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◇小品 音楽フリーク

 放課後。  夕闇の迫る練習室の重い扉を暁輝が開けると、そこには七音が一人、所在なげに机に向かっていた。  愛用のチェロは、主人の休息を見守るように、壁際に静かに横たえられている。  七音は虚空をぼんやりと見つめたまま、無意識のうちに机の天板を指先でタカタカと叩き続けていた。  右手、そして左手。  規則的ながらも、わずかに、けれど確実にズレを生じさせていく不思議なリズム。  暁輝は入り口で足を止め、少し首をかしげた。 「何してんの?」  七音は弾かれたように顔を上げる。 「ポリリズムです」 「ポリリズム?」  聞き慣れない単語に、暁輝が眉を寄せる。 「右手で四拍子、左手で三拍子」  説明しながら、七音は再び机を叩いて見せた。  右手の刻む一定の四拍。それに対して、左手は独立した意思を持っているかのように三拍のサイクルで回り続ける。  左右が干渉し合うことなく、きれいにズレたまま共存する複雑なリズムが、迷いなく紡がれていく。 「やってみます?」  誘うような七音の声に、暁輝は面白そうに隣の机へ手を置いた。 「やる」  七音の動きをなぞるように、集中して叩き始める。  右手、一、二、三、四。  左手、一、二、三。  ……。  数秒後。  あえなく左右の手拍子が、同じタイミングで揃ってしまった。  暁輝は一度手を止めて、仕切り直す。 「もう一回」  意識を研ぎ澄ませ、再び。  右手、左手。  ……。  やはり、磁石に引き寄せられるように音が重なる。    七音はその不器用な格闘を、隣でじっと見つめていた。  その表情は、悪気など微塵もなく、純粋に「なんでできないんだろう」という疑問に染まりきっている。  暁輝はついに机から手を離し、白旗を上げた。 「いや、無理だって」  七音は納得がいかないように首をかしげる。 「そうですか?」  暁輝は、そのままじっと七音の手元を見つめた。  机の上では、今もなお七音の指先が軽やかに躍動している。  まるで呼吸をするのと同じくらい、何も考えていないような無防備な顔をして、彼は極めて精緻に四拍と三拍を重ね続けている。  それを見つめながら、暁輝は確信に近い感情を抱いた。 (なんだかんだいって、こいつ、音楽バカだよな)  自覚のない才能と、その偏愛に満ちた指先を、暁輝は少しだけ羨ましく、そして愛おしく思った。

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