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