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第二楽章 6小節目 放課後のセッション

 放課後の静寂に包まれた、七音の自宅。  その一角にある防音室には、彼らが共有する時間に相応しい、濃密な空気が満ちていた。  鈍く光を反射するグランドピアノ。壁一面を埋め尽くす棚には、背表紙の文字が読み取れないほど大量のCDやレコードが整然と並んでいる。  暁輝は、その圧倒的なコレクションの前に立ち、感心したように目を細めていた。 「すごいな」  ヴァイオリンケースを床に下ろし、吸い寄せられるようにCDの背を眺める。 「ロックがめっちゃある」  長い指先で、プラスチックのケースを慈しむようになぞる。 「ハードロックにフォーク、ジャズ……クラシックも」  七音は、その様子を眺めながら少しだけ苦笑した。 「父親の趣味ですね」  暁輝はある一枚のジャケットを抜きかけ、ふと思いついたように振り返った。 「なお」 「はい」 「ギター弾けるんでしょ?」  予期せぬ問いに、七音は瞬きをして、わずかな間を置いた。 「……まあ、一応」  肯定を聞いた瞬間、暁輝の瞳が獲物を見つけたように鋭く光る。 「聞きたい」  その真っ直ぐな熱量に、七音は抗うことを諦めて小さく笑った。  部屋の隅、ギタースタンドに鎮座していた一本のギターを手に取る。  使い込まれた、父親のストラトキャスターだ。  アンプのスイッチを入れると、真空管が温まる特有の匂いが微かに漂う。  手慣れた動作でチューニングを施し、軽く開放弦を鳴らす。それから、指を滑らせて短いリフを叩き出した。  歪んだ鋭い音が、防音室の壁にぶつかり、激しく跳ねる。  暁輝が、驚きに目を見開いた。 「え」  衝撃を隠しきれず、思わずといった風に笑い出す。 「うまいじゃん」  七音は、その称賛をはぐらかすように肩をすくめた。 「別に普通です」  その謙虚な返事を聞き届けるより早く、暁輝は衝動に突き動かされるようにケースの留め金を外した。  ヴァイオリンを掴み出し、新調した玩具を手にした子供のような顔で宣言する。 「セッションしようよ」  七音は、その強引さに少しだけ呆れながらも笑った。 「急ですね」  暁輝は返事も待たず、すでに顎を楽器に固定し、弓を高く構えていた。  ぴんと張り詰めた糸のように一音を鳴らすと、間髪入れずに弾き始める。  聞き覚えのある、情熱的な旋律。  ピアソラの『リベルタンゴ』。  かつての定期演奏会で、二人が魂を削るようにして演奏したアンコール曲だ。  暁輝のヴァイオリンが、切り裂くようなボウイングで旋律を引き上げる。  けれど、今日の奏法はいつもと違っていた。目前のギターに触発されたのか、音が野性的にうねり、挑発的な熱を帯びている。  七音は、その挑戦を真っ向から受け止めるように小さく笑った。  抱え直したストラトキャスターのピックを振り下ろし、重厚なコードを叩きつける。    ギターが心臓の鼓動のようなリズムを刻み出す。その荒々しい土壌の上を、ヴァイオリンが自在に、狂おしく踊り狂う。  フレーズの合間、暁輝が一瞬だけ視線をこちらに投げた。  七音も応じるように、ギターのボリュームを絞り出し、音をさらに深く歪ませる。  ストラトが獣のように唸り、ヴァイオリンがそれに食らいつくように叫ぶ。  厳格なクラシックの旋律が、二人の呼吸によって、全く別の生命体へと姿を変えていく。  激しい音の火花を散らした後、二人は申し合わせたように、同時に音を止めた。  完全な静寂が戻った部屋で、暁輝が心底楽しそうに笑う。 「いいじゃん」  七音も、高揚感に突き動かされた熱い息を吐き出した。  加速した鼓動のせいで、胸の奥がじんわりと熱い。  ギターとヴァイオリン。  生まれも育ちも、鳴らし方さえもまったく違う楽器。  けれど。  二人が奏でれば、その音は驚くほど必然的に、美しく重なっていた。

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