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第一楽章 16小節目 海と星
十一月の終わり。
修学旅行から戻った二年生たちが合流し、旧校舎の練習室には久しぶりに全部員が顔を揃えていた。
「沖縄、どうでした?」
「めっちゃ暑かったよ、向こうはまだ夏みたいで」
「海、信じられないくらい綺麗だった」
談笑する先輩たちの前には、紅芋タルトやちんすこうといったお土産の袋が所狭しと並んでいる。
弦楽部には、同じパートの後輩にお土産を買ってくるという、出所不明の緩やかな習わしがあった。
「はい、朝波くん。これお土産」
チェロパートの先輩が、にやにやしながら一際大きな袋を差し出してきた。
七音が受け取り、中を覗き込む。そこに入っていたのは、鮮やかなハイビスカスがこれでもかとプリントされた、どぎつい発色のアロハシャツだった。しかも背中には、勇ましい顔つきのシーサーが刺繍されている。
「……これ、着ろってことですか」
七音が呆れ半分に尋ねると、先輩は手を叩いて笑った。
「当たり前じゃん。次のパート練習の正装ね」
周りの一年生たちも、似たような派手なシャツや変なキーホルダーをもらって、困ったような笑い声を上げている。
七音は苦笑しながら楽器ケースを開け、チェロを取り出した。
弦を軽く鳴らす。久しぶりのフルメンバーによる合奏は、数日間のブランクのせいか音が少しだけ散らばっていた。けれど、その不揃いな響きさえも、今の七音にはどこか心地よく感じられた。
練習が一段落し、片付けを始めた頃。
扉の影から不意に暁輝が現れ、七音の肩を叩いた。
「なお」
七音が顔を上げると、暁輝はヴァイオリンケースを片手に、顎で入り口を指した。
「ちょっと来て」
旧校舎三階、いつもの廊下。
冬の低い夕陽が、窓から斜めに差し込んで、長い影を床に描いている。隙間風が運んでくる外の空気は、沖縄の話を聞いた後では一層冷たく感じられた。
暁輝は窓際に立ち、暮れなずむ校庭を見下ろしていた。
「楽しかったですか? 修学旅行」
七音が問いかけると、暁輝は少しだけ目尻を下げて振り返った。
「海、きれいだった」
「へえ、いいですね」
「でもさ」
暁輝は、手持ち無沙汰そうに肩をすくめる。
「海見てたらさ、無性に弾きたくなった」
七音は、その「らしい」答えに声を立てて笑った。
「普通、そこは帰りたくないとか思うところじゃないですか」
暁輝は否定せず、学ランのポケットを探って小さな紙袋を取り出した。
「これ」
差し出されたそれを、七音は戸惑いながら受け取る。
「……なんですか、これ」
「お土産」
「え。パート違うのに」
暁輝は、不思議そうにする七音を真っ直ぐに見つめ、さらりと言った。
「なおのだよ」
袋を開けると、中から掌に収まるサイズの小さなキーホルダーが現れた。
海の欠片を閉じ込めたような深い青のガラス。その透明な核の中に、純白の星砂が静かに埋め込まれている。夕方の光を透かすと、それは海の中で瞬く一番星のように淡く輝いた。
七音は、その美しさにしばらく言葉を失った。
「……星」
「これ、なおっぽいでしょ」
暁輝の言葉に、七音は驚いて顔を上げる。
「俺っぽいですか、これが」
「うん」
暁輝は、遠くで鳴る誰かの練習の音を聞くような表情で言った。
「音がね、そんな感じ」
七音は再び、手の中のガラスを見つめた。
自分の音が、こんな風に静かで澄んだ光に見えているのだろうか。胸の奥に、名前の付けられない柔らかな余韻が広がっていく。
「……ありがとうございます」
「つけとけよ」
暁輝に促され、七音はチェロケースの金属の取っ手にキーホルダーを括り付けた。揺れるたびに、海の青がキラリと跳ねる。
暁輝はそれを見て、満足そうに頷いた。
「いいじゃん」
「……きれいですね」
七音が少し照れくさそうに呟くと、暁輝は満足したように窓の外へ視線を戻した。初冬の空は、刻一刻と濃藍に染まり始めている。
「なお」
「はい」
「弾く?」
七音は、迷わずにチェロを構えた。
「弾きましょう」
暁輝のヴァイオリンが先導するように、鋭くも優しい旋律を放つ。
七音は、その呼吸に合わせて弓を動かした。低音が重なり、廊下の空気を震わせる。
チェロケースの横で、星砂を封じ込めた青いガラスが、二人の音に合わせて小さく揺れていた。
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