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◇小品 大食らい

 日曜日。  模試を終えた解放感と疲労が入り混じる、午後の終わり。  駅前のファミレスは、夕方の斜光に照らされ、自己採点に励む制服姿の高校生や、部活帰りらしい騒がしいグループで席が埋まりつつあった。  七音と暁輝は、西日の差し込む窓際のボックス席に座った。  肝心の模試の手応えに関する会話は、最初の三分で綺麗に消化され、話題は当然のように別の場所へと流れていく。 「それよりさ、もう少しテンポ落とすと表情が変わると思うんだよ」  熱々のドリアをスプーンですくい上げ、フーフーと冷ましながら暁輝が言う。 「なんの話ですか?」 「K138」  七音は小さく嘆息した。やはり、音楽の話だった。 「……あれ以上遅くすると、だるくないですか」 「いや、弦の重なりがさ」  言葉を紡ぎながらも、暁輝の手元ではドリアが魔法のように消えていく。そのスピードは、優雅な所作に反して驚くほど速い。  七音は、ドリンクバーのカフェモカを手に取ったまま、驚きの目で暁輝を見ていた。 (めちゃくちゃ食べるな……)  暁輝の目の前には、すでに空になった皿が二枚、並んでいる。ピザとハンバーグ。それらを平らげた直後だというのに、彼はまだ現在進行形でドリアとパスタを攻略している。  フォークを器用に使い、パスタを巻く手つきはどこか楽器の扱いに似て、無駄がない。背筋を伸ばした綺麗な姿勢で、食べ方も丁寧だ。なのに、胃袋に吸い込まれていく量だけが異常に多い。その洗練と大食漢という矛盾が、七音には不思議でならなかった。  ふいに、暁輝が顔を上げた。フォークを少し持ち上げ、くるくると巻かれたパスタを差し出す。 「食べる?」 「……いや、いいです」  即座に首を振る。 「そう」  暁輝は軽く言って、そのままパスタを口に運んだ。また一枚、皿が空になる。  その時、七音の前の皿に、一切れだけピザの端が残っていた。  もともと食が細いというわけではないが、模試の疲れもあってか、七音はもう腹一杯だった。残った最後の一片をどう処理すべきか、手持ち無沙汰に眺めていると。  暁輝が、ちらっとその皿に視線を走らせた。 「それ」  七音が顔を上げた瞬間。  暁輝の指先が自然に伸び、そのピザを摘み取っていた。迷いのない動きで、そのままぱくっと口に放り込む。 「……」  あまりの淀みのなさに、七音は数秒間固まった。 「先輩」 「ん?」 「それ、俺の」  暁輝は、口をもぐもぐさせながら平然としている。 「食べれないんでしょ」 「まあ……」  否定する言葉が出てこない。 「もったいないし、いいじゃん」  彼はそれだけ言うと、事もなげにメニュー表を開き直した。 「デザート頼もうかな」  七音は、冷めかけたカフェモカを一口飲んだ。  向かい側では、暁輝が真剣な眼差しでメニューを凝視している。その横顔は、合奏中に難解なパッセージについて議論していた時と、驚くほど変わらない。  七音は、ふと思った。 (この人は、音楽か食べるかしかないのではないか?)  暁輝が顔を上げ、弾んだ声で尋ねる。 「なお」 「はい」 「ティラミスかプリン食べる?」 「結構です」  食い気味の即答だった。  暁輝は、面白そうに少し笑う。 「少食だな」  七音は、苦笑混じりにカフェモカをもう一口飲んだ。  目の前では、届いたばかりのティラミスとプリンに、暁輝が嬉々としてスプーンを入れている。  その無心な食べっぷりを眺めながら、七音はなんとなく思った。  この人、ステージで超絶技巧を披露している時より、今の方がずっと、人間らしい顔をしている気がする。

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