51 / 76
第二楽章 6小節目 放課後のセッション
放課後の静寂に包まれた、七音の自宅。
その一角にある防音室には、彼らが共有する時間に相応しい、濃密な空気が満ちていた。
鈍く光を反射するグランドピアノ。壁一面を埋め尽くす棚には、背表紙の文字が読み取れないほど大量のCDやレコードが整然と並んでいる。
暁輝は、その圧倒的なコレクションの前に立ち、感心したように目を細めていた。
「すごいな」
ヴァイオリンケースを床に下ろし、吸い寄せられるようにCDの背を眺める。
「ロックがめっちゃある」
長い指先で、プラスチックのケースを慈しむようになぞる。
「ハードロックにフォーク、ジャズ……クラシックも」
七音は、その様子を眺めながら少しだけ苦笑した。
「父親の趣味ですね」
暁輝はある一枚のジャケットを抜きかけ、ふと思いついたように振り返った。
「なお」
「はい」
「ギター弾けるんでしょ?」
予期せぬ問いに、七音は瞬きをして、わずかな間を置いた。
「……まあ、一応」
肯定を聞いた瞬間、暁輝の瞳が獲物を見つけたように鋭く光る。
「聞きたい」
その真っ直ぐな熱量に、七音は抗うことを諦めて小さく笑った。
部屋の隅、ギタースタンドに鎮座していた一本のギターを手に取る。
使い込まれた、父親のストラトキャスターだ。
アンプのスイッチを入れると、真空管が温まる特有の匂いが微かに漂う。
手慣れた動作でチューニングを施し、軽く開放弦を鳴らす。それから、指を滑らせて短いリフを叩き出した。
歪んだ鋭い音が、防音室の壁にぶつかり、激しく跳ねる。
暁輝が、驚きに目を見開いた。
「え」
衝撃を隠しきれず、思わずといった風に笑い出す。
「うまいじゃん」
七音は、その称賛をはぐらかすように肩をすくめた。
「別に普通です」
その謙虚な返事を聞き届けるより早く、暁輝は衝動に突き動かされるようにケースの留め金を外した。
ヴァイオリンを掴み出し、新調した玩具を手にした子供のような顔で宣言する。
「セッションしようよ」
七音は、その強引さに少しだけ呆れながらも笑った。
「急ですね」
暁輝は返事も待たず、すでに顎を楽器に固定し、弓を高く構えていた。
ぴんと張り詰めた糸のように一音を鳴らすと、間髪入れずに弾き始める。
聞き覚えのある、情熱的な旋律。
ピアソラの『リベルタンゴ』。
かつての定期演奏会で、二人が魂を削るようにして演奏したアンコール曲だ。
暁輝のヴァイオリンが、切り裂くようなボウイングで旋律を引き上げる。
けれど、今日の奏法はいつもと違っていた。目前のギターに触発されたのか、音が野性的にうねり、挑発的な熱を帯びている。
七音は、その挑戦を真っ向から受け止めるように小さく笑った。
抱え直したストラトキャスターのピックを振り下ろし、重厚なコードを叩きつける。
ギターが心臓の鼓動のようなリズムを刻み出す。その荒々しい土壌の上を、ヴァイオリンが自在に、狂おしく踊り狂う。
フレーズの合間、暁輝が一瞬だけ視線をこちらに投げた。
七音も応じるように、ギターのボリュームを絞り出し、音をさらに深く歪ませる。
ストラトが獣のように唸り、ヴァイオリンがそれに食らいつくように叫ぶ。
厳格なクラシックの旋律が、二人の呼吸によって、全く別の生命体へと姿を変えていく。
激しい音の火花を散らした後、二人は申し合わせたように、同時に音を止めた。
完全な静寂が戻った部屋で、暁輝が心底楽しそうに笑う。
「いいじゃん」
七音も、高揚感に突き動かされた熱い息を吐き出した。
加速した鼓動のせいで、胸の奥がじんわりと熱い。
ギターとヴァイオリン。
生まれも育ちも、鳴らし方さえもまったく違う楽器。
けれど。
二人が奏でれば、その音は驚くほど必然的に、美しく重なっていた。
ともだちにシェアしよう!

